【前回コラム】デザイナーと協働するデザイナー
クライアントの判断軸を捉え、共感性の高い提案を生む
事業やブランドをデザインするにあたり最も大切だと思うことの一つは、経営者の思考や判断軸をデザインしていくことです。
一つはクリエイター自身が経営者の価値観や物事の判断軸を理解し共感すること。もう一つは経営者にプロジェクトの方向性や世界観を、共感を伴う理解が得られるように価値観や判断軸をアップデートしてもらうことです。
ここでいう経営者とは、実際の経営者の場合もあれば、事業責任者の場合もありますが、プロジェクトの最終的な決裁権を持つ人を指しています。
クライアントの仕事を外部パートナーとして手伝う限り、提案物に対する最終的な決定権は当然クライアントにあります。
クライアントの経営者がどのような価値観や思考で提案物を判断しているのか、その判断軸を捉えることができない限り、クライアントが納得する提案を行うことはできません。
また、経営者自身の感覚が世の中の流れから遅れていたとしたら、採用されたものが社会や市場に受け入れられず、結果を伴うものにはなりません。
“対話”が思考のアップデートを促す
経営者自身がどのような価値観や判断軸を持っているのか、把握する手段は繰り返し対話をしていくことです。
対話の頻度と深度が深まれば、経営者が大切にしている考え方を知ることができ、クリエイターはその考え方や価値観と同期することで、同じ方向を見ることができます。そして、共感性の高い提案をするクリエイターはクライアントの信頼を得ることができます。これは、当てに行く提案をするということではありません。
一方で、経営者とはいえ、世の中の全ての領域、あらゆる世代の人々の価値観を完璧に把握できているわけではありません。
プロジェクトが進む方向性を経営者個人の価値観に委ねすぎてしまうと、経営者が個人的に満足する形にはなるかもしれませんが、社会的に機能しない形にもなります。そうならないためにも、クリエイターはプロジェクトを取り巻く今の環境を繰り返しインプットし、経営者に思考をアップデートしてもらう必要があります。
その手段は、事例やデータの提示だけではなく、時にはフィールドワークをも含めた時間の共有を通じた高密度かつ多頻度な会話です。
広汽トヨタのプロジェクトを広げた対話
一つ例を挙げます。
僕が、「広汽トヨタ」(トヨタ自動車と広州汽車集団の合弁による中国法人)の次世代ディーラー開発を一任された時の話です。
このプロジェクトは3年半にも及ぶプロジェクトでした。
僕はこのプロジェクトのために月に1度中国を訪れ、クライアントの経営者と打ち合わせをし、その前後にも食事をしながら何度も対話を重ねていきました。
次世代ディーラーをつくるということは、収益構造や業態を改革していくことになります。既存店舗のオペレーション、人員、システム、地域のルール上変えられないものから、変えてみるという判断が可能なもの、自動車産業に訪れるEVや自動運転などのテックシフトの物理的可能性と現実的な時間軸まで。そして中国特有の売り方や国民性、目指したい世界観、経営者自身が個人的に好きなデザインやブランドなどの判断基準に影響を及ぼす嗜好に関して、対話を通じて僕自身の同期の精度を上げ、僕からも様々な領域に関する社会的な動向を事例やデータ、感性的な解説も交えてインプットしていきました。
対話する内容自体を毎回細かくデザインし、新しいディーラーのあり方を経営者と共に少しずつ積み上げていきました。事業のコンセプトを、次に店舗のオペレーションを、そしてデザインを含めた世界観を固めていき、新しいディーラーを作っていきました。
このプロセスを経たアウトプットは、検証のための仮説的な位置付けから、検証の余白を持つ理想形としての位置づけへと変わりました。
そして、当初は既存店を改修することで実験店舗を作る予定でしたが、新たに土地を取得し、建築から新規に立ち上げ、理想を追求するプロジェクトに発展しました。完成後は中国国内の旗艦店舗として社員教育から広報的な面までモデル店舗として機能しています。
刺激的なパートナーとして対話をデザインする
経営に伴走するクリエイティブ・ディレクターは経営者に忠実な提案者ではなく、本質的かつ刺激的なパートナーであるべきです。
経営者との対話は、無駄な時間だったと思われると二度と時間を割いてもらえません。経営者の思考や判断に良い影響を与えられるように、対話の内容を深く検討し、毎回デザインしていくことが必要です。
話を聞いてみたいと思ってもらう、対話の時間を作りたいと思ってもらえる信頼関係を築くことこそがその第一歩です。信頼関係を伴う忖度の無い本質的な対話は、経営者の思考や判断軸にも大いに反映され、進めるべきプロジェクトが早く良い方向に進むことになるのです。
次回コラムは、「良いプレゼンとは何か」というテーマです。プレゼンの本来の役割を見つめ直し、プレゼンにおいて大切なことをお話ししていきます。
こちらのコラム「クリエイティブ・ディレクターのプロデュース術」は、室井淳司のNoteで記事の背景やスピンアウト記事なども紹介しています。
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