星野リゾートがフラットな組織づくりを進める理由(星野佳路×作野善教)

2022年12月に発売した書籍『クロスカルチャー・マーケティング 日本から世界中の顧客をつかむ方法』に収録した、星野リゾート代表の星野佳路氏と著者の作野善教氏との対談の後編。拡大するインバウンド需要の取り込みで心がけるべきことから、星野リゾートの組織文化に話が広がりました。

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【前編】外国風のテーマパークが軒並み失敗したのはなぜか(星野佳路×作野善教)

インバウンド再拡大へ、すべきことはたくさんある

作野:国外の旅行者がこれから再び増え始めるにあたって、星野リゾートの経営課題をどのように考えていますか。

星野:先ほどお話ししたように、商品・サービスについて、私たちは本物の範囲を出てはいけないと考えています。たしかに、世界から見えている日本のイメージに近いものを体験し、写真に収めたいというニーズは存在します。ただ、私たちの生活やその土地らしさを形作っている本物の範囲を逸脱していくと、いずれはニセモノになっていきます。日本について知識があり、勉強されている海外の方々にはそれがわかります。だからこそ私は、そこは守るべき境界線だと思っているのです。

作野善教氏(左)と星野佳路氏

その一方で、日本の地方が「本物さ」を失っているという問題もあります。それにもかかわらず、本物の範囲を逸脱して目先の短期的なニーズに応えようというのは、長期的に見てもサステナブルではありません。

むしろ、その土地らしさをもっと強調していくというか、本物の度合いを高めていくべきです。地域色がより強まることで、日本人の満足度がより高まり、次いでインバウンドに対しても同じように効いてくると考えています。つまり、これは日本人用、これはインバウンド用とそのサービスをわける必要はないということです。

作野:「本物さ」を守りながら、各施設で新鮮なアイデアを出し続け、自分たちの発想と本物に対するこだわりの両方を大事にしていくことが重要であるということですね。

星野:このほか、日本の観光については機能面でもまだまだ足りていない部分があります。商品やサービスに関する言語情報の質と量、また予約や支払い、アクセスの方法などです。日本の人たちとはまったく異なるアクセス、交通へのニーズというのがありますから、こういうところには、きめ細かく応えていく必要があると思います。

まだまだできることが日本の観光にはたくさんあります。私たちにもいえることですが、十分にやりきれていないというのが現状だと思います。

インバウンド顧客のニーズをよく理解することは基本です。日本人は各地の宿泊地をめぐる周遊型の旅行をする人も多いですが、インバウンド顧客は1カ所にとどまる滞在型を好む人も多くいらっしゃいます。

スキーで志賀高原に滞在しているときに聞いた話ですが、近くにあるインバウンド顧客用のホテルでは、外国人旅行客は平均10泊程度滞在するそうです。目的はもちろんスキーであり、パウダースノーを求めて来日します。

面白いのは、雪が降っている日は吹雪いていてもゲレンデに行き、逆に晴れている日はスキーをせず周辺の観光地を訪れるのだとか。新幹線を使って日帰りで金沢まで足を延ばして、兼六園や美術館に足を運んだりするそうです。

作野:インバウンド顧客は、雪の日と晴れの日をうまく使いわけているわけですね。日本人は逆に、スキーが目的なら晴れた日に滑りたいと考えそうです。また違ったニーズがありますね。

星野:日本はパウダースノー天国であり、世界を見てもなかなかないですからね。そういった多様なニーズに、私たちはもっと応えられると思うのです。もちろん、本物の範囲内で……。

作野:いろんな国や地域の人の嗜好に合わせるということは、全体で見たときに、ビジネスとしては回転率が上がるわけですよね。日本人客のために稼働しない日であっても、他の国の観光客で稼働させることができるようになると。

星野リゾートがフラットな組織づくりを進める理由

作野:アイデアやこだわりが現地のスタッフから出てくると先ほど伺いました。では、どんな人材が星野リゾートのチームメンバーに向いているのでしょうか。また、ダイバーシティやインクルージョンの重要性が増している中、チームの多様性についてはどのように考えていますか。

星野:星野リゾートの拠点はほとんどが地方にあるので、観光に興味を持ち地方に行って活躍したいという人たちは大事です。選考の段階では本人の熱意と、会社にとってのダイバーシティ(多様性)を重視しています。使える言語、能力も含め、今までのスタッフと違った個性を持った人たちを積極的に採用しています。

作野:国籍を問わずですか?

星野:もちろんです。先日も、青森の奥入瀬渓流ホテルに泊まっていて、近くのスキー場に滑りに行こうと社員を募ったところ、外国籍のスタッフが何人も参加してくれました。

1人はマレーシアから来ているスタッフで、スノーボードがとてもうまい。(熱帯の)マレーシアから来ているのに驚きですよね。彼は北海道の「星野リゾート トマム」で働いた後、奥入瀬に異動してきたのですが、マレー語と英語、そして日本語が使えます。マレー語ができるということは、インドネシア語も7割方わかるということ。貴重な戦力です。

作野:企業がいろんな国籍、ダイバーシティを持つ方たちをスタッフに迎え入れる中で、いま、星野リゾートとしては、どのような企業文化の醸成がなされているのでしょうか。

星野:「フラットな組織文化」が星野リゾートの特徴です。社内に権限を持った人はいますが、いわゆる「えらい人」をつくらない、言いたいことを言いたい人に伝えられるという組織です。そして一人ひとりの発想力を大切にし、考えながら仕事をしてもらえるようになる、という考え方を大切にしています。

この概念を提唱するのが(経営学者・コンサルタントの)ケン・ブランチャードです。私は80年代からブランチャード理論のファンで、書籍などで彼の考え方にずっと触れてきました。私たちは労働力を雇っているわけではなくて、その人の発想力に対して給料を払っていると考えていて、その発想力が「旅館メソッド」にも結びついているのです。

顧客からの意見やクレームも、ただただ対応すればいいのではなくて、その事象を改善やよりよいサービスの提供に向けた発想のヒントにすることが大切です。そのためにはスタッフ一人ひとりが発想する準備が常にできている必要があります。それこそが、フラットな組織がつくり出す文化なのです。

作野:そのフラットな組織文化は、特に外国人従業員には共感されやすいと思います。基本的に欧米では職位があるとはいえ、各自の責任を明確にしたうえでフラットに意見を出すことが認められる企業文化ですからね。

星野:そうですね。国内外にかかわらず、伝統的なピラミッド組織の特徴と比べると「えらい人」をつくらないための文化醸成というのは結構難しいのです。

ケン・ブランチャードの言う通り、星野リゾートは会社の代表者が社用車に乗っているということもないし、私専用のオフィスも、デスクもありません。

最近では、国外出張における飛行機のビジネスクラス利用について、全社員、同じ条件にルールを改訂しました。もしビジネスクラスに乗りたい場合、その価格の20パーセント、もしくはエコノミークラスとの差額のいずれか少ないほうを負担すれば誰でも乗れるようになりました。

作野:20パーセント自己負担で?

星野:はい、そうです。私も国外出張に行くときにはビジネスクラスを利用することもありますが、その場合は自分で20パーセントを負担しています。

作野:星野さん自身が、フラットな組織文化を醸成するために日々努力されていることはありますか。

星野:「えらい人信号」をなくそうというのは、だいぶ前から取り組んできているので、さほど努力していることはありません。会社の中では、お互いを「さん付け」で呼ぼうといったこともしています。たとえば総支配人のことを役職名で呼ぶことを禁止しています。もう30年ほど取り組んでいますから、組織の文化として自然なかたちで定着しています。

作野:なるほど。面白いですね。逆にフラットな組織文化にしたときに、失うものや気をつけないといけないことは何でしょうか。

星野:実はそれがあまりないんです。会社には守るべき基本的なルールがあります。それらのルールを厳格に守ってもらうことが極めて重要であり、守らない人に対しては毅然とした対応をとるということが同時に大切なのです。

一方で、守らなくてもいいルールがあると、スタッフはそれを守らなくなります。守ることができないルールは早く撤廃すべきであり、柔軟にルールを変えていくことが大切です。

現在、星野リゾートでは60軒近い施設を運営しており、たしかにすべての施設においてこの組織文化を同じレベルで浸透させることは簡単ではありません。

施設やチームによって、フラットの度合いに差があるという状態をいかに是正するかが、いまの私たちにとって大きなテーマです。

外国人が住みやすい、働きやすい日本にしよう

作野:本書の読者の方には外国人社員が社内あるいは、パートナー会社に在籍して、仕事上で外国人のチームメンバーとコミュニケーションをされるような方々もたくさんいると考えられます。

たとえば、星野リゾートが社内外で外国人のチームメンバーと常に接している中で、読者の方々にこうしたほうがいいというアドバイスはありますか。

星野:私自身、「外国人として」アメリカに留学し、シカゴで3年間働いていたその経験が今に活きています。

外国で生活するというのは、それだけでハンディがあると思っています。そこで生まれ育っていない、親戚がいない、友人が少ない、ちょっと違った人種だというふうに思われるからです。

海外から来ているスタッフに対しては、平等に接するのではなく、彼らにはもともとこういったハンディがあるんだという理解を持った上で一歩踏み込んで対応するようにしようというのが、星野リゾート全体の姿勢です。

もともと日本で生活しているスタッフは、親戚・家族・両親とさまざまな人からサポートを得やすい一方で、海外から来ている人たちは、そういった国内でのサポート機能が多くはありません。そのサポートが足りていない部分を少し会社側で補填することで、対等な関係になっていくと私は思っています。

作野:なるほど。外国人チームメンバーの観点に立って考えて配慮することが大事なんですね。

クロスカルチャー・マーケティングとは
本書では、企業や組織が自国で培ってきた文化やサービスの特長を活かしながら、対象市場(海外)の現地特性に合わせたマーケティング戦略を立案し、多様性に富んだチームの潜在的な能力を用いて最適化していくことを指します。

星野佳路

星野佳路

ほしの・よしはる 星野リゾート代表取締役社長。1960年長野県軽井沢町生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。91年、先代の跡を継いで星野温泉旅館(現星野リゾート)代表に就任。所有と運営を一体とする日本のホテル業界でいち早く運営サービスに特化するビジネスモデルへ転換。経営破綻したリゾートホテルや温泉旅館の再生に取り組み、「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」「BEB(ベブ)」などの施設を運営する。プライベートでは年間70日のスキー滑走を目標としている。

作野善教

作野善教

さくの・よしのり シドニーのマーケティングカンパニーdoq創業者・グループマネージングディレクター。外資系広告代理店ビーコンコミュニケーションズを経て2005年に渡米。米系広告代理店レオ・バーネットのシカゴ本社で勤務したのちオーストラリアに拠点を移し、2009年シドニーにてdoqを創業。異なる文化と背景を持つ多様性に富んだチームとともに、20年で50社以上の越境マーケティング戦略立案を手がける。

クロスカルチャー・マーケティング 日本から世界中の顧客をつかむ方法

定価:2,200円(本体2,000円+税) 四六判 268ページ

 
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