消費者の関心(アテンション)をいかに引きつけるか。争奪戦の熱は高まるばかりだ。音楽やポッドキャストなどの音声エンタテインメントを展開する世界最大級のオーディオストリーミングサービス「Spotify(スポティファイ)」で広告事業を統括する林遊記氏は、「オフスクリーンの有効活用をおすすめしたいと思います。特に、認知以降の、いわゆるミッドファネルでの利用が効果的と考えられます」と話す。
「オフスクリーン」とは、文字どおり、テレビやパソコン、スマートフォンなどの「スクリーン」から目を離している状態を指す。Spotifyのユーザーを対象に、時間帯ごとに仕様しているアプリを調査したところ、「午前7〜8時ごろまでにかけてSpotifyの利用率が急増し、昼ごろにいったん落ち着きます。午後5時ごろから再び増え始め夜に向かって落ち着くという傾向がありました」(林氏)
想像されるのは、通勤や通学などの移動時間に特に多くアプリが起動されているということだ。しかし、それ以外でも起動時間はじわじわと増えている。
「『耳がヒマ』と表現したりするようですが、画面ありか画面なしかを問わず、現代の消費者は一日中、音声への接触があって、音のない時間ができると落ち着かないようです。作業中に何か聞いている状態はこれまでにもあったと思いますが、何かをしながらでも常に音声に接触する人の割合は、今後ますます広がっていくのではないかと思います」(林氏)
テレビや動画配信サービス、SNSのような視覚に訴えかけるメディアは、多くの広告であふれかえっている。はん濫する情報の中でのアテンション争奪戦に勝利すれば、認知度を大いに高めることができる。
一方、オフスクリーンの特徴は、広告コンテンツへの接触が独占的であるということだ。ほかの情報に邪魔されないため、じっくりと消費者とのエンゲージメントを深められる。
オンスクリーンとオフスクリーンのメディアを使い分けるとすると、ポイントは2つある。ひとつは、フェーズごとの違い、もうひとつは、記憶への定着だ。
「オンスクリーンメディアでの広告は、認知を広げるのに役立つことがわかっています。まだ商品やサービスを知らない、初期の段階にある消費者に向けての実施が有効と考えられます。オフスクリーンメディアでの広告は、その次の段階、購買認知を高めるのに効果的だという調査結果があります。認知の次の段階、いわゆるミッドファネルでの使用に向いています」(林氏)
「もうひとつの記憶への定着というのは、学習と学習の間に睡眠を挟むと、定着率が向上するということが背景にあります。たとえば夜に勉強してから寝て、再び朝同じ内容を復習すると、理解が深まるといったことですが、広告でも同じことが生じると考えられます。テレビや動画で見て知ったことを、朝、今度は音声で“復習”する。そうすると内容の理解が深まるということです。オフスクリーンが購買意向の向上に効く、というのはこういった働きも関与しているのではないかと思われます」(林氏)
特別な広告素材はいらない
認知を広げるフェーズと、購買意向を高めるフェーズ、オンスクリーンとオフスクリーンを組み合わせる上で、気にかかるのは広告素材の制作だ。メッセージをどのように変えればいいのか。声用の素材の制作も必要になりそうだ。しかし、林氏は「いずれも基本的には不要だと考えています」と話す。
「先ほどお話しした再学習の観点で考えると、基本的にはメッセージは同じでよいと思います。音声広告を何かこれまでと異なるものととらえる必要はありません。音声広告が進んでいる米国で、数多くの広告を聞きましたが、必ずしも 差別化されていませんでした」(林氏)
素材も、必ずしも、別に制作する必要はないという。
「動画広告を出稿していれば、その音声の部分だけ抜粋して出稿することができます。余分な尺が出る場合は、別でナレーションでコールトゥアクションを録って、サウンドエフェクトを載せて、という最小限の制作で済みます」(林氏)
動画広告でも、音声だけで成立するように制作しておくことは、ひとつのテクニックでもある。たとえばYouTubeでも、「画面を見ずに動画を再生する(=バックグラウンド再生する)」ユーザーがいることを想定し、「音声だけを聞いていても訴求できるよう制作しておく」というケースは多い。
動画広告を基に音声広告を作成するサービスは、Spotifyでも対応している。再生時間が30秒以上あると、よりスピーディーに提供できるという。
音声広告を、そのほかのフォーマットと差別化することによるメリットがないわけではないものの、そこにこだわりすぎてオフスクリーン時間を活用できないようでは、本末転倒になってしまう。一日のうち、オフスクリーン時間は少なくない消費者への接触機会であり、情報のはん濫が起きにくいフィールドだ。スモールスタートで活用をはじめ、ノウハウを蓄積してきたい。
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