片山右京流・極限状態でも「今日この瞬間、頑張る力」を出し切る方法【後編】

自転車を「文化」として根付かせたい

中村:片山さんはF1引退後、自転車競技の選手としても活躍されています。なぜ、自転車を選ばれたんですか?

片山:高峰を無酸素で登るために、心肺機能を鍛える必要があって。そのトレーニングのために自転車に乗り始めたんですね。世界3大スポーツといえば、サッカーとF1と自転車といわれるぐらい凄いのに、日本では信号を守らない悪いイメージしかなくて……。

じゃあ、どうやったら少しでも応援できるかなって考えたんです。モータースポーツだって、ぼくが始めた時はクレジットカードの審査も通らないし、「あんなの暴走族の親玉だ」みたいに言われたほど。今ではSUPER GTやスーパーフォーミュラに出ているドライバーの平均年収は、数千万円にもなっている。それは、株式会社化されているからでもあるんですね。スポーツは、産業化していかないと強くならないので。

そこで、自転車もJリーグと全く同じレギュレーションでやってみよう、と。地域密着型で地方創生も兼ねてチームづくりをしていく。そうして競技人口が増えたら、選手を海外に送り出そうと。そんなふうに、プランが段々エスカレートしてきていますね。

中村:素晴らしいですね。モータースポーツと自転車競技の共通点は、何かあるんですか?

片山:基本的に、勝ち負けを左右するのは脚力です。足の強い選手は、競技も強い。でも、そこにいくまでにどれだけ情熱を持って努力したかもあるし、それ以前に、自転車も自動車も高いですよね。だから、色んな人がチャレンジできる環境なのかどうかも関わってくる。

そもそも、自転車も自動車も「車両」なんですよ。でも、日本では自転車は歩行者扱いされてきましたよね。70年代のモータリゼーションで車が増えた結果、事故が多発したために緊急避難策として歩道を走れるようになった。今は道路交通法で(原則)ダメになりましたけど、自転車が歩道を走っている国なんて、ほとんどないんですよ。

だから、オリンピックの時、歩道に車を走らせるなんて、バカじゃないの?って大笑いされていたんです。交通ルールも守れないし、信号も守れない。でも、急には変われませんよね。だから、社会課題として解決しなきゃいけないんです。待っていても誰もやってくれないから、みんなが自分たちのこととして捉えるしかない。

澤本:自転車ひとつとっても、ぼくらが全然知らないところで世界から見られているわけですね。

片山:そうですね。でも、今や自転車対策が議論の中心に入りつつあります。今年の11月23日にはレインボーブリッジを止めて、自転車で走れる日にしよう、と小池東京都知事が発表しましたね。僕はそちらも委員長をやらせてもらっているんですけど、来年には、日本に国際レースが5つも増えるんですよ。

澤本:国際レースが5つ、日本に来るんですか?

片山:そうですね。あとは「自転車活用推進法」が議員立法で成立して。それによって自転車は車なんですよ、ということで「青い矢羽根」のラインが道路に引かれるようになりました。そんなふうに、日本を段階的にグローバルスタンダードに近づけようという動きがあるんですね。

また、歩道は歩行者に開放して、車道のレーンは再配分して自転車の通路をちゃんと確保しよう、と。その分道路が狭くなるじゃないか、という声もありますけど、パリでもロンドンでも、みんなそうやってきたんですよ。

やがて都心部へ車の乗り入れが禁止される未来がやってきます。そうなると、いろんなマイクロモビリティが都心を走るようになっていく。でも、それを単なる機能性の面から推進するとつまらなくなるので、そこにスポーツやアートなどの文化的な要素を持たせよう、と。そうやって、もっとクリエイティブな人たちの意見を取り入れていきたいね、と話しています。

今こそ「自転車界のヒーロー」が必要だ

中村:自転車競技をもっとメジャーにするために、色んなことをされている話をうかがいましたけど。中でも一番大事なのは、ルールをもっと整備して、乗り手にとって良い状況をつくるということですか?

片山:今では道路交通法があるので、ルール自体は出来上がっているんですね。自転車は車両ですよ、と。ただ、それをみんなが守るにはどうすればいいのか?ということですね。今のような過渡期にそういったことに気づいてもらうには、やはり、ヒーローやスターのメッセージの力が必要なんですね。

大谷翔平選手の活躍にしても、松山英樹選手のマスターズ優勝にしても、信じられないようなことが絶対に起きるものなんです。自転車だって日本人が「マイヨ・ジョーヌ(ツール・ド・フランスにおいて、個人総合成績1位の選手に与えられる黄色のリーダージャージ)」を着て走るんだよ、という日がきっとやってくるはず。そういう若くて新しいヒーローが、安全性についても発信するインフルエンサーになってくれることが大事だな、と思いますね。

中村:マラソンがここ10年でめちゃくちゃメジャーになったみたいに、自転車業界においても
そういったことが起きるんでしょうか。

片山:近々、いろんなニュースを流そうと思っているんですけど、役立つものにしないと自然淘汰されてしまいますからね。1km走ったら10円がチャリティになります、というレギュレーションをつくりました。

今は円安ですし、インバウンドで来るみんなにルールを守って自転車で走ってもらう。それに何千人、何万人と参加してくれたら、まとまったお金になりますよね。それを知事などの首長にちゃんとした場所へ寄付してもらうんです。今はそうやって、自転車のスポーツとしてのプレゼンスを上げる試みをコツコツ続けています。

うちの名誉顧問に入っていただいている川淵三郎さんにはいつも怒られるんだけど、僕はせっかちだから事を急ぎすぎる、と(笑)。そもそも、Jリーグが始まってからワールドカップに出るまでに7年もかかったんだぞ、と。今から頑張っても、成果が出るのは2030年頃でしょうから、地に足を着けてやらなきゃな、と思っていますね。でも、絶対に無力ではないし、みんなで力を合わせて色んなものを育てていきたいな、と考えています。

日本にも「絶景サイクリングロード」が続々誕生する!

澤本:レインボーブリッジの開放日は、一般の人も通れるんですか?

片山:それは一般の方向けのイベントなんですよ。臨海部を全部使って、タイムトライアルやオフロードバイクのイベントをやったり。中央広場ではプロの「クリテリウム」っていうロードレースを見せたり。レインボーブリッジをみんなで自転車で渡ったり。そういうことの全てが、今年初めて行われるんですね。レインボーブリッジを自転車で走れるのはその時だけだし、そこまで行った人にしか見られない景色なので、やっぱり特別ですよね。ちょっと前に、満員御礼で締切になっちゃいましたけど。

権八:定員は何人ぐらいなんですか?

片山:今年はまだ少なくて、たったの500人だったんですよ(29kmコースの場合)。そう考えると、ものすごい贅沢な経験ですよね。でも、今後は「しまなみ海道」みたいな場所や、ナショナルサイクリングロードを全国40カ所ぐらいでつくろうとしていて。今だと、北海道内や「琵琶湖一周」「霞ヶ浦一周」など、色んな場所でそういったものが出来ていますね。

サイクリングロードがどんどん増えると、泊まりながらとか、家族やカップルで、とか、いろんな利用法が生まれると思います。そうしたことがポピュラーになれば、環境にも健康にもいいですからね。

中村:う〜ん!めちゃくちゃいいですね。

澤本:シェアサイクルってさ、最近ぼくも教えてもらって利用しているんだけど。普通にちょっと移動するだけなら、あれで行くと気持ちがいいよね。でも、さっき片山さんもおっしゃっていたけど、自転車レーンに自動車がいっぱい駐車しているんだよ。

片山:危ないんですよね。自転車が走れるところだけはちゃんと確保してほしいな、と。

権八:そうですよね。でも、現状だと自転車は歩道を行かざるを得なかったりする。あれはあれで危ないんですよ、特に小さい子どもと一緒にいると。

澤本:そう。自転車側は、ブレーキをずっとかけ続けないと申し訳ない感じだもんね。

片山:心理学で言うと、日本にはまだ「クルマ脳」というか「クルマが偉い」という感覚があるんですよね。震災の時も、トラックは配送しているけど自転車は遊びだろ、と。でも、さっき言った通り、自転車も車両なんですよ。海外に行くと、むしろ自転車の方がリスペクトされていて。環境にもいいし、「先にどうぞ!」と言われるのが当たり前なんですよね。でも、日本ではどうも高いクルマに乗っているのが偉い、みたいな感じからか「自転車なんか邪魔」ってつい思ってしまう。でも、自転車を乗っている人には子どももいれば、免許返納をされた方もいる。そこは守ってあげる必要がありますよね。そういう意味では、日本人はもっと大人になる必要があると思いますね。

中村:海外だとオランダがかなり進んでいるイメージですよね。オランダの自転車レーンは、すごいキレイで気持ちよさそうっていうイメージ。

片山:そのとおりです。オランダは国技として自転車競技をやっているんですよ。その理由は、環境問題で国が沈みかねない、という切実な問題意識から来ています。だからこそ、ヨーロッパの3大スポーツに自転車が入っているんですよ。自転車には150年近い歴史がある上に、みんながリスペクトしてくれるので自転車選手の給料は数億円にものぼる、というね。

一同:へえ~!!

片山:年収にして5億円とか7億円というレベルのスポーツなんですよ。

オリンピックのスタートラインは「ガムテープ製」だった!?

澤本:自転車でいうと、片山さんはオリンピックで自転車の統括をされていましたもんね。

片山:そうなんですよ。橋本聖子会長からまさかの「自転車の面倒見てくれない?」っていうお話があって。自転車の競技をマネージメントするのに、クルマが140台以上必要なんですよ。その上、審判もオートバイを使って走る。自転車は平地を時速70~80キロで走る上に、下りは時速100キロを超えますからね。

ただ、それだけの車両がなかったから、F1時代にエンジンでお世話になったヤマハにオートバイを無料で出してもらったり。トヨタチームでも走っていたからトヨタや富士スピードウェイにも協力してもらって。知り合いみんなに助けてもらったおかげで、準備ができたんですけどね。

そういえば、コロナのせいで世界中から人が来られなかったじゃないですか?でも、コロナ禍で最初に国際イベントをやったのがツール・ド・フランスだったんですね。オリンピックでも報道された「バブル方式」というのは、実は自転車競技から始まったんです。

澤本:ふ〜む!

片山:それだけの準備をしていたにもかかわらず、自転車の統括団体から「おい右京、スタートラインがないぞ!」って言われて「え?」となって。実際のスタート地点はあるけど、パレード区間はいらないんじゃないの?と言ったら、「いるよ!」と。慌てて「そこのコンビニでガムテープ買ってきて!」みたいな……(笑)。だから、一生に一度の母国のオリンピックで、あれだけお金を使った自転車のスタート地点がガムテープだった、みたいなね……(笑)。

一同:(笑)。

中村:さて。そろそろ、お別れの時間が近づいてまいりましたが。片山さんは今後、イベント等のご予定はありますか?

片山:ありすぎて、話すのに3時間ぐらいかかっちゃう(笑)。そんなわけで、一個だけ言うと、12月11日に東京駅の行幸通りで、ロードレースのエキシビションイベントをやるんですね。今後は、そういったイベントも増えていきますので、ぜひ見に来て若い選手たちを応援してあげてください。

中村:12月11日の東京駅のイベント、ぜひチェックしてみてください。個人的には、チャレンジスクールがめちゃくちゃ気になっていますけどね。

片山:ぜひ、参加してみてください。ありがとうございました。

一同:(拍手)

〈END〉


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