「コピーライターとして生きていこう」と決めた日から、続けてきたことと考えてきたこと  三島邦彦氏(電通 コピーライター)

たった一行の言葉で、目の前が明るくなった

2022年、東京コピーライターズクラブのTCC賞で、2つと審査委員長賞の受賞で三冠を達成したコピーライター 三島邦彦さん。大学卒業後、電通に入社し、コピーライターとしてのキャリアは今年で16年目になる。

「ずっとTCC賞に応募していたのですが、全然取れなくて…。2020年にようやく新人賞を受賞したばかりだったので、3つの賞をいただいて、あ、こんなことがあるんだという驚きとうれしさがありました」

写真 人物 個人 三島邦彦氏
プロフィール 長崎県長崎市生まれ。東京大学文学部英文科卒。2008年電通入社。第4CRプランニング局所属。近年の仕事は、Netflix「人間まるだし。」「再生のはじまり」「上を見ろ、星がある。下を見ろ、俺がいる。」など 受賞歴はACC総務大臣賞/グランプリ、小田桐昭賞、TCC新人賞、TCC賞、ONESHOW、CLIO賞、ADFEST、広告電通賞、朝日広告賞・OCC賞・FCC賞、ピンクリボンデザインコンテストなど。

2022年に受賞した本田技研工業の企業広告、Netflixをはじめ、最近ではAISIN、セゾン自動車火災保険、ライオンズマンション、資生堂など、さまざまな企業の広告やスローガンなどを手がけている。CMなどの企画にも参加しているが、どの仕事でも三島さんはいつも「コピーライター」という立ち位置を守っている。

「僕が電通に入社した2008年当時、広告界はデジタルの時代を迎えていました。みんながデジタルに向かっていく中で、あるときふと『デジタルだって、結局は言葉じゃないか』ということに気づいて。それから、自分は言葉で生きていこう、コピーで何とかしていこうと思いました」

三島さんが、広告を意識したのは大学時代。当時、澤本嘉光さん(電通グループ エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター/CMプランナー)が大学で行っていたCMの授業を受けて興味を持ち、在学中に電通のクリエイティブ塾(以下、クリ塾)にも入塾した。

「当初は澤本さんの影響もあり、CMプランナーを目指していました。クリ塾でCM、コピー、戦略の3つのコースから一つを選ぶ際に、当時講師だった方が『君はコピーライターに向いている』と言ってくださって…」

クリ塾に通い始めたのと同じ頃に、大学の図書館で見つけた本で、あるコピーと出会った。それは、秋山晶さんの「ただ一度のものが、僕は好きだ。」(キヤノン/1977年)というコピー。その出会いも、三島さんが進むべき道を後押しした。

「『ただ一度のものが、僕は好きだ。』というコピーを見た時に、この『僕』は自分だと強く感じ、自分がスポーツを見るのが好きなのはそれが『ただ一度のもの』だからなんだということに気づかされた気がしました。たった一行の言葉で世界の真理にふれたような気がしたというか、パッと目の前が明るくなったような感覚になり、広告というものはこんなにも鮮やかに世界の見え方を変えることができるものなのかということに衝撃を受けました。広告ってすごいなと思った最初の瞬間で、いまでもそのときのことをよく覚えています。もともと本を読むことが好きで言葉に触れていたいという気持ちがあったのと、このコピーに出会ったこととクリ塾で背中を押していただいたことを機に、コピーライターという仕事を意識するようになりました」

 

自分とは接点のない本を読んで、言葉のストックを増やす

電通入社後、1年目にコピーライターとして生きていくことを決意。同時に、「これからの10年は修業の時期」と自分で定めたという。

「なぜ10年なのか……(笑)。入社後、過去の『コピー年鑑』を読みふけった時期がありました。年鑑を見ているときに、TCC賞を受賞してコピーライターとして1人前になる、それはどんなに早くても30歳を越えてからだということがわかり……。コピーライターにとって、入社して10年くらいは修業の期間なんだなと漠然と思ったんです。それで、まず10年間はコピーの修行をしながら過ごそうと決めました。仕事でまったくコピーが通らないのも、まだ修業中の身だからと、自分に言い聞かせて。いつかうまくなる、いつか一人前になる、10年後にそういう日が来ることを信じていました」

なにごとも「修業」と考えて過ごした10年間、三島さんは具体的にどんな「修業」を続けてきたのだろうか。

「入社してすぐにコピーライター養成講座 山本高史クラスに通い始めました。そこで基礎を学びながら、コピーに関するあらゆる本を読みました。古くは、糸井重里さんの『糸井重里の萬流コピー塾』とか、手に入らない本は古本屋さんで探して。そして一通り読み終わったときに、今度はいろんなジャンルの言葉に触れなくてはと思ったんです。そこで書店に行って自分の興味の範疇とは異なる本の中から気になったものを選び、それを読み始めました。科学や家庭など広告以外の本で、あえて自分が知らないジャンルのものを選びました。もともと本を読むことは好きだったので知らないジャンルも苦ではなく、自分の言葉の持ち駒、手札をとにかく増やしたいという気持ちでいっぱいでした」

書店だけではなく、レンタルビデオショップにも足を運んだ。こうした空間で言葉を浴びて、その中から気になるタイトルを選ぶ。その内容がたとえ理解できなくても、ひたすら読んだり、見たり。そうやって興味がないものに触れることが刺激になったと同時に、自分の中の言葉も増やすことができたという。

「いまでも書店に行って、タイトルを見たり、知らないジャンルの本を読むことは続けています。その時々で読んだものが、すぐに何かにつながる、というわけではないのですが、企画時に昔読んだ一節をふと思い出したりするんです。

例えば『ギフト』というお題をいただいたときに、マルセル・モースの『贈与論』の一節を企画書に沿えてみる。コピーにそのまま使うことはあまりないのですが、企画書に加えることで、少し視点を高くすることができたり、企画が小さな話でまとまらなくなるんです。即効性のあるやり方ではないのですが、これまでの言葉ストックは確実に企画に活きていますね」

 

みんなに覚えてもらえる記号としてのコピー

2022年度TCC賞と審査委員長賞を受賞した三島さんのコピーは、どれもシンプルで短め、そしてこちらの頭の中にスッと入ってくる。

「昨年受賞した3つのコピーは比較的時間をかけずに、自分の中で完成に近い状態で出てきたものでした」

その一つが、コロナ禍で話題になったNetflix『全裸監督2』のコピー「上を見ろ、星がある。下を見ろ、俺がいる。」だ。渋谷ハチ公横の憲章ボードと東急東横店の壁面に出稿されたタイポグラフィーのみの広告は街行く人はもちろん、テレビ番組の情報カメラなどにその様子が映しだされたことで注目を集めた。ちなみに三島さん、TCC新人賞受賞(2020年)のときは、同じく『全裸監督』のコピー「人間まるだし。」で受賞している。

「このドラマには、村西とおる監督が衛星放送局を買収するというストーリーが出てくるのですが、そこから『上を見ろ、星がある』という言葉が思い浮かび、文字が並んだときの形がいいなとぼんやりと思っていました。それで出稿場所が決まったとき、『人生、死んでしまいたいときには下を見ろ、俺がいる』という村西監督の言葉と合わせてみたら、上下でちょうど文字数が揃ったんです」

アートディレクター 木谷友亮さんの思いきったデザインと画面いっぱいの大きな文字が、そのコピーを渋谷の街中でより際立たせた。

「深い考えがあったというよりは、あの場所にどんな言葉が入ると面白いのか、大喜利的に考えていきました。できるだけ大きい文字で、あの場にふさわしいスケール感のある言葉は何かと考えていたら、すっとできあがったコピーでした」

写真 グラフィック 掲出風景 渋谷駅前のnetflixポスター
Netflix「全裸監督2」

TCC賞を受賞したもう一作品は、本田技研工業(以下、ホンダ)の企業広告「難問を愛そう。」だ。雪道を走るクルマのビジュアルとともに、「2050年、Hondaは全活動のCO2の排出量を実質ゼロにする。」という意志あるメッセージが静かに、強く伝わってくる。この広告シリーズのテーマは、カーボンニュートラルだ。

「クリエーティブ・ディレクター 東畑幸多さんは最初に、カーボンニュートラルをそのまま伝えても、多くの人に受け入れてもらうのは難しい。でも、2050年までにCO2排出量をゼロにするということ、これはまさにホンダとしての挑戦であるから、それは人々の共感を得ることができるのではないか、とおっしゃったんです。その話を聞いたとき、挑戦という立ち位置からホンダらしいメッセージができるかもしれないと思いました」

その東畑さんの言葉を受けるなら「難問に挑もう。」というコピーになりそうだが、三島さんはあえて「愛そう。」という言葉を使った。

「最近、世の中の多くのことが『こうすればうまく行く』という簡単な解決へと流れているように感じています。でも、ホンダの皆さんは常に真剣に難しいことに挑んでいらっしゃる。その挑戦にこそ面白さがあると思えたし、取り組む姿が素晴らしかったので、それはただ挑んでいるのではなく、もはや愛と言ってしまってもいいのではないか、と。そして、そういう人たちが世の中にもっと増えてくれたらいい。そんな思いを込めて書いたコピーです」

本田技研工業/企業広告

 

この企業広告と並んで、ホンダのF1のラストランをテーマにした企業広告に、審査委員長・福部明浩さんは審査委員長賞を贈った。「ありがとうフェラーリ。ありがとうロータス…」とF1レースに参戦している、ライバルでもある自動車メーカーや一緒に戦った仲間、関係者への感謝がつづられた広告は、2021年12月12日に日経新聞に掲載されると、F1ファンに止まらず、国内外から大きな話題を集めた。そんな企画は、自主提案から始まったという。

「2021年12月のF1最終戦アブダビGPでのホンダのラストレースに向けて、何か企画ができないか、考えてみてほしいと東畑CDから話があり、コミュニケーションプランナー 加我俊介さんとアートディレクター 今井祐介さんと企画を始めました。その中で、ライバルだった企業から『ありがとう』と祝福されて、フィナーレを迎えられるのが理想的ではないか。でも実際にライバルに『ありがとう』と言ってもらうのは難しい。じゃあ、ホンダからライバルである仲間たちにお礼を伝えるのはどうだろうかという話になりました。そして『すべての仲間に感謝します』というコピーを僕がその場で書いて。今井さんがその場でレイアウトして、あっという間に新聞広告の原型ができあがったんです」

原型ができるまでの時間は1時間程度。それを自主プレゼンし、実際に車を撮影。コピーをチューニングして、広告として世に送り出した。

「この広告を見たライバルたちがSNSで『ありがとうホンダ』とメッセージをくれたこと、ホンダF1のOBの皆さんの喜ぶ声が聞けたのもうれしかったですね」

本田技研工業/企業広告

 

ひたらすらコピーの研鑽を積んできた三島さんにとっての「いいコピー」とは?その基準を聞いてみた。

「言葉と言葉、企業と言葉など、これまでなかった言葉の組み合わせ方で、そこに新しさがあるかどうか、でしょうか。自分の仕事においては、クライアントや商品がこれまで使ったことがない言葉をできるだけ使いたいと思っています。料理に近いのかもしれませんが、これとこれを組み合わせると、すごくおいしくなるという感覚です。そのクライアントや商品の本質からできるだけ遠い言葉を結び付けることで、そこに新しさが生まれたり、これまでにない突破口をつくる。それが結果として、コピーの覚えてもらいやすさにもつながっているのだと思います」

「難問を愛そう。」をはじめ、サントリー「鏡月Green」の「たのしいお酒がいいお酒。」、Netflix『全裸監督』の「人間まるだし。」は、まさにそんな考え方から生まれたコピーだという。

「コピーライターの多くは、コピーを1行のフレーズとして素直に考えると思うのですが、僕はどちらかと言えば要素、単語単位で考えていきます。フレーズを書くというより、短さと言葉のひっかかりを考えて、みんなに覚えてもらえる記号をつくろうとしているのだと思います」

 

コピーライターという職種を絶やしてはいけない

2022年に受賞した仕事はグラフィックが中心だったが、三島さんはコピーライターとしてCMのナレーションを書くこともある。

「グラフィックとCM、僕はあまり分けずに考えています。グラフィックのボディコピーでも声が聞こえてくるように、ナレーションを書く気持ちで書いているんです。企業の声と言うか、肉声をつくりたいと思っているので、声に出して読める文章をまずつくり、それをグラフィックに使うこともあります。実際に声を出して読むものではないけれど、人の声を想像しながら書いていくと、語り口のようなものが出てくる気がするんです」

CMの企画の際も、まずはナレーションを書き、その後映像を考えることが多いという。

三島さんがナレーションを重視するのは、1970~80年代のCMから受けた影響も大きい。その一つが、東條忠義さんが企画・コピー・演出を手がけたサントリーオールドのCM「顔」(1974年)。小林亜星さんの音楽「夜が来る」に載せて、いろいろな顔が映しだされていく。そこに、「サントリーがある。顔がある。男がいる。女がいる…」というナレーションが流れる、いまも語りつがれる名作CMの一つだ。

「あのCMは味について語っていないし、おいしいとかうまいという言葉もないけれど、見ているとウイスキーっていいなという気持ちが自然と沸いてくるんです。最近のCMでは、企業が伝えたいこと、言いたいことだけがナレーションにつめこまれていることが増えています。でも、この頃のCMを見ると、企業が伝えたいことはほとんど語られていないにもかかわらず、きちんとメッセージを受け止ることができるし、そこにはもっと豊かに感じられるものがあるんです。大人のコミュニケーションだなと感じますし、広告としての目的も達成できていたのではないかと思います。もちろん昔と今では広告そのものの置かれている環境も違うので同じことはできませんが、何が新しいのかを知るためにも過去の広告を知ることは大事。それをお手本にしながら、これまでとは違うやり方がないか探し続けています」

実は「難問を愛そう。」というコピーにも、三島さんのそんな思いが込められている。

「世の中が合理的なやり方、簡易的な方向に流れていく中で、例え難しいことであっても、他の人と同じことをするのではなく、違うことをやっていかなくてはいけない。そういう意志を持った企業がもっと増えるといいなと願うとともに、このコピーはそう自分に言い聞かせているところもあるんです」

そして、NetflixのCMで書いた「退屈は犯罪です。」というコピー。自身が好きなコピーの一つであるとともに、そういう気持ちで広告をつくらなくてはいけないという思いから自分自身のモットーにもなっている。

時代の流れと共に、「コピーライター」という肩書を名刺に入れている人が、広告会社では減ってきている。ChatGPTの登場もあり、コピーライターの仕事が減るのではないかと危惧する声もある。そんな中、三島さんは「コピーライター」という職種を絶やさないために尽力、社内でステートメントの勉強会も始めたという。

「自分がたどった道を振り返って思うのは、コピーライターって一人前になるまで時間がかかるんです。会社にそこを理解してもらうのはなかなか難しいでところですが。自分の修行期間が終わったかと言えば、まだなのかもしれないのですが、これからも自分はコピーライターという仕事を続けていきたい。コピーライターという職種を絶やさないためにも、自分ができることはどんどんやっていきたいと思っています」

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