「タイパ」はどのように活用できるか?顧客の体験価値を高める5つのパフォーマンス

©123RF

タイパをきっかけに体験価値を5つの「パフォーマンス」で再考する

顧客にとっての商品の価値や満足度を示す指標のひとつに、コスパ=「コストパフォーマンス」つまり、費用対効果というものがあります。最近ではZ世代を中心にタイパ=「タイムパフォーマンス」つまり、時間対効果という言葉が流行しつつあります。こちらは別の言葉では、ファスト消費やファスト教養=映画の早送り、講義の倍速視聴といった文脈で語られるトレンドでもあり、稲田豊史氏の『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』や、レジー氏の『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』でも話題になっています。

タイパという概念自体は、YouTubeやTikTokなどデジタルの無料プラットフォームがZ世代の情報ツールとして一般的になっただけでなく、短尺動画で情報を発信するクリエイターが視聴数獲得のために様々な分野のコンテンツを数多く提供している背景によって生まれた視聴者側の視点です。これまでも時間が無視されていたわけではないのですが、Z世代にとっては膨大な情報を処理するのに、時間という資源を有効に使うことが重要という点は、改めて気が付かされるインサイトのように思います。

さて、今回のコラムでは、Z世代に固有のタイパの文化的な意味合いを考えるのではなく、タイパをきっかけに顧客体験において新しい視点をもたらす5つの「パフォーマンス」(対効果指標)について考えてみたいと思います。このコラムで解説する内容は、宣伝会議の主催する2022年度の「CMO X」のEXPERIENCEチーム(AKOMEYA TOKYO 柘野さん、Koala Sleep Japanの尾澤さん、I-ne 今井さん)において、実際にディスカッションしたものです。

顧客体験におけるカスタマージャーニー

5つのパフォーマンスの視点に入る前に、まずは顧客体験の接点を整理してみましょう。顧客体験のベースとなるのは、顧客のステップとなるカスタマージャーニーが元になります。カスタマージャーニーは、大きく分けて1.購入前 2.購入 3.購入後の3つのステップに分かれます。

したがって顧客体験における5つのパフォーマンスも、大きくはこの3つの顧客体験をもとに考えていきます。歴史的に言えば、ここ20年来のデジタルメディアの普及が与えた影響といえば最初の購入前の接点である情報体験を大きく広げたことにあります。

Googleの言うZero Moment of Truth(ZMOT)とは、検索行動のことを言いますが、ゼロという言葉がインパクトをもって受け止められたのは、それまでのマーケティングの流れではブランドにとって重要かつ「第一(First)」の接点とされてきたのは、購入時の体験だったからです。つまり、ZMOTとは店舗や棚の前で商品を選ぶという体験をいかに良くするか、という視点(ショッパーマーケティングにおけるブランドの見つけやすさ、カテゴリーの見つけやすさ、ブランドの選びやすさ)よりも前に発生する情報体験が重要になっているという指摘でした。
もちろん、この購入時の体験においても今やデジタルが売り場や買い方にも影響しているために、OMOやD2Cのような言葉で再度見直されてきた流れもあります。いずれにせよ、現代においてはカスタマージャーニーのすべての接点で今やデジタルトランスフォーメーションの影響は大きいため、どこかZeroでFirstかという優先順位はもはや意味を成していないかもしれません。

では早速この3つの顧客接点をもとに、下記の5つの体験「パフォーマンス」指標を考えてみたいと思います。

5つの体験「パフォーマンス」の指標

1.時間対効果体験 タイムパフォーマンス
  時間ロスの低減など時間的制約をコントロールして効率性を高める
2.空間対効果体験 フィジカルパフォーマンス
  空間的制約をコントロールすることで体験の効果を高める
3.状況対効果体験 シチュエーションパフォーマンス
  シチュエーション、場面を想像しやすくしたり、又は生み出すことによって体験の効果を高める
4.社会対効果体験 リレーションシップパフォーマンス
  人との繋がり、社会との関わりを活用することで効果を最大化させる
5.感情対効果体験 エモーショナルパフォーマンス
  感情の起伏を生み出すことで体験の効果を最大化させる

それでは、上記の5つの指標についてひとつずつ解説していきたいと思います。

1.時間対効果体験 タイムパフォーマンス
今回のコラムはタイパの話から始めましたので、やはり最初はタイムパフォーマンスについて考えてみましょう。顧客接点における時間的効果を上げることは、ビジネス提供側では当たり前にやってきたことです。日別売上、時間帯別売上だけでなく、顧客対応に要した時間の効果を高めるためには、時間を少なくする、効率を高めることが手っ取り早いからです。時間効率が高くなれば自然とビジネス的にメリットが高くなるのは自明のことです。

ただ、ここで上記と異なるのは、これが「顧客体験」側の視点であるということです。通常、この顧客視点からすると、時間効率は体験価値としてはネガティブに聞こえます。顧客に対応する時間を短くするというのは、サービスとしては冷たく感じるからです。例えばレストランでいえば、早く食べるようにせかされているようで、良い気はしません。最初の映画を早送りするというのも、ゆっくり楽しみたい人にとってはマイナスです。

しかしながら、今のデジタル中心の時代においては、この時間対効果体験であるタイパは、Z世代のみならず、顧客体験としても価値が高いものです。その主たるものはテクノロジーに関わるもので顧客の購入前の情報体験や、購入体験におけるデジタル情報の通信速度やページの表示速度、スクロールのスピードに関わっています。いまや、いかに素早く情報を自分のスマートフォンに表示出来て、それを操作できるかが、体験価値の大きなメリットになっているのです。ECの売り上げを上げるにはサイト処理スピードを上げるのが最も手っ取り早い方法でもあります。

タイパを良くするとは、単に時間を短くする、という視点に限りません。顧客に時間をコントロールできる猶予を与えることもタイムパフォーマンスを上げる要因になります。これはいわゆるクーリングオフの期間を長めに設定して、顧客が試して評価する時間をしっかり与えることもひとつです。Koala Sleep Japanでは、マットレスの返品保証期間は120日という設定があり、マットレスのような時間をかけて評価すべき商品において、このような時間的猶予は大きなタイムパフォーマンスの向上につながります。
 
2.空間対効果体験 フィジカルパフォーマンス
空間対効果も、タイムパフォーマンスと同様に、伝統的には流通企業側の視点で「棚効率」や「坪効率」のような言葉で、特に購入ステップにおいて、そのスペースに占めるカテゴリー商品がいかに素早く回転するかというビジネス効率指標として使われているものです。これを顧客側の体験価値で捉えるとどんなことが言えるでしょうか。
多くはオフライン店舗での売り場配置のような買いやすさ、見やすさのような体験ですが、デジタル化によって、ECのサイバースペース上では売り場の制限がなくなったおかげで顧客は多くの商品から欲しいものを探すという体験が可能になりました。ECはその意味で購入体験における空間効率を拡張したわけです。しかしながらECの問題点はスクリーンが小さく部分的にしか商品が見られないため、いかに商品が多くても一覧性が低く、逆に探しにくくなるデメリットがあります。したがってデジタル体験上でフィジカルパフォーマンスを上げるためには、検索方法やナビゲーション分類が重要になります。
とはいえ、デジタル化によるこの空間対効果の最も大きなメリットは、実際に店舗に行かなくても商品情報や購買が出来るようになったことです。そして同時に、フィジカル(物理的)なやり取りを顧客側でコントロールすることが出来るようになったというのが体験価値を高めることになります。

そのひとつがいわゆるBOPIS(Buy Online Pick-up In Store)です。購入自体はオンラインで、商品の受け取りを店舗で、ということですが、顧客が物理的に商品を体験できる接点をコントロールすることで、万が一商品が気に入らなかった際に返品がすぐできるのもメリットです。このように考えると、購入前、購入時、購入後のそれぞれの接点の商品やサービス体験の物理的な接点を顧客がコントロールすることでトータルの体験価値を高めることが可能になっていると言えます。

例えば、ファミリーマートが実施した「ボトルキープ」という施策は、いわゆるまとめ買いすることで価格的なメリットがある回数券ですが、これはオンラインで購入し、購入後には好きな時にファミリーマートで買った商品を受け取ることができるサービスです。普通のまとめ買いであれば、商品は自宅でストックしておく必要があり、かつ自宅から常に飲むときに持ち出す必要がありますが、このサービスなら、欲しいときだけファミリーマートに寄ればよいだけです。購入後のフィジカルパフォーマンス最大化する賢いサービスです。

3.状況対効果体験 シチュエーションパフォーマンス
状況=シチュエーションという言葉を聞くと、主に商品やサービスの使用場面のことを思い浮かべると思いますが、購入前の情報体験においても、購入時の体験においても重要な視点です。この考え方のモデルは、クリステンセン教授のジョブ理論がもとになっています。クリステンセン教授によれば、商品を購入する際に顧客が価値として捉える視点には、その顧客が置かれている状況が多く依存しているということです。つまり、ミルクシェイクを買うお客にとっては、ミルクシェイクという商品が他の飲料より美味しいかどうかということより、バナナとドーナツと比較した際に、自分の状況にとってより最適かどうかを判断しているということです。この場合、朝の出勤時に車に長く乗る人にとっては、ミルクシェイクは朝食の代わりに車の中で退屈しない飲み物というジョブをこなしているということです。

スマートフォンで簡単に視聴できる多くのデジタルサービスは、購入前体験のなかでの接触状況を考えると、移動時間や、すき間時間における視聴なので、小さなスクリーン上でも短時間で手軽に視聴可能なものが中心になります。Apple、Google、Amazonが音声アシスタントをサービスに加えた理由も、家庭で手が離せずスクリーンを直接操作できない状況のなかで、デジタルサービスを使える状況を想定したからです。

状況や文脈という顧客の購入前の情報体験の視点は、マーケティング的に解釈すればバイロン・シャープ氏やジェニー・ローマニウク氏のいうカテゴリーエントリーポイント(CEP)となり、そのカテゴリーを想起する連想になります。そしてこのCEPの機会が多ければ多いほど、そのブランドの購入や使用機会が増えるということです。この連想を広げるのには広告ももちろん役立ちますが、購入可能な場所や接点を増やすことでも強化できます。「CHILL OUT」というリラクゼーションドリンクでは、このコンセプトに合ったリラックスを感じる購買接点のサウナで購入してもらうことで、そのベネフィットがふさわしい飲用イメージを広げています。

4.社会対効果体験 リレーションシップパフォーマンス
通常、購買や消費行動は、個人単位で行われることを想定していますが、それぞれの体験接点では、実はその主体となる顧客がどのような社会的な環境に置かれているか、という視点も体験価値やパフォーマンスを高めるうえでは重要です。
対社会的効果という意味で言うと、最初に思い浮かぶのは、ギフトやプレゼントです。つまり誰かのために買う、という意味合いです。人に贈り物をするという視点で情報体験、購入体験、使用体験を考えると、それぞれの顧客体験でパフォーマンスを高める要素が思い浮かぶでしょう。例えばカタログギフトという贈り物がありますが、これは実際に贈った相手における「使用体験」を高めるものです。

一方、家具や車、外食、旅行のような商品やサービスは、家族やグループで使用することが多いので、自然と購入前から購入後の段階でまわりの人の声や意見が自然と反映されます。逆に個人的な商品でもそのような側面を活かして「推奨」することで体験価値を高めることも考えられるでしょう。
特にデジタル時代に重要になったのは、「自分の周りの他人からどう評価されるか」「他人からどう見えるか」という視点です。「いいね」等の数が多くついている、すでに他人から良いものであるという評価が高いなどのレビューがある、という他人の評価がソーシャルメディアやECのサービスでのレイティングやレビューで可視化されやすい時代だからこそ、この点が体験価値で重要になっています。

逆に言えば、購入前段階であまりにこの社会的評価が高すぎると、必要以上に価格が高騰することもあるので、フェイクのエンゲージメントで評価を不当に増やそうというプレーヤーが出てデジタル上の情報の社会的評価の信頼度が損なわれている問題も無視できなくなっています。

そんななかでブランドや事業者は、自らの顧客コミュニティと信頼できる社会的関係を構築することが大事になっていくと考えられます。このリレーションシップパフォーマンスは、顧客のブランドロイヤルティが高いじか低いかという点よりも、商品の価値を生み出す作り手やそれを支えるステークホルダーとの関係によって価値が作り出せているか、ということのほうに意味があると思います。

AKOMEYA TOKYOでは、扱う食品のみならず、その生産者のコミュニティと人とのつながりから、生産者が作り出す価値観とストーリーを顧客にも提供することで、顧客がそのリレーションシップの一部を担えるような店舗体験やコミュニケーションを図っています。ブランドを支えている社会的な人間関係がそのままブランドの価値体験に結びつく好例です。

5.感情対効果体験 エモーショナルパフォーマンス
最後は最も人間的な体験価値となる感情の視点です。カスタマージャーニーにおいては、この感情的な報酬が高いことがジャーニーの成功につながりますが、どの顧客接点でどのように感情的な報酬を高められるかは改めて考えても良いでしょう。
スポーツ用品のように、購入後に使用する場面においてもっとも感情的な達成感が高まる商品もありますが、この対感情的効果は、社会的な関係や状況的なものによって、購入前や購入時の体験価値を高めることが出来ます。
単純に言えば、マラソン大会などスポーツをしている会場でアスリートやコーチにランニングシューズを教えてもらい、試し履きすることのほうが、街中の店舗で店員に説明を受けるより、より感情的効果が高いということです。デジタルにおいてVRやメタバースを推進する理由の一つは、このような新しいデジタル体験において、より感情的な体験価値をすべての接点で強化する目的もあるかと思います。

以上の5つの体験パフォーマンス視点は、最初に紹介したカスタマージャーニーにおける顧客接点とのマトリックスで見直すことで、ブランドが抱えている顧客体験の課題をさらに理解を深めることができます。自分の事業がどの顧客接点に、どのような強みと弱点が把握することで、今後のマーケティングに活用することが出来るでしょう。


鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)
鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)

1991年広告会社の営業としてスタートし、ナイキジャパンで7年のマーケティング経験を経て2009年にニューバランス ジャパンに入社し現在に至る。ブランドマネジメントおよびPRや広告をはじめデジタル、イベント、店頭を含むマーケティングコミュニケーション全般を担当。

鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)

1991年広告会社の営業としてスタートし、ナイキジャパンで7年のマーケティング経験を経て2009年にニューバランス ジャパンに入社し現在に至る。ブランドマネジメントおよびPRや広告をはじめデジタル、イベント、店頭を含むマーケティングコミュニケーション全般を担当。

この記事の感想を
教えて下さい。
この記事の感想を教えて下さい。

このコラムを読んだ方におススメのコラム