【前回コラム】クリエイティブの領域を広げる時間軸
デザイナー・クリエイターが仕事に取り入れるべき志向
もし貴方がデザイナーやクリエイターと一緒に仕事をする立場の方なら、どのような志向のデザイナーやクリエイターと仕事をするべきかという視点で、もし貴方がデザイナー・クリエイター自身であるならば、自分はどのような志向で仕事に取り組んでいくべきかという視点で読んでいただくと分かりやすいと思います。
ここに一つの図を示します。
左右の軸に注目してください。左がアート、右がデザインです。ここではデザイナー・クリエイターの仕事に対するスタンスが、アート軸かデザイン軸かという話をしたいと思います。
僕は仕事においてアートとデザインを明確に区別しています。言葉を置き換えると、「アートは主張」で、「デザインは対話」です。
アートは表現者の主観によって表現したい物事を表現する、つまり「自己の主張」ととらえています。一方で、デザインは伝えるべき相手が明確にあり、その人にどのように伝えたら伝わりやすいかを考え、理論的に組み上げられ表現する「他者との対話」といえます。
デザイナーやアーティストに存在する4つの領域
ここに資本の縦軸を加えて考えます。
第3領域(自己資本とアートの領域)は、アーティストの領域です。自分の資本で自分の表現を作り上げ発表します。自分の資本である限り、誰からも何も言われる必要はありません。作品が売れるかどうかは分かりませんし、そもそも売ること自体が目的ではないかもしれませんが、この領域の僅かな成功者は富と名声を手に入れる事ができます。
第4領域(自己資本とデザインの領域)は、デザインを強みとする実業家(企業)の領域です。調達も含めた自分の資本で、ターゲットに対して価値となりうるデザイン戦略を策定し、商品・サービスを通じて利益を上げています。
企業で言うとアップルやバルミューダ、星野リゾートなどが挙げられますが、いずれも明確なデザイン戦略があります。つまり、この象限に該当する人はスティーブ・ジョブスのように、企業を経営するデザイナーかつ経営者の方々であり、インハウスデザイナーも含まれます。
第1領域(他者資本とデザインの領域)は、クライアントから依頼を受けて、クライアントのデザインを戦略に基づきながら左脳的に実行します。この領域にいる限りは、そのデザイン戦略は主観的なものではなく、クライアントと対話し、ともにつくり上げるものです。この領域のデザイナーは、主にその進行プロセスを商品としています。いわゆるブランドやデザインのコンサルタントはこの領域であり、僕自身はこの領域で活動しています。
第2領域(他者資本とアートの領域)は、クライアントから依頼を受けてデザインを実行しますが、アウトプットは自己の価値観や世界観に大いに影響を受けます。作風が明確にあるデザイナー・クリエイターはこの領域です。
その人の世界観が社会で認められるほど、仕事の量や規模、単価が増えていくため、クライアントを持つデザイナー・クリエイターの多くがこの領域で「自己の世界観が認められることで成功したい」という意識を持ちながら仕事をしています。ここもアーティストと同様に、唯一無二の世界観で成功を収めている人たちがいます。
パートナーがどの領域に軸足を置いているか把握する
僕も含めてクライアントワークを生業とする限りは、第1領域または第2領域に属するわけですが、プロデューサーとしてどのデザイナーと仕事をするかを考える時には、パートナーがどちらの領域に軸足をおいているか把握しておく必要があります。クライアント自身に表現の指針がなく0から始まるプロジェクトの場合、最初から世界観を持つ第2領域のデザイナーと協働すると、その人の世界観にデザインの戦略が偏ってしまいます。
一方でデザイン戦略を経て世界観が絞られてきた場合は、その世界観に近くより豊かな表現で実現できそうな第2領域に属するデザイナーと協働する場合もあります。何も決まっていない段階で、ただ著名だからという理由で第2領域のデザイナーにプロジェクトを依頼することは、デザイン戦略の立案を放棄したに近いかもしれません。
僕の場合、デザインを監修する領域が多岐にわたるため、様々な領域のデザイナー・クリエイターとの協働が発生します。その場合、僕自身がデザインコンサルタントとしてクライアントとコンセプトや世界観などを深く議論し、経営も含めて方向性を決定してから各領域のデザイナーをアサインするようにしています。
デザイナー・クリエイターであれば自分がどちらの領域に軸足を置くのか意識しておくべきだと思います。第1領域に軸足を置くなら対話の技術を磨き、第2領域に軸足を置くなら自分の世界観を磨けば良いと思います。
デザイナー・クリエイターと協働する立場にある事業責任者やマーケッターの方であれば協働するデザイナー・クリエイターがアート軸かデザイン軸か、またプロジェクトにおいてどのタイミングでアサインするかを見極めるべきでしょう。
次回コラムは、「デザイナーと協業するデザイナー」というテーマです。デザイナーが「デザインという行為」を手放すことでより俯瞰的な視座を身につけるためのお話です。
こちらのコラム「クリエイティブ・ディレクターのプロデュース術」は、室井淳司のNoteで記事の背景やスピンアウト記事等も紹介していきます。
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