クリエイティブ・ディレクターに求められるプロデュース力
皆様こんにちは。クリエイティブ・ディレクターの室井淳司です。僕のコラムにお越し頂きありがとうございます。
僕は2013年に独立をして以来クリエイティブ・ディレクターとして経営に並走してきました。経営に伴走するクリエイティブ・ディレクターに求められるのは、デザインやクリエイティビティ以上にプロデュース力です。このプロデュース力とは何なのか、どの様にして身につけるのか、これから全10回のコラムで書いていきたいと思います。
僕はこれまで2冊の本を出版する機会を頂きました。1冊目は『体験デザインブランディング〜コトの時代の、モノの価値のつくり方〜』、2冊目は『すべての企業はサービス業になる〜ブランドをアップデートする10の視点〜』(いずれも宣伝会議)。空間デザインを軸足にしていた僕がこれら2冊を書くに至った経緯は、いずれも生活者とブランドとの接点に時間軸を加えることで、自分がデザインする領域を広げていき、そこで得た知見や考え方を広くシェアしたいという動機からです。
例えば1冊目の『体験デザインブランディング』は、場(空間)づくりを「場つくりから体験つくりへ」と視座を変える手法を解説しています。企業の場を場としてデザインするのではなく、生活者が場に訪れる前の動機づくりから、訪れるプロセス、訪れている時の空間内での体験の順、訪れたあとのアプローチを時間軸に沿って考え、その時々でどの様なメッセージを伝えるべきか抽出していきます。
するとその時々でどの様な言葉、コンテンツ、ビジュアルが必要かなどのストーリーができ上がり、そのストーリーに沿って場や体験をデザインしていきます。やるべきことは空間だけではなく、言葉、グラフィック、映像、デジタル、オペレーション(運営)と領域が広がっていきます。この全てを解像度の高い体験にまとめ上げるためには各領域の専門家が欠かせませんが、もっと大切なのは各領域をシームレスにまとめ上げることです。
ここに、領域を横断したプロデュース力が求められます。つまり総合的に高解像度のアウトプットをつくるためには、領域の拡張が必要で、その拡張も無作為に拡張するのではなく、自分の領域に軸足をおきながらも時間軸に沿って拡張していく必要があるわけです。
生活者とのすべての接点と時間をデザインする必要がある
2冊目の『全ての企業はサービス業になる』は、モノづくりをしている企業でも、商品という企業と生活者との接点を通じて、企業と生活者がまるで人と人同士のように関係をつくっていくことになり、企業の人なりが誠実で魅力的であればあるほど、生活者と長く良い関係を築くことができる、という考え方を解説しています。
これまでメーカーであれば、つくることと売ることを重視してきましたが、つくる前から売った後も含め、全ての顧客との共有時間にデザインが必要になり、サービス業としての立ち振る舞いが大切であるということを記しています。
これも、僕自身企業とどのようなモノをつくるか、どのような売り場をつくるかという点の領域でプロジェクトにお声がけいただくなかで、生活者との絆をつくるには全ての接点と時間を解像度高くデザインする必要があるのではないか、という仮説のもとやるべき領域を広げてきました。これもある意味、時間軸を拡張することで見えてきた視点です。
いずれも事業をリデザインするという本質に近づくため、プロジェクトの領域拡張に対してどのクライアントも非常に協力的にサポートして下さり、社内体制やプロジェクトメンバーの再構築をするなどが行われました。潜在的に社員の誰もが気づいていることでも、組織や人間関係の理由で越境できないこともあるでしょう。であるからこそ、外部のクリエイターが働きかける動機があるわけです。
一つ事例を上げてみます。
僕がプロデュースした「HELLO NISSAN」という日産のディーラーサービスがあります。このサービスは、まだ日産を体験したことがない生活者をターゲットに、気軽に日産車に試乗いただくために開発をしました。ポイントは、ディーラー店舗にもかかわらずセールスを行わないスタッフ「アンバサダー」による接客であること、試乗体験の予約までオンラインで完了できること、ブランドプレゼンテーションを含む特別な試乗プログラムがあることです。
通常の自動車ディーラーでは、試乗予約を行うために電話で予約をするか、予約フォームから希望日を送り、後日ディーラーからの返事を待つなど、予約時にコミュニケーション時間が発生するため、その時点での離脱が発生します。
外部クリエイターならではの視点でプロデュース
このプロジェクトは、そもそもクライアントからのオリエンがあったわけではありませんでした。当時僕は日産ディラーの再編戦略を支援していました。これは主にディーラーの「ハード」の役割を再構築するプロジェクトでした。このプロジェクトを進めていくなかで、日産オーナーではない生活者の体験フローを時間軸で考察している時に、試乗体験におけるディーラー来場フローに「O2O(online to offline)の新しいサービスが必要だと気づきました。その仮説をクライアントに提言し、「HELLO NISSAN」プロジェクトがスタートしました。
このように、領域を越えたプロデュース視点でものごとを考えると、自分が専門家として求められる領域の外側との接続を考え直すことで本質的な価値が生まれる場合があることに気づきます。事業やブランドがどのような生態系を持つことが生活者にとってより利用しやすいか。企業の組織的都合を排除した生活者側の都合で考えると、理想的な生態系が見え、それを外部から生活者の意見としてプロデュースしていくことが外部クリエイターの強みになると思うのです。
次回コラムは、「クリエーションのデザインとアート」というテーマです。明確に区別することが難しい、または混ざり合うことに価値すらあるこの2つの扱い方を考えていきたいと思います。
こちらのコラム「クリエイティブ・ディレクターのプロデュース術」は、室井淳司のNoteで記事の背景やスピンアウト記事等も紹介していきます。
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