リアクションと鑑賞
木村 八木さんがインタラクティブの感覚がある、と言われたけれど、2021年度のプランニング部門のグランプリ「聴く路線図」はインタラクティブですよね。
木村 もちろん、ボタンを押したら何か鳴るからインタラクティブということではありません。ヤマハと東京メトロの間をつなぐものとして、「発車メロディ」を見つけた。こうした、クライアントの課題や商品・サービスと、スペースとの間に新しい発見があることが重要です。そして、生活者にとって驚きもエンターテインメント性もある。そんなふうに路線図を見たことがある人って、いないんじゃないですか。
ブランドとスペースの間にあるけれど、いままで見つかっていなかった発見を体験に変えて、生活者の気持ちに影響を与える仕組み。それらが惑星直列みたいにそろうと企画はズドンと爆発します。
八木 生活者の気持ち、感情を考える。これは本当に外せないと思います。
印象に残っているエピソードがあるんです。グラフィックデザイナーの中村至男さんのインタビュー記事で知ったのですが、当時、ソニーのビルの一階のトイレが、公衆トイレのように扱われていたんだそうです。
もちろん実際はそうではないし、不特定多数の方が出入りすると防犯上も好ましくない。それでトイレの入口に誰かが「関係者以外立ち入り禁止」の張り紙を出したんですが、全然減らなかったんです。けれど、同じ張り紙をビルの入り口に移動させたら激減したと。
トイレまで来たのに、そこで禁止と言われても、なかなか引き返しづらいのが人情。けれど、入る前に伝えれば控えてもらえる。メッセージが正しいかどうかより、もっと人間の性(さが)のような、エッセンシャルな感情について、中村さんは考えたんじゃないかと思います。
全部聞けば、「最初から入り口に貼るよ」と言えるかもしれないけれど、気づかないうちに人間の感情を無視して、トイレに貼っているケース、あるんじゃないかと。人間のエッセンシャルな感情への気配り、そうしたものを、中づりポスターにも持っていきたいと思うんです。
木村 どんなリアクションがあるか、という情景を考えながら企画するのがいいよね。そして、屋外・交通広告は実際の反応が如実にわかる。テレビCMは生活者が見ているところ見ることはほとんど不可能だけど、アウトドアは見に行けばいい。先ほどの新宿の地下をジャングルにしたというケースでも、見に行ったらみんな写真を撮ってくれていました。
八木 そういうことだと思います。ただ通り過ぎるだけでなく、しばらく見ていたくなる。写真に撮って、別の誰かにも見せたくなる。鑑賞してもらえるだけの力を備えているべきだと思います。
特に中づりポスターは、先ほども言いましたが「密室」で、ほかの人と同じ空間にいるけれど、基本的に1人で過ごさなければいけない空間にあるメディア。しばらくの間、その中づりと時間と空間を共にするときに、鑑賞できるものであること、それが、木村さんがおっしゃったような、目的のない単なる移動時間とは、異なる時間の過ごし方を生み出します。だからこそ、デザインにもこだわる必要がある。そういう作品が見てみたい。
最初から広告として見えちゃうのではなく、しばらく目を奪われていて、気づいたら広告だったという順番。広告然とした応募作は多いので、それよりは楽しい広告だったなっていうほうが身に入りますね。