オールインワン決済端末「stera terminal(ステラターミナル)」を初期費用無料で導入できるキャッシュレス決済サービス「stera pack(ステラパック)」が店舗で広がっている。特に2022年2月のWebサイトリニューアル以降、コンバージョン率が飛躍的に向上したという。
その背景には音部大輔氏の著書『The Art of Marketing マーケティングの技法-パーセプションフロー・モデル全解説』との出合いがあった。このリニューアルを主導した三井住友カードマーケティング本部の皆さんに本書を活用した成功の道のりを聞いた。
機能訴求にとどまらない、最適なメッセージを模索
——キャッシュレス決済サービス「stera pack(ステラパック)」でパーセプションフロー・モデルを導入することになったきっかけを教えてください。
増尾:キャッシュレス決済サービス「stera pack」は、当社が開発から携わったこだわりの決済端末である「stera terminal」を幅広いお店に使ってもらいたいという思いから、2021年4月にSMBC GMO PAYMENTよりリリースされました。オールインワン端末やアプリなどをパッケージで利用できるサブスク型サービスで、コロナ禍で店舗のキャッシュレス決済が進むなか、当社グループとしても推進に力を入れています。サービスリリース当初は、競合サービスより優位な決済手数料の安さを武器に訴求をしてきました。
一方で、消費税増税をきっかけに2019年10月から2020年6月まで実施された経済産業省の「キャッシュレス・ポイント還元事業」によって、中小事業者によるキャッシュレスサービスの導入が進んでおり、市場はある程度成熟していました。
そのため、後発で参入した当社が「オールインワンの高性能端末」、「決済手数料が業界最安水準の2.80%~」などの機能訴求だけで競合他社との違いを打ち出しても、市場の反応も鈍く獲得に苦戦していました。特に「月額3300円の固定費」に見合う価値をどう伝えればいいのか、最適なメッセージを検討する必要性を感じていました。
——その頃はどのような施策をおこなっていましたか。
増尾:飲食店や小売店などの中小規模の店舗は、統計によると260万店近く存在し、人員をかけて直接接触を図ることは現実的ではありません。そのため、デジタルを活用した非対面でいかに認知してもらい、獲得していくかを重視していました。
——課題を感じているタイミングで『The Art of Marketing マーケティングの技法』を読まれたということですね。
増尾:はい。まさに書籍の中で言及されている「ベネフィットの開発」は、今の私たちに必要なことだと感じました。本書では「ベネフィット」と「機能」の違いについて、「ベネフィットの主語は消費者、機能の主語はブランド」と明確に定義されており、私たちは事業者都合の訴求に終始していたのではないか、という気づきに至ることができました。
また、音部大輔さんの著書『なぜ「戦略」で差がつくのか。』(宣伝会議)でも触れている通り、新しい市場を創造するためには、課題に向き合って、戦略的にマーケティングを実行しないと、今回のわたしたちのようにうまくいっていない部分をひっくり返すことはできないだろうと思っていました。
そこで、コミュニケーションをパーセプションフロー・モデルに当てはめて見直すことで、新たな市場の創造や、顧客理解つながるのではないかと思い、社内で検討してみることにしました。
本書は、具体的なブランドの事例を用いてわかりやすく書かれていたため、本を読みながら、このフレームワークを使うことで今の状況を打破できるのではないかと感じ、ワクワクしながら読み進めることができました。
——これまで何らかのフレームワークを使い、市場分析を行ったり施策に活かしたりしたことはありましたか。
増尾:これまでも、カスタマージャーニーを描いて、お客さまがどのような思いを持っていて、そこにメッセージをどう伝えていくかを考えたり、マーケティングファネルを用いた戦略を立てたりしてきました。
ただ、それらのアプローチは今いるお客さまとどういうコミュニケーションを取ればいいかという視点によるものです。今回のように新たな市場をつくろうとするとき、音部さんの言葉を借りると「未来の設計図をつくる」には、それまでの方法では少し物足りなさを感じていました。
少人数での議論を重ね、「ゆとり」にたどり着く
——具体的にはどのように作業を進めていきましたか。
増尾:現状をいち早く打開しなければいけないと考えていたので、スピード感を意識しました。まずはトライアル的に濵野さん、小西さんらと会議室に集まって、少人数で1〜2時間の議論を繰り返しました。人数を絞ったのは、あまり多くの人間が関わると話が分散してまとまらなくなるのではないかと考えたからです。
最初は単純にテンプレートに当てはめていたのですが、結局機能訴求から脱することができず、なかなかうまくいきませんでした。
そこで、視点を変えるために導入いただいたお店のインタビュー記事から、導入に至った過程をパーセプションフロー・モデルに当てはめることから始めたところ、共通の考え方があることに気づきました。それは、導入店舗の経営者は、こだわりのサービスを通じてお客さまに満足してもらいたいと思っているなかで、お店において最後の体験である会計時の印象で提供サービスの満足感が下がっていることに課題を持っていることでした。
その課題を解決することが、stera packが提供している本来の価値であると気づき、パーセプションフロー・モデルの「ブランドのベネフィット」と書かれている部分に「お店のゆとり」をあてはめて、再度モデル化を進めました。
すると、stera packを導入することで会計業務にゆとりが生まれ、最終的には店舗の雰囲気が良くなり、顧客満足度も高まってリピート率も上がるというストーリーが見え、これなら新たな市場価値を創造できそうだと感じました。パーセプションフロー・モデルを使ったからこそ、お客さまへの提供価値を明らかにできたのだと思っています。
濵野:これまで、カスタマージャーニーなどで考えていたときは消費者の行動ベースで考えていました。そうすると固定概念からどうしても抜け出せないので、結局「オールインワン」、「手数料2.80%~」という機能訴求になりがちでした。今回、モデルに基づいたディスカッションを重ねて、ベネフィットである「ゆとり」に気づくことができたときは、これだ!と思いました。その気づきによって訴求の幅が広がって、私たちの発想も自由度が上がったと思います。
もうひとつ印象に残っているのは、利用店舗を対象にしたインタビューの結果をパーセプションフロー・モデルに当てはめた際に、お店の経営者が抱える共通の課題を見出すことができたことです。元々は、Webサイトで導入事例を紹介するためのインタビューだったのですが、試しにその回答をモデルに当てはめてみたところ、どのお店も「ゆとり」につながる課題を抱いていたのです。単にインタビュー記事を読んでいるだけでは気づけなかったので、そこはすごく面白かったです。
社内外のスタッフと共通認識が得られた
——2022年は実行のフェーズですが、どのように進んでいったのでしょうか。
増尾:書籍にはブリーフィングシートも付いていたので、そこで広告会社や制作会社に伝える内容をブラッシュアップしました。パーセプションフロー・モデルに基づいた全体像がある中で外部の協力企業と話をするので、従来よりも具体的に当社の思いを伝えることができたと考えています。
一番驚いたのは、動画やLPデザインを依頼している複数の制作会社からのアウトプットが、初めからイメージ通りのものが出てきたことです。過去、こちらからのオーダーがフワッとしたものだと、初稿がイメージと違っていて、何度もやり直すという経験は私もしてきましたが、今回は「ゆとり」をテーマにオリエンテーションをしたことで、制作会社側の反応も良く、それに付随してアウトプットのクオリティも上がっていたように感じました。
——どのようなものを制作しましたか。
増尾:大きくはふたつ。Web用の動画を制作するとともに、ランディングページ(LP)を大幅に改修しました。動画は現状打破を目的に、課題想起と魅力の打ち出しを意識しました。LPはまずベネフィットを伝えて、その先に機能訴求をするようにしています。
その制作にあたり、オリエンでは、現状を動かしたいときと、興味を持っている人を動かしたいときで伝えるメッセージが変わることを重点的に説明しました。現状打破には課題想起、人を動かすにはベネフィットを伝える、この二段構えにしたことでより精度の高い、新たな市場開拓につながるコンテンツに仕上がったと感じています。
LPのコンバージョン率がリニューアル前の3倍に
——リニューアル後の変化は。
増尾:本当に数字にダイレクトに反映されました。2月のリニューアル後、しばらくの間は移行期間としてリニューアル前のLPも残してA/Bテストをしました。その結果、リニューアル後のLPはコンバージョン率が、なんと3倍に上昇しており、パーセプションフロー・モデルを使ってお客さまに向き合いながらメッセージをつくれば、それだけの効果が出るということを実感しました。
濵野:「あなたのお店にゆとりを」というキャッチフレーズもつくることができました。それまでは広告会社から提案されたコピーを使っていて、媒体ごとに統一もされていませんでしたが、リニューアルを機会にキャッチフレーズも統一でき、社内的にも「ゆとり」という言葉がstera packの価値を表現するという共通認識が生まれました。
パーセプションフロー・モデルをつくったからという側面もあると思いますが、みんなが腹落ちして同じ方向を向いてプロジェクトを進められるようになった。これも効果だと感じています。
小西:当初は、機能面で良いものができたのでLPや広告に投資をすれば勝負ができると思っていました。ところが、いざマーケットに出してみると、どうしても勝てない現実がありました。
僕らマーケティングチームはモヤモヤした気持ちを抱えていましたが、パーセプションフロー・モデルを使うことで自分達でも納得できるコミュニケーションを実現できました。結果としてのコンバージョン3倍はもちろん、チーム全員が腹落ちしてマーケティングを実行できたことが大きいと感じています。
マーケティングを業務としていても、毎回上流から全て考えているかと言われると決してそうではないのが現実です。それでもある程度メンバーが腹落ちした中で施策なりコミュニケーションを世の中に出していくことは重要なのだと思いました。
パーセプションフロー・モデルというのは価値の創造、再設計に近いと感じました。ブランドや商品がすでに持っている価値を、ターゲットに合わせた形でいかに提供していくかが重要なのだということが議論を通じて見えました。
——その後、パーセプションフロー・モデルに変化はありましたか。
増尾:今のところは細かいチューニングくらいです。「ゆとり」というキーワードにブレはないので、ストーリーは変えずに進めています。ただ、今はまだ導入にフォーカスしている段階であり、今後は実際に使ってもらうフェーズに進めないといけないため、そのときには新たなメッセージやコミュニケーションを、モデルに当てはめて考えていくことになると思います。
【日本マーケティング本大賞2022受賞!】『The Art of Marketing マーケティングの技法-パーセプションフロー・モデル全解説』
マーケティング活動の全体設計図「パーセプションフロー・モデル」の活用法を紹介した初めての書籍『The Art of Marketing マーケティングの技法-パーセプションフロー・モデル全解説』(音部大輔著)。2021年12月に発売されてから多くの反響をいただいています。2022年10月には、日本マーケティング学会員が選ぶ「日本マーケティング本大賞2022」で大賞に選ばれました。
企業のマーケティング部門や広告会社、マーケティングサービス提供企業などで、研修教材としても幅広くお使いいただいています。
ブランドマネージャーやマーケティング・宣伝担当者、またブランドのパートナーである広告会社のマーケターにとっても活動の指針となる一冊です。「パーセプションフロー・モデル」や「ブランドホロタイプ・モデル」「クリエイティブ・ブリーフ」のダウンロード特典も好評です。
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