同社のグローバル戦略と今後のビジョンについて、書籍『クロスカルチャー・マーケティング 日本から世界中の顧客をつかむ方法』の著者でオーストラリア・シドニーを拠点に活躍するマーケター・作野善教氏が聞きました。
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アメリカでの経験がグローバル化の原点
作野:今は社長としてコクヨの海外展開を指揮する黒田さんですが、入社前はアメリカで留学していましたね。
黒田:オレゴン州ポートランドのカレッジで2年間留学しました。その後、シカゴにあるコクヨのシカゴ支店でインターンシップをしていました。
作野:シカゴでのインターン時代のコクヨはどんなことを強みに営業されていたのでしょうか。
黒田:ステーショナリー(文房具)のアメリカ向けの輸出を立ち上げるマーケティングを担当する部署にいました。個人的には日本のステーショナリーに可能性を感じていましたが、会社としてはやはり北米市場の規模を考えてどれだけ量を取れるかが重視されていました。現地の感覚では新しさやニッチなニーズにお客さまからの評価を得ていたのに、本社は量を求めている。そこにギャップを感じていました。
当時はまだテストマーケティングの段階だったと思うのですが、規模を追いかけると大手流通のシェアを取らなければならない。そのためにはコクヨという企業や日本のステーショナリーが持つユニークさは評価の対象ではなく、納品価格や販促費をどれだけ負担できるかという話しかなかった。その条件も日本でのビジネスより、ゼロがいくつか多い規模を求められていました。
そのような環境下で、シカゴ支店ではカレッジブックストア、つまり大学生協へのチャレンジを考えました。アメリカの大学生協は学生が必要なものを買う場所というよりも、OBが大学の名前入りの商品を買うことが寄付的な意味を持つ、ロイヤリティを表現する意味合いが強かったのです。そこではコクヨのステーショナリーのユニークさが評価されて、市場を広げるきっかけになりました。
20年以上前の話になりますが、ニッチなところから価値を評価してもらうことにビジネスを成長させていく「勝利の方程式」的なものがあるのではないかと感じるようになりました。入社してキャリアが進んでいくと、自分たちの世代で会社をどうやってグローバル化していくかをテーマに仕事をするようになりました。
品質は日本ブランドが世界に誇れる価値
作野:分社化、持株会社制移行を経て、2005年の創業100周年を機にコクヨグループに再編されました。また、「日本の誉(ほまれ)」から「アジアの誉」へと目標を掲げ、アジア進出も始めていますね。
黒田:アジアは経済成長も著しく、その市場に進出すれば、事業をうまく波に乗せられるのではないかと考え、アメリカやドイツから撤退しアジアへシフトすることを決めました。
結論としては、経済的に発展途上にあるとしても、コクヨがその国のマーケットに対して自分たちにしか提供できない付加価値を追求しないと、市場に参入する意味がないと考えています。その国に貢献していることにもならないし、我々の事業の成長にもつながらない。
アジア各国の現地企業も当然付加価値を高めることにチャレンジしているので、市場拡大の可能性という意味でチャンスは多いものの、そこでコクヨやアジア進出を目論む日本企業がどんなビジネスを展開したいのかという視点が最も重要です。現地の市場や消費者を理解した上で、どういう価値を提供するのかを考えて事業をすることの大切さを、アジアへシフトしたこの15年くらいの間でかなり学んだと思っています。
作野:100年の歴史をモノづくりで築き上げたコクヨほどの企業だと、絶対に変えられない価値観もあると思います。一方アジアシフトではローカライズしないといけないこともあると気づいたということですが、変えなかったこと、変えたことは何でしょう。
黒田:日本企業のブランドとして、一番大切なのは品質だと思います。コクヨとしても100年間以上メーカーとして守ってきたものなので、アジアでそのレベルを下げていいというものではありません。品質を守るためのモノづくりに対する姿勢はベースとして持っていないといけません。
コクヨは、ステーショナリーとオフィス家具のメーカーとして消費者の生活に近い部分でお客さまのニーズに向き合っていることが特徴です。私たちの高品質で丈夫、気が利いたプロダクトを通じて、消費者の生活がどう変わるのか。そこを常に考えて商品開発を続けてきたことが重要な信念であり、価値だと考えています。
進出する国々のライフスタイルやワークスタイルが変化していく中で、そこにどう貢献するのか。日本でのマーケティングやプロダクトをそのまま持っていくのではなく、その手法をそれぞれの国に合わせて展開することが大切だと考えて取り組んでいます。
空港内の直営店舗でお土産需要を開拓
作野:ここまで実績を重ねてきた中で、将来の展望は。
黒田:2025年にステーショナリーのビジネスでアジアナンバーワンブランドになることを目指しています。売上はもちろんですが、付加価値の高いブランドとしての認知でナンバーワンという状況をつくりたい。
ステーショナリーは学生にとって学びのパートナーであるように、人々の生活の重要なシーンで使われる道具です。日本にも優れたメーカーはありますが、その中でも、私はコクヨのステーショナリーと一緒に大人になった、勉強を頑張ったという経験を重ねていくことでナンバーワンになりたいですね。
オフィス家具 では昨年、香港のブランドをM&Aしました。これはコクヨとして初めて「アジアに生産拠点をもつ」海外オフィス家具ブランドを手に入れたことになります。これまではコクヨブランドで市場への参入を模索していましたが、このM&Aによって彼らと一緒に中国やアジアの消費者に認知してもらえるような事業を考えているところです。
作野:ステーショナリーの分野では羽田空港の羽田ガーデンエアポート内に直営店「KOKUYODOORS」もオープンされました。
黒田:非常に好調なスタートを切ることができました。外国人観光客は再び増えていくので、今後の成長にも期待しています。「KOKUYODOORS」では、日本のステーショナリーのユニークさを広く認知してもらうことを目指して、コクヨだけではなく国内の他社商品も取り扱っています。
商品のユニークさを訴求するだけではなくて、お土産としても楽しんでもらえるような開発にも力を入れています。例えば消しゴムやメモ帳を複数個つづりのカラフルなパックにして、帰国した際には切り分けて選んでもらう。店舗で陳列されている様子も楽しいし、手に取って持ち帰っても話題にできる、IoT自販機など旅行者がユニークだと感じる演出をマーケティングチームがチャレンジしています。
作野:日本国内において海外からの消費者に対してテストマーケティングなどアプローチができる絶好の機会ですね。最後にこれからのコクヨの展望をお聞かせください。日本ではテレビCM「コクヨのヨコク」も展開されています。
黒田:2021年に2030年までの長期ビジョン策定に合わせて「ワクワクする未来のワークとライフをヨコクする。」というパーパスもつくりました。私たちの事業は、お客さまの立場になればなるほど事業も商品開発も広がっていく可能性があると感じています。ステーショナリーやオフィス家具を通じてだけではなく、新しい未来を「ヨコク」していく会社であること、そのためのチャレンジをする会社だという思いを込めています。それを社内外へ発信するために20年ぶりに企業ブランドのテレビCMを再開しました。
人々の働き方、学び方、暮らし方が変わっていく中で、そこで発生する課題のすべてを解決できるわけではありませんが、コクヨにしかできないことはあるはずで、国内外でそれを見出したいと思っています。働き方という点ではコロナ禍を経てオフィスの意味や価値の再定義が進んでいます。そこでコクヨにしかできない提案があるのではないかと考えています。
もう一つ、暮らし方、ライフスタイルでは「ACTUS (アクタス)」という北欧のライフスタイルを日本向けに翻訳してライフスタイルショップとして提案する事業があります。この事業のように、グローバルでも日本から発信するライフスタイルブランドの展開につなげていくことを考えています。
2005年からアジアへのシフトを行い、モノだけではなくコト、という視点で付加価値がないと市場には喜ばれないとわかりました。長期ビジョンもふまえて、アジアの先にある地域にももう一度チャンスがあると思っています。これまで、日本企業はハードウェア事業が輸出されることが多かったのですが、今後はよりソフトなものが評価されていくようになると思います。コクヨのグローバルへのチャレンジがその端緒として世の中を勇気づける事例になればと思っています。
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