【CES2023】「メタバース」と聞いてどの“五感”を思いつくかが、ブランド活動に違いを生む(玉井博久)

仮想と没入の実現において視覚情報の強化を前提にしない

CESの主要会場のひとつで、世界各国の様々なスタートアップが集うEureka Parkを歩いていた時に日本ブースを見つけました。どんな企業が参加されているのかを見ていたところ、「Immersive Experience with Scent」という言葉が飛び込んできました。「香りによる没入体験」です。香りが出ることでVR体験がよりリッチになるというのは以前から言われていて、海外のスタートアップもVRゴーグル向けに香りを出すガジェットを展開しており、これ自体に目新しさはないかと思います。ただ私が驚いたのが、展示スペースにVRゴーグルが見当たらないことでした。

説明を聞いていても、デスクトップPCの横に置いてある香りを噴射するプロダクトの説明が中心で、私の方から「それでどうVRゴーグルと組み合わせるんですか?」と質問してしまったくらいです。「あぁ、一応こちらもあります」という具合に、首にかけるタイプの説明をしてくださったのですが、VRゴーグルとこの香りが組み合わさることで、どんなすごい没入体験が実現できるのかを知りたかった私にとっては最初腑に落ちなかったのです。なぜなら私にとってはVRゴーグルありきで、香りはそのバーチャル空間の没入感をさらに上げるための追加策と捉えていたからです。

アロマジョインのPC横に置くデバイス。音楽スピーカーのような物と考えてほしい、と紹介された。

しばらく話をしていてようやく気付いたのが、彼らは「没入体験を提供する上で、VRやARによる視覚情報をリッチにすることを前提としていない」ということでした。むしろ今のYouTubeに上がっているような既存動画に香りをプラスすることで没入体験を生み出すことができる、と考えていたのです。「仮想」「没入」と聞いてまず視覚情報の強化ありきに囚われていた私と、真っ先に嗅覚に目をつけた彼らとの違いです。

視覚に囚われていた私は、「VRゴーグルは大きすぎてまだ多くの人は使わない」「バーチャル映像が粗いしVR酔いも起こるので、今はスケールしにくい」「目に対する影響を考慮すると子どもは使えない」といったことを考えてしまい、結果として試験的な取り組みを除いてまだまだメタバースをブランド活動に活用しにくいと思ってしまっていました。

実現させるとしても結局はどこでもやっているような、有力ゲームでのブランド露出、例えばゲーム内にブランドのお店や広場を用意したり、アバターに商品を持ってもらったりすることかと。もしくは自社サイトを開設するようにゼロから自前で仮想空間を開発することです。

しかし視覚情報の強化を前提とせずに、「仮想」「没入」を実現していくアプローチが存在することを思い知らされたのです。メタバースを真正面からとらえると、拡張現実や仮想空間といった視覚情報を前提にしがちですが、メタバースの固定観念に囚われず、視覚情報が今のままでも、嗅覚や聴覚、触覚といった他の五感の強化から取り組むことでメタバースインフラがまだ整わないこの数年間の“メタバース”に取り組んでいくという選択肢があり得るわけです。

香りを仮想化し、動画視聴の没入感を高めるデジタル香りデバイスAroma Shooter®

実際に既存のYouTube動画にアロマジョインのソフト(世界初の香り映像プラットフォームAroma Player®)を使うことで、動画に乗せる音楽を編集するかのように、どのシーンでどの香りを出す、という編集が簡単にできます。

香り編集をされた動画を見る人がアロマジョインのデバイスを持っていれば、例えば海の香りを嗅ぎながら波の音とともに海の映像を見ることができるようになります。Instagramに投稿している写真、LINE・WhatsAppで共有する動画や写真に対しても香りをつけるという広がりも考えられます。

こうした観点でメタバースを考えてみれば、大きな予算を必要とせずに他のブランドがやっていないようなユニークな「仮想化した没入感のある」ブランド活動を展開できることにつながります。メタバースと聞いて、VR・ARという視覚情報に囚われないだけで、まだまだメタバースが当たり前になる前に、差別化した「仮想」「没入」のブランド体験を顧客に提供していける可能性が見えたCES2023でした。

YouTube動画に香りの情報を付加するためのソフト。

玉井博久
Glico Asia Pacific Regional Creative & Digital Senior Manager 兼 江崎グリコ アシスタントグローバルブランドマネージャー

広告会社のクリエイティブを経て、広告主のブランド構築に携わる。シンガポール在住。現在江崎グリコで全世界のポッキーの広告を統括。カンヌライオンズなど受賞多数。宣伝会議「カンヌセミナー」「メタバース基礎講座」「TikTokスタートアップセミナー」「オリエンテーション基礎講座」など複数の教育講座の講師を務める。著書に『宣伝担当者バイブル』(宣伝会議)、『「売り方」のオンラインシフト』(翔泳社)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。


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