本稿では、書籍に収録した星野リゾート代表の星野佳路氏と著者の作野善教氏との対談の一部を公開します。
星野氏は家業の温泉旅館を継いだのち、国内外でリゾートホテル事業を拡大。「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」を展開しています。ホテル経営やマーケティングの理論を学んで経営に取り入れているほか、観光・ホテル事業などについての論客としても知られます。
前編では、ひところ全国に広がった外国風のテーマパークが軒並み失敗に終わった理由から、観光ビジネスの要諦と本書のテーマである「クロスカルチャー・マーケティング」のあり方について考えます。
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本物感に乏しい施設はすぐ見破られる
星野:私のリゾートホテルについてのこだわりの背景には、ホテル経営を学んだコーネル大学大学院時代の同級生たちの存在があります。
大人になると、率直に意見を言ってくれる人は少ないものです。今、世界中で活躍しているコーネルの仲間たちとは、高校の同級生くらいの率直さでいろいろとお互いに話ができる関係を築くことができ、本音でストレートに意見を言い合っていましたね。その経験がもととなり、「彼ら彼女らが見に来たときに、馬鹿にされないようなホテルをつくっておかないと」と常に思っていました。
「星のや軽井沢」は、そんな発想から生まれた宿泊施設です。開発の際には日本国内の市場ニーズはあまり考えていませんでした。なぜならば、海外のホテルに負けないものにしようと思うと同時に、特にかつての私の同級生が視察に来たときに、心から誇れるものにしたい、恥ずかしいものは見せられないという思いが強くあったからです。結果として、「星のや軽井沢」は海外の方々だけではなく、日本人にも受け入れていただくことができました。
作野:当時、日本のリゾートホテルは西洋風でバブルの雰囲気が残っている、そんなイメージでしたね。
星野:私はまさに、バブル末期の1991年に家業の旅館を継ぎました。そのころに誕生したリゾートホテルの多くは西洋の真似でしかなかったのです。
作野:それもある意味「クロスカルチャー」というべきか、日本人向けに海外へのあこがれを抱かせるようなビジネスが存在したわけですよね。
星野:その通りです。ただ、外国の名前を冠した「○○村」といった名称のテーマパークがバブル期に相次いでオープンしましたが、大半が失敗に終わりました。理由は簡単で、本物感に乏しいからです。
観光における「あの場所に行ってみたい」という動機は、国籍を問わず、その場所にあるであろう「本物さ」を体験したいという欲求から生まれるわけですから。
作野:地方につくられた「○○村」も、日本人がイメージする外国風の街なのかもしれません。もし外国の政府なり企業などが、しっかり自国で培ってきた文化やサービスの特長を活かして、日本人向けに価値を見定めていれば違ったものになっていたのでしょうか。
星野:それはどうでしょうか。私がそうした観光施設に限界を感じたのは、そこで働く人たちの大半が日本人であり、表現すべき国の文化を持ち合わせていないからです。その地域の人たちにとって、「外国人になりきってください」というのは簡単なことではありません。リゾートは開業が完成ではなく、そこから継続的に発展や進化をしていかなくてはいけません。ですが、こうした施設はその進化が非常に難しいのです。
私が常に気をつけていることですが、感覚的な部分も含めた「本物の範囲内」をどのように定義するのかがとても大事なポイントです。「クロスカルチャー」は重要なテーマですが、ニセモノになってはいけないのです。
外国風のテーマパークも含めた当時の様々な施策の失敗について、あらゆる原因が「バブル崩壊」という理由で片づけられがちです。本当の理由は、まさにこの「クロスカルチャー・マーケティングの失敗」ではないでしょうか。この失敗はホテル業界にとって貴重な学びとなり得たのですが、「バブル崩壊」という便利な言葉の陰に隠れてしまったことはとても残念なところです。
作野:「クロスカルチャー・マーケティング」を体現する際に、チームやパートナーの潜在的な能力は不可欠です。その部分を誤ってしまった例として改善の機会があったかもしれないのに「バブル崩壊」という別の問題として処理されるのはもったいない。
星野:そこで働く社員・スタッフが自ら商品やサービスを進化させることができる、その要素を大事にしたリゾートづくり・観光地づくりをしていかないとダメだと思います。時代の変化にも対応できないし、逆に成功しても真似されやすい。実は、バブル期の日本のリゾートや観光の失敗には重要な学びがあるのです。
その土地の個性である「方言」でおもてなし
作野:日本は単一の文化圏とよく言われますが、実はマルチカルチャーだということは意外と知られていません。
高校を卒業したころ、オートバイで北海道から九州まで旅行したときに気がついたことです。岩手県で旅仲間の祖父母の家に泊めてもらったときのこと。僕たちが訪れたのをすごく喜んで、ごちそうを出してくれるわけです。食べたことのないものが出てきたり、言葉が半分以上わからなかったり……。そこですごくカルチャーショックを受けたのを覚えていますね。日本国内なのに、こんなに違うんだと……。
国内でも、各市町村の培われた文化を他の若者なり、他の地方の人たちにサービスとして提供していくというのは、まだまだ市場のチャンスとしてはありますよね。
星野:そうですね。我々の施設でも、おもてなしの一つのあり方として「方言をしっかりと使おう」という取り組みを各地で行っています。
一昔前まで、方言はどちらかというと隠すものでしたよね。どこか標準語で話さないと恥ずかしい、という空気がありました。しかし、他の地域から訪れる人にとって方言は、その土地の個性を感じられて面白いのです。
コンセプトワードは、たとえば青森の「青森屋」は地元の言葉で「思いっきり、めいっぱい、全力で」などを意味する「のれそれ青森」ですし、沖縄の「OMO(おも)5沖縄那覇」では心が弾む、ワクワクするなどを意味する「バザールって、ちむどんどん」というコンセプトで、沖縄の方言を積極的に使っています。
作野:受付などで、日本人同士なのに言葉が通じ合わなかったら面白いですよね。
星野:「青森屋」のコンセプトを検討する際は、まさに「“通じない旅館”というのを目指そう」と当時議論していました。今でも「青森屋」は津軽弁を始めとした“青森の方言”を一つのテーマにしています。
たとえば、夕食では「かっちゃのばんげまんま(お母さんの晩御飯)」というコンセプトを設定しています。これは私の発想ではなくて、現地スタッフの発案です。方言で書かれた料理名が並んでいて、その意味はさっぱりわからない。しかし、それが顧客との会話のきっかけにもなりますし、青森らしさを感じていただく機会にもなって、「青森屋」の大ヒットにつながったと思います。
作野:まさに、国内のクロスカルチャー・マーケティングで新しい市場をつくり出すことを実践されていますね。
これから外国人が(観光などで)再び日本に入り始めるわけですが、たとえば星野さんは、その方言が外国人にはあまり関係ないともいわれたように、その国内市場だけを見るのではなくて、国外市場を見たときにはアプローチがある程度変わってくるのではないかと思われます。
本書でも同様に提唱しているのですが、国内市場だけを見るのではなく、クロスカルチャーな視点で国外市場を同時にとらえることで、日本企業はこれから成長、あるいは生き残ることができると考えています。
(続く)
クロスカルチャー・マーケティングとは
本書では、企業や組織が自国で培ってきた文化やサービスの特長を活かしながら、対象市場(海外)の現地特性に合わせたマーケティング戦略を立案し、多様性に富んだチームの潜在的な能力を用いて最適化していくことを指します。
星野佳路
ほしの・よしはる 星野リゾート代表取締役社長。1960年長野県軽井沢町生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。91年、先代の跡を継いで星野温泉旅館(現星野リゾート)代表に就任。所有と運営を一体とする日本のホテル業界でいち早く運営サービスに特化するビジネスモデルへ転換。経営破綻したリゾートホテルや温泉旅館の再生に取り組み、「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」「BEB(ベブ)」などの施設を運営する。プライベートでは年間70日のスキー滑走を目標としている。
作野善教
さくの・よしのり シドニーのマーケティングカンパニーdoq創業者・グループマネージングディレクター。外資系広告代理店ビーコンコミュニケーションズを経て2005年に渡米。米系広告代理店レオ・バーネットのシカゴ本社で勤務したのちオーストラリアに拠点を移し、2009年シドニーにてdoqを創業。異なる文化と背景を持つ多様性に富んだチームとともに、20年で50社以上の越境マーケティング戦略立案を手がける。
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