佐藤雅彦の登場は「ディレクターの時代からの転換」を意味した

【前回はこちら】フリー転向の誘惑!? ベンツに心奪われながらもデジタル映像の道へ

「アリナミンV」のCMは初期デジタル映像技術の金字塔

東北新社の新しいデジタル映像基地「オムニバス・ジャパン」に住み着いて、デジタル映像を使った新しいCMをつくり始めていた僕でしたが、1989年に初期のデジタル映像技術の金字塔ともいえる(自分ではそう思てました)作品を演出させてもらいました。

博報堂の安藤輝彦CD+河野俊哉プランナーによる武田薬品工業(当時)の「アリナミンV」のCM。なんとハリウッドの大物アーノルド・シュワルツェネッガーを起用した「魔人V」です。

この後、瓶の口からシュワルツェネッガー扮する「魔人V」が現れる

 

なんちゅうても撮影はハリウッドです。なんちゅうてもまだあんまり実用化されてなかった「モーションコントロールカメラ」です。

「モーションコントロールカメラ」っちゅうのは、コンピュータで制御してカメラにおんなじ軌道をなんべんもなんべんも走らせることができる賢いシステムです。おんなじ軌道上でいろんな素材を撮影して、後でデジタルで合成する。この合成がデジタルやからこそ生かされる最新鋭な装置でした。

これのおかげで商品である小さな瓶の口から魔人Vが「ハクション大魔王」みたいにもくもくもくっと現れる、これはちょっとフイルム仕上げでは難しいな、っちゅう映像ができました。

ライバルは「♪24時間戦えますか」

当時、同じ栄養ドリンクのCMで大ブレイクしてたものがありました。「♪黄色と黒は勇気のしるし24時間戦えますか♪」という歌で一世を風靡したご存じ「リゲイン」(三共=当時)です。「アリナミンV」はこの「リゲイン」を追撃すべく、ハリウッドスターを投入したんです。

「リゲイン」の演出は、当時は電通映画社(現・電通クリエーティブX)にいた新進気鋭の演出家、黒田秀樹です。

話がそれますが、実は黒田くんとは高校時代からの知り合いでした。僕の大阪府立豊中高校在学時代、ビートルズを目指して結成したバンド「パンプキン」。朝日放送のラジオ「ミキサー完備スタジオ貸します」にオリジナルソングで出演してキダ・タローさんに笑ろてもろたりしてた、お茶目なお茶目なバンドでした。

一方、おんなじ豊中高校の同級生の藤坂聡くん(現・フレックス・ファーム代表取締役)がめっちゃかっこいいバンドをつくってました。「銀童子」です。ちょっとパンプキンとは比べ物になれへんくらいプロ志向の強いバンドでした。そのバンドのドラムスが、別の高校にいた黒田秀樹くんでした。藤坂くんとは中学のつながりやったんとちゃうか、と思います。スーパーバンド「銀童子」とお茶目な「パンプキン」は箕面市民会館で一緒に出演したりもしてたんですが、実力は雲泥の差でした。

その「銀童子」の黒田くんが「リゲイン」の演出です。これは「パンプキン」としては絶対負けられへん。黒田くんはフイルムにこだわり、リゲインは完璧なフイルム仕上げでした。こっちはオムニバスや! デジタルで勝負や! と鼻の穴を大きく膨らませてました。

オムニバス・ジャパンの赤坂ビデオセンター(1991年当時)

 

実際のところ、世の中的には「シュワちゃん」っちゅう舶来の鬼は時任三郎さんの桃太郎に成敗された感が否めなせんでしたが、この映像! これは日本のCMの歴史を変えるくらいのインパクトがあるんちゃうか? と自分では相当手応えがあったんです。

「このCMには『企画』がない」

同期の演出家としては黒田くんのほかに、日本天然色映画の中島哲也が「しば漬け食べたい」(フジッコのCM)でブレイクしてる。黒田くんのいた電通映画社の山内健司(現在は山内ケンジ)、それにサン・アドの前田良輔の動きも怪しい。錚々たる同期のディレクターの活躍。勝てそうもない。でも僕にはオムニバスがある。デジタルがある。この「魔人V」で勝負や!

と鼻息を荒くしていた1989年ごろ、あの幻のデビュー作の河内義忠プロデューサーから「とっぱちからくさやんつきラーメンの佐藤雅彦さんにお前を紹介してやる」とお声がけいただきました。

佐藤雅彦さんといえば「とっぱちからくさやんつきラーメン」(サンヨー食品)のほかに「♪スコーンスコーン湖池屋スコーン♪」とか「♪ポリンキーポリンキー三角形の秘密はね♪」とか「ドンタコス、ドンタコス、ドンタコスったらドンタコス」(以上湖池屋)といったお茶の間大ヒットコマーシャルを連発している謎の新星でした。

「よろしくお願いします」

とぼくは河内さんに連れられ電通の佐藤雅彦さんを訪ねました。佐藤雅彦さんはいわゆるバブリーなクリエイター達とは全く違う、めちゃめちゃインテリジェンスな雰囲気を漂わせている青年でした。この時、佐藤雅彦さんが僕の自慢の「魔人V」を見て発した一言が、「ディレクター時代の終焉を告げる爆弾発言」やったと僕は睨んでるんです。

佐藤さんは言いました。

「すごい!びっくりした!」

ふふふ! でしょでしょ! すごいでしょ! 日本にはないモーションコントロールカメラですよ! と舞い上がったのは束の間。次の一言で僕は地獄に落とされます。

「このCMには『企画』がない」

は?

え!?どゆこと!?

次回は11月21日掲載)

【訂正とおわび】
2022/11/14 11:50
当初のタイトルについて不適切な表現がありましたので、訂正しました。ご関係の皆様にお詫び申し上げます。

なかじましんや(CMディレクター)
なかじましんや(CMディレクター)

1959年福岡県生まれ。1982年武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業後、東北新社入社。83年CMディレクターとしてデビュー。主な仕事に、日清食品カップヌードル、ホンダステップワゴン、サントリーDAKARA/燃焼系アミノ式/伊右衛門、リクルートAirPAY/AirWORK、積水ハウス 企業CMなど。「カンヌ国際広告祭(現カンヌライオンズ)」グランプリ、「米IBA」最高賞など受賞多数。一方で東北新社の取締役、専務、副社長、社長を歴任したのち、2022年6月に退任。現職は顧問/エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター。東北新社のクリエイティブユニット「OND°(オンド)」を窓口に、CMディレクターとして活躍中。現在は東北新社グループ以外の制作会社の案件も受けられる体制を整えている。後進の育成にも力を入れており、宣伝会議のコピーライター養成講座やCMプランニング講座等で講師を務めている。東京ADC会員、武蔵野美術大学客員教授。

なかじましんや(CMディレクター)

1959年福岡県生まれ。1982年武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業後、東北新社入社。83年CMディレクターとしてデビュー。主な仕事に、日清食品カップヌードル、ホンダステップワゴン、サントリーDAKARA/燃焼系アミノ式/伊右衛門、リクルートAirPAY/AirWORK、積水ハウス 企業CMなど。「カンヌ国際広告祭(現カンヌライオンズ)」グランプリ、「米IBA」最高賞など受賞多数。一方で東北新社の取締役、専務、副社長、社長を歴任したのち、2022年6月に退任。現職は顧問/エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター。東北新社のクリエイティブユニット「OND°(オンド)」を窓口に、CMディレクターとして活躍中。現在は東北新社グループ以外の制作会社の案件も受けられる体制を整えている。後進の育成にも力を入れており、宣伝会議のコピーライター養成講座やCMプランニング講座等で講師を務めている。東京ADC会員、武蔵野美術大学客員教授。

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