奥渋でよりローカルに、人が集まるカルチャーのハブに/SPBS本店(渋谷)

アイデアの宝庫である書店で働く書店員の視点から、他店との差別化の工夫や棚づくりのこだわりを紹介する本連載。さまざまな思いをもつ書店員が語る。今回は、ガラス越しに編集部が見える「出版する本屋」―SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(以下、SPBS)の佐和千晶氏に、旗艦店であるSPBS本店でインタビューした。

SPBSマネジメント本部 コミュニケーションディレクターの佐和氏。

本に触れる入口になることを意識した店舗づくり

――SPBS本店の主な客層やにぎわう時間帯、店舗の特色について教えてください。
近くにNHKやその関連会社をはじめとしたオフィスが多数あるので、平日はお昼休みや仕事帰りにいらっしゃるお客さまが多いです。2008年のオープン当初と比べると “奥渋”という愛称が付くなど街全体の認知度が上がり、休日は観光にいらっしゃる学生や若い方が増えました。最近はインバウンドの方も戻ってきていますね。

特に力を入れているのは入口正面の「新刊台」です。店内は、棚ごとにジャンル分けしているのですが、新刊台には各ジャンルから選りすぐりの書籍を集めています。

SPBS本店では、各スタッフが棚を受け持ち選書を行うため、それぞれの個性が各棚に表れていると思います。また、オープンから約15年の歴史があるため、過去の担当がセレクトした傾向が残っていたり、お客さまが求めているムードをキャッチして選書したり。この3つをミックスして、お客さまの興味や好奇心を刺激する棚づくりを心がけています。

手前が入って正面にある「新刊台」。

――選書はどのようにされていますか。また、お客さまの来店動機とは。
私は以前、虎ノ門ヒルズビジネスタワーに入居しているSPBS TORANOMONの店長をしていました。オフィス街ということもありビジネスの書籍のシェアが高かったですが、ビジネスの動きやトレンド、ニュースに始まり、大企業の新規事業を担う部門、ベンチャーキャピタルや投資家の方たちのインタビューを読んで、どのような事業やビジネスが注目を浴びているのかをリサーチしていましたね。その方たちが言及されているポイントを学べるような本をも選んでいました。

SPBS TORANOMONと比較すると、SPBS本店はスタッフのおすすめの本や、「ここに来たら、何か面白いものがあるのでは?」というお客さまの期待値が高いお店なので、割とスタッフの興味がある分野や好きな本を置いています。

書店員の思いが詰まった手書き看板。雑貨やフェアの内容などを案内している。

読書好きなお客さまはもちろんですが、「表紙がかわいい」「このテーマが気になる」など、ライトに本を楽しんでいる方も多い印象です。

店内のポップはすべてスタッフオリジナル。

——よく売れるジャンルについて。
ZINEやリトルプレスが豊富なので、それを目当てに来店される方は多いです。売れ筋としては、エッセイ全般がよく動きます。ジャンルとしては、入ってすぐ右側にある人文系の本を置いてある「ソーシャル」の棚は、新刊台の次に目につく場所ということもあり人気が高いですね。

入口向かって右側の「ソーシャル」の棚。

――「出版する本屋」ということで店舗奥に編集部があるのが特徴ですが、書店の中に編集部があることによる強みは。
もともと、パン屋さんのように奥で商品をつくっているところが見える、「そこでつくって、そこで売る」というコンセプトの書店を代表がつくりたいと考えていて、その思いを店舗設計にも活かしています。そのようなつくりを活かし、実際に編集部が制作した本を店舗で販売でき、お客様の顔が見えることがひとつの強みです。

たとえば、店頭で行うトークイベントやセミナーを提案する際に、編集部が加わることで、企画力に厚みが出るところは独自性を発揮できるところだと思います。また、店舗を拡充したことが奏功して、各店の特徴を生かした品揃えを見たお客さまから編集部へのクライアントワークの依頼がくるケースも増えてきました。店舗がメディアの役割を果たし、編集部と相互に商品やコンテンツを企画・開発できる仕組みは、今後、大きな強みになっていくと思います。

各棚の担当スタッフが思い思いの本を並べている。個性的な形の棚は見ているだけでわくわくする設計に。

――お客さまとの印象的なエピソードなどはありますか。
SPBS TORANOMONでの話になるのですが、ある日、制服を着た高校生がずっとビジネス書のコーナーを見ていたので、「何か探しているものはありますか?」と声をかけたんです。すると、「実は起業を考えているのですが、ここはその参考になる本が多いから来ました」と言ってくれて。高校生にまで自分の選んだ本が届いていることを実感できてとてもうれしかったです。

書店で積極的に接客をするケースはあまり多くはないと思うのですが、SPBS TORANOMONでは割と密に接客をしながら、こちらもお客さまがいま注目していることや、仕事のお悩みかなどをヒアリングすることを心がけていました。

鮮魚店のように「今日は何がおすすめ?」と仕入れ状況をチェックしに定期的にご来店される常連さんも多かったですね(笑)。

――店舗には雑貨もありますが、本と雑貨を組み合わせた意図はどういったものでしょうか。
もともとは全て書籍だったのですが、本だけでは利益率が低いこともあり、古着や雑貨を販売することで収益率改善にも注力しています。

雑貨や古着などが店頭に並ぶ。季節に合わせたフェアも不定期で開催。

雑貨もアクセサリー・古着も、本のそばにある暮らしをイメージしてセレクトしています。今は4割ほどが雑貨になっているのですが、「本を選ぶ」ことと「雑貨を選ぶ」ことの境はなくなっている印象です。

目当ての本を見にいらっしゃった方が隣の本をチェックしたり、近くに置いてあった雑貨に目移りすることで、「偶然の出会い」を体感できるお店というのは心がけています。

――今年15周年を迎えますが、何か企画されていることはありますか。
皆さまに今までの感謝を伝えるために、まずは、1月から2月にかけて〈SPBS BOOKTALK FESTIVAL〉を開催します。「みんなで、本の話をしよう。」をテーマに、SPBS各店とオンラインで、トークイベント・読書会・ワークショップ・ブックフェアなどさまざまな形で“ブックトーク”を実施する祭典です。

2023年の1年間を通していくつかの企画を準備していますので、今後の発表もご期待ください。

――Bunkamuraが長期休館に入るなど渋谷のカルチャーを形づくる施設も変化していきそうです。渋谷の街や店舗を取り巻く環境の変化について思うことはありますか。
3年前に異業種から書店に転職したのですが、個人的に思うことは、書店員の働く環境の改善ができたらいいなということですね。重い本を運ぶ肉体的な労働に加え、日々の選書やフェアの企画などアンテナを多方面に張る必要があるクリエイティブな業務が多く、心身ともに大変な仕事の割に報酬が伴っていないのが現状です。私たちが何か大きなことができるわけではないですが、そういう意識をもって改善していければとは思っています。

閉店してしまう書店も多い中で、15年も続けられたことが本当にありがたいです。

大きな書店の代わりにはなれませんが、この流れを受け止め、小さな受け皿として存在し続けていかなければならないと感じています。

今後も、各店の土地の文化の発信をしたり、カルチャーのハブとなったりするような、よりローカルに根ざしつつ広く開けた店舗にしたいと考えています。また、今後はさらに店舗の役割が重要になってくるのかなという意識があります。特にこのお店はローカルに認知していただいて、街と一緒に成長していっているので、“人が集まるハブ”としての大切な場所でありたいと思っています。

――佐和さんにとって、“本”とは。
本は、人の生活や時代に寄り添うツールだと思います。

コロナ禍では、ビジネスの本というよりは哲学の本などがよく売れました。それは想像もしていなかったパンデミックの中で価値観や生き方、幸せの定義などが覆ってしまうようなタイミングで、原点に返って学ぼうという人が多かったのだと思います。

その後「Web3」というキーワードが出たタイミングで、一気にビジネス書が売れるようになりました。さらに「円安」が叫ばれ始めると、ライフシフトなど生き方を見つめ直す本が売れていきました。

そういった点では、本屋は時代の流れの中にいて、本はより人々の生活にパーソナルに寄り添うことのできるものだと考えています。

建物の1階に店舗を構える。入口は1面ガラス張りで、通りからも中の様子がよく見える。

 

DATA
SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS本店
東京都渋谷区神山町17-3 テラス神山1F
開店年:2008年
営業時間:11:00~21:00(短縮営業中)
定休日:不定休

担当者おすすめの1冊

『ライト、ついてますか 問題発見の人間学』
ドナルド・C・ゴース、ジェラルド・M・ワインバーグ(著)、木村泉(訳)

 
心理学教師、人類学者、エンジニアという肩書を持つ著者による「問題発見」の本。システム開発において問題を見逃すことは致命的。本著では、沁みついた思考のクセや、繰り返してしまう失敗の習慣化を改善するヒントが満載です。問題を発見することは新しい欲求の発見に繋がり、そこから新しいアイデアを生み出すことができる。問題とは、望まれた事柄と認識の相違から生じるということに気づかされる1冊です。
 


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