「現場」から始まるパーパス、妥協しないカルチャー パナソニック コネクトCMO 山口有希子氏インタビュー 前編  聞き手:齊藤三希子

2022年新会社発足のタイミングで、顧客の多様な「現場」に寄り添い、課題解決に向けて役に立ち続けられるよう「現場から 社会を動かし 未来へつなぐ」というパーパスを策定したパナソニック コネクト。そのパーパス策定に携わったのが、日本企業・外資企業で25年以上にわたりBtoBマーケティングの経験をされたCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)山口有希子氏だ。パナソニック コネクトでのパーパス策定から浸透までの取り組み、その後の反響や同社のカルチャーについて、『パーパス・ブランディング』の著者である齊藤三希子氏(SMO)が聞いた。

写真 人物 山口氏(左)と聞き手の齊藤氏(右)
山口氏(左)と聞き手の齊藤氏(右)

齊藤:パナソニック コネクトさんが、パーパスを策定され、パーパスに根付いた活動をなさっているとお聞きし、本日はお話をお伺いできるのを楽しみにしていました。
CMO山口さんについてまずはお尋ねしたいのですが、元々日本IBMにいらして、こちらのパナソニック コネクトに転職されたきっかけはなんだったのでしょうか?

山口:新卒でリクルートコスモスに入社後、退職・インターバルを経て、日本企業で働いたのですが、女性がキャリアをつくるのはハードルが高い環境だなと…。自分には外資系企業が向いていると思い、20代後半から外資系でのキャリアを歩み始めました。赤裸々に言うと、“日系企業を諦めた外資系”(笑)。でも、キャリアの後半になって、外資系で獲得してきた知見を、日本企業に活かせるかなと考えつつも、普通の日本の大企業では難しいかもと、ぼんやり考えていました。

そんなときに、今の弊社の前身であるパナソニック コネクティッドソリューションズ社に、外資系マインドをもつ樋口泰行(社長)が出戻ってきて、会社を変革するメンバーを探しているということで、自分の専門である「BtoB企業のマーケティング」が必要という話がきました。想定外でしたが、話を聞くうちに、みなさんの変革に対する熱い想いが伝わってきたんです。日本IBMにいてハッピーだったのですが、50歳を前にして、それならこのタイミングで改めて日本企業で挑戦してみようと思いました。

齊藤:それは、なにか呼び寄せるものがあったのかもしれませんね。BtoB企業のマーケティングが必要だったから入ったとおっしゃいましたが、肩書きによるといろいろ兼任されていて。

山口:はい、マーケティング以外にもデザイン、DEI(Diversity, Equity&Inclusion)と、カルチャー推進を担当しています。DEIについてはCFO(チーフ・ファイナンシャル・オフィサー)の西川岳志と組んで、CFO(西川氏)×CMO(山口氏)というあえて人事でない2人の役員がペアで、しかも社長直下で推進しているという体制にしています。そこにCHRO(チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー)新家伸浩を加えて3人の役員が連携して進めています。西川と私が、現場メンバーとの対話会を行い、その内容をもとに各事業部長とのセッションを実施する「DEIキャラバン」も定期的に行っています。

なぜ今こそパーパスが重要なのか

写真 人物 山口氏

齊藤:長く外資系にいらして、いつ頃からパーパスの概念を意識されるようになったのでしょうか?

山口:私が働いた外資系の会社は、パーパス的な考えやそれに伴うコンセプトは、ずっと持っていたと思っています。パーパスという言葉はある意味最近ですけど、20年以上前にいた外資系企業でも、当時パーパスでなくミッションと言っていて、それを実現するカルチャーが大事だと。今で言う、大きな社会を動かすパーパス、そしてそれを実現するカルチャー。これをセットにした考え方の重要性をかなり前から叩き込まれていたわけです。

齊藤:まだ20世紀のころからということですね(笑)。私たちSMOが、パーパスを軸にしたコンサルティングを始めたときは、日本でほとんど誰もパーパスを知らないという状態でしたが、それでも2011年ごろからでしたので、凄いですね。2017年まで山口さんが在籍されていた日本IBMさんに先日インタビューさせていただきましたが、パーパス・ドリブンのお手本のような企業ですよね。

山口:IBMでは、カルチャーやトランスフォーメーションという言葉をとても大切にしていました。在籍中に、全社員が参加して本来あるべきカルチャーやバリューズを皆で決めるプロセス「Value Jam」も経験しました。マーケティング部内のEmployee Engagementチームも担当していたので、その考え方がなぜ重要で、どう浸透させるのかについて、米国本社の考えを直接聞く機会もあり、理解を深めることが出来ました。多様な社員が在籍しているからこそ、パーパスやバリューズを明言しないと統率できないので、そこに対するお金・時間・パワーの掛け方が日本企業と全然違うように思います。日本は、民族・言語の多様性もなく、言語化しなくてもだいたい理解できる、昔でいう「背中を見て学べ」的なところがありましたけど、今になって、若者と年配者の感覚も全然違ってきていて、価値観が多様化する中で、企業にとってもパーパスやバリューズが必要になってきているフェーズだと感じています。

齊藤:なるほど、文化的な違いも大きいということですね。日本も、年代のギャップはもちろん、海外人材も増えていますから、パーパスやバリューズによる組織の一体化は、今後ますます重要になりますね。

パーパスの策定から浸透まで

齊藤:さて、そんなみなさんの拠り所になるパーパス「現場から 社会を動かし 未来へつなぐ」を策定されていますが、新会社が発足するタイミングでの策定だったのでしょうか?

実データ グラフィック 現場から 社会を動かし 未来へつなぐ

山口:そうです。元々2022年4月からのパナソニックグループ事業会社制への移行に伴い、新しい事業会社としてミッション・ビジョンを作るという話だったのですが、議論の結果、パナソニック コネクトとしてはパーパスを策定しようとなりました。

実データ グラフィック Our Story

 
パーパスの言葉として研ぎ澄ませるために、短く、インパクトある形にするところにはパワーをかけましたね。弊社のソリューションは企業の現場を支えるために存在する事業だからこそ、パーパス内の文言の「現場」という部分にかなりこだわりました。現場をパナソニック コネクトの力で変えていくことを分かりやすく伝えていくためにも、パーパスを噛み砕いた内容のブランドストーリー(Our Story)も議論しながら作成しました。

齊藤:そこでレイ・イナモトさん(I&CO)をはじめ、一流のクリエイターが入られたんですね。

山口:パーパス策定のための外部の専門家と社内のメンバーで構成する「チームコネクト」を作り、コピーライターやクリエイターの方に加わってもらいました。そのメンバーのレイさんや佐々木康晴さん(電通)も「日本の企業をどうにかしたい」という想いが、わたしたちと一緒だったことも連携がしやすかったですね。

また、日本語だけでなく英語版のパーパス「Change Work, Advance Society, Connect to Tomorrow.」も作りました。グローバルの会議でアメリカ、ヨーロッパやアジアの社長やマーケティング責任者と議論すると、アメリカのチームとヨーロッパのチームでは、同じ意味の英単語でも好みが分かれたり、アメリカは強い言葉が好きなんだけどヨーロッパはマイルドだったりして興味深かったですね。

齊藤:SMOでも英語化のお手伝いをすることが多くありますが、好みは分かれますよね。日本の経営層は説明っぽいものが好きだけど英語ネイティブの各国経営層は反対している、とか。

山口:作るのは1つなので、いろいろ意見はあると思うけどお互いの意見を尊重しながら、一緒に決めようよ!みたいな感じでした(笑)。ただ、過去のオープンな議論を通して、良い関係のベースができていたので、最終的には皆、納得の上、1つにまとまりました。

浸透は終わりがない

齊藤:多くの方を巻き込んでいくのは、その後のパーパスの浸透に有効ですね。

山口:そうなんです!パーパスを作って、「はいできました。使ってください」じゃダメで、腹落ち感が重要ですね。今は北米やヨーロッパなど地域ごとに咀嚼して、色々なところで展開してくれています。それが嬉しいですね。

齊藤:すでに各地域で展開されているとは素晴らしいですね。国内での、現場での浸透はいかがですか?

山口:人事や総務部門と連携してオフィスブランディングや人事制度との連携など色々やっています。パーパスの言葉を覚えてもらうだけじゃなくて、コアバリューズも含めて、それをどう行動に移していくか。これ、終わりがないんですよね。

(一同、深くうなずく)

写真 店舗・商業施設 オフィスブランディング

山口:日々の業務には中々映しづらいのですが、パーパスとバリューズのどちらとも、働く場所の様々なところで目にするように、意識しながら動きができるように配慮しています。

齊藤:そのバリューズが、Our 5 Core Values「Connect、Empathy、Result、Relentless、Teamwork」の5つなんですね。

実データ グラフィック つなぐ つながる

山口:Our 5 Core Valuesの5つのうち、一番重要なのがConnectです。社内はもちろん、お客様ともコネクトして、「つなぐ」「つながる」ことによって、新しいイノベーションを起こすということなんですけど、そのコネクトを意識する従業員のことを「CONNECTer(コネクター)」と呼んでいます。社長の樋口のメッセージの中にも、コネクト、CONNECTer、というのが頻繁に出てきますね。

齊藤:リーダーの、パーパスへのコミットがまず、重要ですよね!私たちも常々、パーパス策定のご相談があった企業やお手伝いをした経営者の方々にそうお話ししています。

実データ グラフィック 3階層のビジネス改革

山口:まさにそうです!例えば私たちが重視しているカルチャー&マインド改革。これの3要素というのが、DEI・働き方改革・コンプライアンスの3つです。いろいろな施策を積極的に実施しています。例えば、日本で一番ハラスメントに厳しい罰則を導入するとか、男性育休100%を達成する取り組み、LGBTQ+のサポートや平等法への賛同とかですね。私たちが自分たちの働く「現場」を変えることによって、他の会社にも影響を及ぼし、その輪が広がり社会がよりよく変わっていく――これこそ、「現場から 社会を動かし 未来へつなぐ」っていうことだと思うんです。

齊藤:企業が大きくなればなるほど、同調圧力みたいなもの、ありますよね。先陣切ってやっていくというのは、中々出来ることではないです。

現場という言葉に込められた意味

齊藤:パーパスの中の「現場」という言葉、これはどこを指すのかなと思っていたんですけど、今のお話を聞いていて、すべきことをやってる人たちが「現場」なのかなと思いましたが、いかがですか?

山口:はい。色々な意味ではありますが、まずはお客様の現場のことですね。私たちが提供する製品やソリューションによってお客様の現場のプロダクティビティー(生産性)を上げたり、もっと働きやすくなったり、働く人たちのウェルビーイングを向上させたり。例えば私たちが提供している画像センシング技術を活用した駅のホームにおける転落検知システムは、ホームで倒れそうになった人を検知、駅係員に通知してすぐ助けられる。現場の安全性を上げて、現場をより良くする。

それ以外にも私たち自身の働く現場もありますね。これをみんなで頑張って、より良い場所にしていくっていう。たとえば、私たちには自身の工場の現場もあるので、まさにリアルな現場を技術を利用しながら改革して、現場をより良くさせていくこと。

結局全ての問題は現場で発生するので、現場を大切にする。それが重要だと考えています。例えば先ほどのDEI活動についても、西川と私はまさに数週間前に出張しながら13の事業部や職能部門を回って現場の声を聴く活動をしていました。行った先では現場のスタッフと直接ミーティングして困っていることや感じていることを聞いて、その声をもとに具体的な重要課題を定義して、解決するアクションにつなげる動きを組織全体で進めています。

私と西川で「100% 心理的安全性を確保する」とお伝えし、傾聴する。そうすると、もやもやしてる話とか、現場の実情について色んな話をして頂けるんです。

齊藤:まさに直接そこの現場の方とお話しされて、包み隠さず話してくれるカルチャーができているのですね。

写真 人物 山口氏

山口:もちろん、まだまだのところはありますが、この本音の話がすごく貴重だと思っています。現場から話を聞くことで私たちがやっている施策を再考したり、課題を反映した新しいプログラムを導入したり、変えていけるんですよね。それはDEIだけではありません。クオーター(四半期)に1回、全社集会「ALL HANDS MEETING(オールハンズミーティング)」というのをやっていて、毎回リアルタイム視聴で 約1万2000 人が参加するんですけど、そこで5200件ぐらいのフィードバック、1000件以上のコメントが来ます。

齊藤:凄い数ですね!

山口:自由に書ける分、中には結構厳しいコメントもありますが、そういう意見も経営会議(Connect Leadership Team Meeting)で皆に共有してディスカッションしています。

後編に続く

advertimes_endmark

山口 有希子

山口 有希子(やまぐち・ゆきこ)
パナソニック コネクト
執行役員 ヴァイス・プレジデント・CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)(兼)デザイン&マーケティング本部 マネージングダイレクター、DEI推進担当、コネクトカルチャーHUB担当

シスコシステムズ、ヤフージャパンなど複数の日本企業・外資企業にて、25年以上にわたりマーケティング部門管理職に従事。BtoBマーケティング全般の経験を持つ。日本IBMでブランド部長およびデジタルコンテンツマーケティング&サービス部長を経て、2017年12月より現職。マーケティングだけでなく、デザイン、DEI(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)、カルチャー推進担当役員も兼任し、企業トランスフォーメーションを推進している。公益社団法人日本アドバタイザーズ協会 デジタルメディア委員長、一般社団法人Metaverse Japan理事。

齊藤 三希子

齊藤 三希子
エスエムオー株式会社 代表取締役

慶應義塾大学経済学部を卒業、株式会社電通に入社後、電通総研への出向を経て、2005年に株式会社齊藤三希子事務所(後にエスエムオー株式会社に社名変更)を設立。「本物を未来に伝えていく。」をパーパスとして掲げ、ものの本質的な価値を見据えたパーパス・ブランディングを日本でいち早く取り入れる。フューチャー・インサイトとクリエイティブを融合させた、強く美しいブランドをつくるためのコンサルティングを行なっている。株式会社バルカー社外取締役。著書に『パーパス・ブランディング~「何をやるか?」ではなく、「なぜやるか」から考える~』(宣伝会議)。

『パーパス・ブランディング~「何をやるか?」ではなく、「なぜやるか?」から考える~』

『パーパス・ブランディング~「何をやるか?」ではなく、「なぜやるか?」から考える~』
著者:齊藤三希子
価格:1,980円(税込)

x

この記事の感想を
教えて下さい。
この記事の感想を教えて下さい。

この記事を読んだ方におススメの記事

    タイアップ