【出席者】
青山商事 執行役員 リブランディング推進室長 平松葉月氏
カシオ計算機 執行役員 デジタル統轄部長 石附洋徳氏
鳥貴族 取締役 マーケティング本部長 真門洋平氏
三井住友海上火災保険 経営企画部部長兼CMO 木田浩理氏
お酒、スーツ、腕時計に損害保険…産業自体が大きな変革期にあるときの戦略とは?
100社を超えるマーケターが集うコミュニティである「CMO X」は3月2日、32回目となる研究会を開催した。「CMO X」では定期的に研究会を開催し、その参加者が「CMO X」メンバーとなっていく。
リアルでの開催となった32回目の研究会には青山商事、カシオ計算機、鳥貴族、三井住友海上火災保険から4名のマーケターが参加した。異なる商材を扱うマーケター同士のディスカッションは、各社の顧客のカスタマージャーニーの紹介から始まる。カスタマージャーニーを披露しあうことで、異なる商材に思わぬ共通点が見い出されたり、またそれぞれの商材ならではの課題を深く理解することにつながるからだ。
三井住友海上火災保険の木田氏からは、同社の代表的サービスのひとつである自動車保険加入者のカスタマージャーニーとそのプロセスにおける課題が発表された。
従来、自動車保険の契約の機会は自動車を購入するタイミングであることが多く、それゆえ代理で保険を販売する自動車ディーラーにおいて、自社の保険を紹介してもらえるか否かが、契約者数を左右する要因のひとつとなっていた。
しかし、近年はインターネット経由の申し込み、あるいは契約前のインターネット上での情報収集と比較といった行動が顕著になっている。そこで木田氏からは特に「自動車購入の前段階における認知獲得の施策」や「自動車ディーラーなどの代理店を巻き込むBtoBtoCマーケティングにおける施策の拡充」の2つのプロセスにおけるデジタル活用の重要性が指摘された。
東名阪80%以上の知名度を誇るという鳥貴族は、居酒屋業界の変容による競争激化に直面している。居酒屋以外の外食チェーンが酒類を提供するようになり、競合が増えたことや若年層のアルコール離れなどがあり、“居酒屋”という業態事態が向き合わざるを得ない課題があるのだという。
そうしたなかで、真門氏は「例えば、鳥貴族に行こうと思ったが、寄ってみたら満席で入れなかったなどのチャンスロスの削減、またリピーターの増加などを目的に、3月に公式アプリをリリースしたばかり。鳥貴族のUSPであるコスパの高さは活かしながら、アプリを介したコミュニケーションで店舗の外でもつながる関係を構築していきたい」と新たな施策の狙いを語った。
顧客起点のDX推進を担う、マーケターに期待されること
カシオ計算機の石附氏はロングセラー商品である「G-SHOCK」を例にカスタマージャーニーを紹介。ブランドに愛着を持つ「G-SHOCK」ファン層、ファッションツールの一選択肢として位置づけるファッション関与層、純粋に時計として機能を必要として購入する時計購入者層という3パターンの顧客それぞれに“「G-SHOCK」との出会い”を創出するWEBサイト・ECサイトを構築しているという。
「『G-SHOCK』は40周年を迎え、ユーザー視点でサプライチェーンなどビジネス全体基盤を見直したいと考えている。自分だけの『G-SHOCK』を作れる『MY G-SHOCK』やアフターサービスを通じて、ファンをさらに増やしたい」と話し、入り口のコミュニケーション部分の個別最適化だけでなく、サプライチェーンも含めた個客に合わせた提案ができる体制を目指す構想が語られた。
もともと広告会社などで、長くマーケティングに携わる仕事をしてきた石附氏だが、カシオ計算機ではデジタル統轄部長の任を担う。マーケティング的な顧客起点の発想による、企業全体のDX実現に期待されてのことだ。石附氏の取り組みからは技術力に強みを持ってきたメーカーのDXのヒントが多く見えてきそうだ。
オフィススーツをはじめ、ビジネスウェアを主戦場にする青山商事の平松氏からは「ビジネスウェアの購入意思決定に際しては、同僚の服装を見たり、コーディネートサイトを閲覧したりと、オンラインとオフラインの情報が混在して影響を与えている」と同社、顧客のカスタマージャーニーについて紹介があった。
また、購入意思決定のプロセスにおける変化だけでなく、リモートワークの普及など働き方の多様化でビジネスウェア自体に求められる価値も変わりつつある。平松氏は「例えば、『G-SHOCK』のような時計を扱ったり、従来のスーツに限らず、ビジネスパーソンのパフォーマンスアップに向上する提案をしていきたい」と話す。同社が2021年に発表した、3カ年の中期経営計画『Aoyama Reborn 2023』では、テーマのひとつに「ビジネスウェア事業の変革と挑戦」を掲げている。
「この方針に基づき、『ビジネスのパフォーマンスを上げるパーツを提供する会社になる』」という新たなパーパスを掲げ、リブランディング施策を進めてきた。また、このパーパスを実現する上では、従来の商品にとどまらず、一人ひとりのお客さまに向き合った新たな商品・サービスの企画も必要。全国にある店舗も従来からある商品を“売る場”としてだけでなく、“ビジネスの接点をつくる場”として変革が必要で、その実現のためには社内の意識改革なども必要とされている」と平松氏は、同社変革のプロセスについて説明した。
垣根を越えて共通項を見出し、互いのマーケティング戦略に磨きをかける
現状と課題を共有した4名は、事前の宿題となっていた「自分が他の3社のマーケターになったら」というお題に対する回答を発表。マーケティングのプロフェッショナルたちによる、アイデアということもあって「すぐに試してみたい」という声も多くあがってきた。こうしたプロセスを経て、各参加者からは今後、自社のマーケティング活動で目指すべき方針が語られた。
鳥貴族の真門氏からは、自社が属するカテゴリー自体の再定義が必要では、という意見が発表された。「居酒屋はどのような価値を提供する場なのか。改めて、居酒屋の再定義を図っていこうと考えている」と真門氏。
具体的には「“焼鳥・お酒を提供する場”から“お酒が飲めない人も楽しめる場所”へ」という観点で、提供価値の移行を進めているのだという。居酒屋としてのアイデンティティは鳥貴族にとってのコア資産として大事にしつつ、長期的な視点で楽しむ場として体験価値を考えていく考え。実際、来店の動機として食事を目的に来店する顧客も多いという。現時点の売上構成比を見ても、食事がアルコールを上回っており、ここに鳥貴族のポテンシャルが潜んでいると言えそうだ。
居酒屋というカテゴリー自体を再定義しようとする真門氏の考えに、青山商事の平松氏も共感の意思を示した。「当社ではスーツをはじめとした重衣料とシャツやインナーなどの軽衣料は、それぞれ異なるマーケティング戦略が敷かれていた。ブランドパーパスを体現し、ビジネスウェア企業の課題である年間を通じた売上確保のため、商品カテゴリー別ではなくターゲット別に戦略を実施できる体制に切り替えていけたら」と今後の展望を語る。
三井住友海上火災保険の木田氏からは、自動車保険に限らず、広く「損害保険」と考えた際に、顧客に役立つ提案はまだまだ可能性が広がっているとの考えを示した。
地震や台風などの災害に見舞われやすい“自然災害大国・日本”において、セーフティーネットとしての社会的責任を果たしつつ、持続可能なビジネスモデルの構築に邁進していると木田氏は話す。自動車保険においては、若年層の自動車離れや自動運転の開発が進むなかで、顧客接点の創出に活路を見出している。「“保険を売る”企業から“契約者を支える”存在へと進化させるには、サービスの高度化が必要不可欠であり、そのひとつが新たな手法として採用した「UXグロースモデル」。無料版や廉価版の商品・サービスを入口に自動車や自動車保険の有用性を実感してもらい、有料版へとステップアップしてもらうためにも、接点を持ち続けるためのマーケティング施策を実施していく」(木田氏)。
企業同士のコラボレーションの可能性が生まれたのは、カシオ計算機の石附氏の発表の場面だった。スマートウォッチなど、従来の腕時計の機能を代替するようなデジタルデバイスも台頭するなか、石附氏は腕時計の新たな価値を模索している、と言う。
「時計を身に着ける・見る以外の体験価値を見つけたい」という課題に対して、木田氏は「『G-SHOCK』の耐久性を活かした『防災機能付き時計』はどうか。災害時にはスマートフォンやスマートウォッチは使用できない可能性がある。当社の位置特定技術と組み合わせて有事の安否確認に貢献できれば、時計の新たな価値になるはず」と提案した。
「CMO X」Founderの加藤希尊氏は研究会の最後に「既成概念にとらわれないアイデアは社内協議ではなかなか生まれない。皆さんが施策立案や方針決めに楽しく取り組めたのは、根本的に課題解決が好きなマーケターだからこそ。これからも変わらぬパッションで、異なる業界のマーケターとの交流の機会を活かしてもらえれば」と話した。