2022年、読売ジャイアンツは本拠地である東京ドームの大幅なリニューアルと同時にブランドムービーを刷新した。多くのファンを魅了したその映像演出の手法について、読売新聞東京本社事業局野球事業部の森菜々穂氏と、ソニー・ミュージックソリューションズの代田兼一郎氏に話を伺った。
映像のつくり手として意識する情熱とフィロソフィー
——自己紹介および「映像」にまつわるご自身のエピソードを聞かせてください。
森:読売新聞東京本社事業局野球事業部の森です。私の主な仕事は、東京ドームでの巨人戦での場内演出です。実は私、小さいころは映像よりも活字派だったので、映画やアニメはほとんど見ていませんでした。両親によると、好きなテレビ番組は天気予報だったらしいんですが(笑)、それぐらい、当時は本を読んで過ごしていましたね。
代田:ソニー・ミュージックソリューションズでクリエイティブディレクターをしている、代田です。ジャイアンツをはじめとするスポーツチームや、アーティストなどに関わるコミュニケーションデザイン、メタバースプラットフォームの体験デザインまで、幅広い領域を担当しています。
映像を「つくる側」の目線で言うと、僕はコンセプトメーカーなのでクライアントの根底に流れているフィロソフィーに徹底的に目を向けるようにしています。「このブランドはどうあるべきなのか?どうありたいのか?」を深掘りしながら、観る人に深く刺さる表現になることを目指しています。
「体験」全体をデザインする映像を
——映像や動画をインプットする際に、あえて意識していることはありますか?
森:演出担当になってから一年半なのですが、映像やクリエイティブをいろいろとインプットするようになりました。特に、MLBなどの海外スポーツの演出映像をYouTubeで見るようにしています。街中のサイネージで流れるショートムービーなどからも、人の感情に訴えかけるアプローチを学ばせてもらっていますね。
特に、印象に残っているのは、2016-17年秋冬の「グッチ」のブランディングムービー。新宿の街並みに触発されたもので、パチンコ店やデコトラなど、ハイブランドには似つかわしくないイメージを取り入れながらも、むしろ高貴な感じすら伝わってきました。これはいい意味で裏切られた作品として、すごく印象に残っていますね。
——代田さんは今までに「これはやられた!」と思った映像表現の事例はありますか?
代田:やられた!と思ったのは、元々ハプティクス関連の研究をしていたこともあり、安室奈美恵さんの『Golden Touch』という曲のMVです。画面に設定されたポイントに指を置くと、そこを起点に映像が展開される演出があるんですね。スクリーンに指をくっつけて映像を見る。映像表現を広げる上でものすごく新しい体験として印象に残っていますね。
僕は、ひとつの映像がどんな場所でどうやってお客さんに響いていくのか、といった部分までをつくるのが映像設計だと思っています。そういう意味では、球場という空間でどの形のモニターで、どのタイミングで流れる映像かを強く意識しています。映像単体ではなく「体験」全体をデザインしている感覚が強いですね。
「言葉では表現しきれないもの」を表す
——読売ジャイアンツにとって、映像演出の役割とは?
森:スポーツの場において、試合をつくるのは映像ではなく選手です。ただ、映像はスポーツ観戦で味わう感動や、ワクワク感をさらに高めるものになりえます。チームが進んでいく方向性や、大切にしている哲学など、言葉では表現しにくいものまで表現できるのが映像や演出の魅力だと思いますね。
ソニーミュージックさんと組ませていただいてから、ジャイアンツのトータルブランディングについて一から考え直しました。ジャイアンツは日本プロ野球界で最古のチームであり、栄光を積み重ねてきた存在。そこをシネマティックかつ圧倒的な映像で一から構成してくれたのが代田さんでした。
代田:ジャイアンツは、日本のプロスポーツ界全体を引っ張ってきた特別な存在です。そのポジショニングを考えた時、もはやプロ野球界を飛び越えて「一流ブランド」として存在できるのではないかと思い、改めて歴史あるトップブランドとしてジャイアンツを捉えなおしました。
一流ブランドの伝統というものは、実は革新の連続によってできています。そこで、「ジャイアンツプライド」というブランドムービーでは、ジャイアンツが持つ伝統資産である「栄光」というキーワードをオレンジ色のCGの光で表現し、そこに最新技術である「ボリュメトリックキャプチャ」の表現を組み合わせました。その映像を起点にして、大幅にリニューアルした東京ドームの球場体験に連結させる、幅広いレンジの提案を行っていきました。
映像を観終わった後、拍手が起きた
——反響について聞かせてください。
森:試合開始の直前に流れる「ジャイアンツプライド」と呼ばれる1分半のムービーには、ジャイアンツのDNAが凝縮されています。ふつうはムービーを流すとスタンドから手拍子が起きることが多いのですが、今回は微動だにせず観入った後、最後に拍手が起きました。それがシーズン中ずっと続いたんですね。その様を見て、ブランドムービーとして伝えたかったことが伝えられたかな、と感じましたね。
ファンの皆さんからのアンケートでも、特に良かった球場体験として映像演出がシーズンを通してトップになりました。球団創設88年目にして、また新たなジャイアンツを見せられたのかな、と思います。
代田:他球団でここまでこだわった映像を流しているのは、国内はおろかアジアリーグ、MLBでもありません。自分たちがやっていることが、スポーツ演出映像という点では世界トップレベルであることを実感できたシーズンでした。それが日本の野球シーンを引っ張ってきたジャイアンツの映像で良かったな、と凄く思っています。
——映像や演出自体が来場目的へとつながりそうですね。最後に2023年の動きについて聞かせてください。
森:場内で流れる映像だけではなく、SNSでも商品でも広告でも、お客さんの五感にふれるものすべてに一貫した世界観があるのが最高の状態だと思います。演出においては、あらゆるイメージを統一させることがひとつの大きな仕事。2023年は場外に出る宣伝・広告物まで一貫してジャイアンツならではの世界観をつくっていきたいですね。
代田:これまで、ジャイアンツの本質的な部分に踏み込ませていただきながら映像づくりを続けてきました。この流れを今シーズンにつなげることを意識しながら、ストーリー性、連続性のある世界観を構築していきたいと考えています。ジャイアンツのより強いイメージが世の中に広がっていくことに貢献できたら嬉しいですね。
森菜々穂
北海道出身。新卒で読売新聞東京本社に入社し、2年目から事業局野球事業部で巨人戦の場内演出を担当。野球の知識0の状態から、1年後には東京ドームのリニューアルに伴い、演出を一から再構築した。日々の業務は巨人戦の演出進行、セレモニーのディレクションなど。大学時代は陸上競技大会を主催する学生団体に所属。趣味はスキー。
代田兼一郎
東京都出身。Sony Music Solutions クリエイティブディレクター。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科修了。コミュニーケション、サービス、ブランド、体験など幅広いデザイン領域を担当。2022年にテクノロジー、エンターテインメント、ビジネス、クリエイティブを融合させる、Creative X-Lab立ち上げた。