始まりは1件のツイートから
プロジェクトは、2021年9月にTBWA\HAKUHODOのシニアアートディレクター 伊藤裕平さんが、とあるツイートを見つけたところから始まった。
それは甲子化学工業(大阪市)の南原徹也さんの「年間約20万トン捨てられる卵の殻でプラスチック成形が出来るようになった」という発信。伊藤さんはクリエイティブディレクター 宇佐美雅俊さんに早速内容を共有。普段は広告制作を主に手がける2人だが、「素晴らしい技術なので、ぜひ世の中に広めたいという衝動にかられました」と話す。
早速、甲子化学工業に卵の殻でエコプラスチックをつくる技術を軸にした自主提案をすることになった。
「まずはその技術を『カラスチック』とブランド化する提案をしました。これ自体も気に入っていただけましたが、話を聞く中で、南原さんは単に自社の技術の顧客を増やしたいというだけではなく、世の中で“悪者”にされがちなプラスチック自体の認識を変えたいと熱い思いをお持ちだと知って。
僕ら広告会社は広告づくりが主な仕事だと思われがちですが、本来のドメインは価値あるものを世の中に広げることにあります。その原点に立ち返り、南原さんの思いやこの技術を広げるために何ができるか、一緒に考えていきたいと思いました」(宇佐美さん)。
しかし改めて調べていくと、卵の殻をプラスチックに再利用する技術は他社の先行事例が存在していた。そこで白羽の矢を立てたのが、同じく炭酸カルシウムが主成分であるホタテの貝殻だ。
PRプランナーの加藤卓さんは経緯をこう話す。「実は以前から北海道・猿払村との繋がりがあり、ホタテの貝殻の廃棄問題を注視していたんです。猿払村は日本有数のホタテ水揚げ量を誇る村ですが、一方でその貝殻が水産系廃棄物として年間約4万トン(猿払村を含む北海道宗谷地区)も発生していて、環境への影響や堆積場所の確保が地域の社会課題になっています。貝殻を再利用したエコプラスチック製品を、世の中に求められる形で打ち出せれば、甲子化学工業と猿払村双方の課題解決に繋がると考えました」。
TBWA\HAKUHODOは社会課題の解決に向けた先行事例として取り組む形に。「甲子化学工業とも、利益を得るためだけの仕組みではなくプラスチック業界の持続可能なビジネスを探ろうと意見が合致していたので、プラスチックの新しい可能性を証明できるか、社会課題の解決に繋がるのか、という本質的な問いを軸に検討が進みました」(PRプランナー 橋本恭輔さん)。
「ものづくり」と「ものがたり」を同時進行
双方の合意が取れ、さまざまな商品が検討された。ヘルメットというアイデアが出たのは、3つの視点からだ。「本来貝殻は外敵から身を守る役割を持つ」こと、「危険と隣り合わせのホタテ漁師は現場で常にヘルメットを着けて従事している」こと、また「ホタテ貝殻の主成分である炭酸カルシウムは工業製品によく使われている」こと。それらを集約し、「外敵から身を守ってきた貝殻が、人と地球を守るために生まれ変わる」というブランドストーリーを描いた。
しかしヘルメットの量産には型が必要で、持続可能なビジネスとするためには、その投資に見合う利益が最低限は見込めないと実現は難しい。
「さまざまな案を検討する中で、ビジネス的な判断基準が求められました。その際、チームで何度も話してきたのは『ニュースで勝負する』こと。ヘルメット市場には既にシェアの大きい企業が存在する一方、甲子化学工業はヘルメットの製造実績はなく圧倒的に後発です。だからこそ既存の技術を掛け合わせた地続きの商品開発ではなく、PR視点で世の中に求められるブランドストーリーを考え、それを商品開発に反映させていく、いわば『ものづくり』と『ものがたり』を同時に行うことで勝負すべきと考えました」(宇佐美さん)。
特にヘルメット自体の形で貝殻の形状を模倣したのは、このストーリーからの逆算で生まれたアイデアだ。
「デザインを検討する中で、“貝殻の生まれ変わりであれば貝殻を模倣した形状にできないか。さらに、貝殻を模倣した構造だからこそ強度が上がっていると言えた方がPRストーリーとしても強い”という話になり、ベースのスケッチを描きました。プロダクトデザイナーの門田慎太郎さん(quantum)に相談し、精緻なデザインと強度調査をしてもらったところ、貝殻を模倣してリブ(突起状の加工)を入れた方が外からの圧力を分散でき、より強度を高められるとわかりました。『ものづくり』と『ものがたり』を両輪で回したからこそ、両方にとっての良いアイデアが生まれたのだと思います」(伊藤さん)。
「広告の拡張」のひとつの可能性に
商品のプロモーションでは、田口純也さんが撮影した、いわゆる“1枚絵”が機能したと伊藤さん。「砂浜に『ホタメット』を置き貝殻に見立てて撮影したキービジュアルが、ブランドストーリーを1枚で説明してくれました。海外のメディアでも反響が大きく、露出の増加に繋がりました」。
またPR施策の一環として、応援購入サイト「Makuake」に「ホタメット」を展開。目標額を大幅に超えて達成した。「これはコスト面の補填というよりも、ニュース性を重視したものです。新しいプロダクトに共感し、応援していただけるユーザーが既に集まっている場所で露出をすることに意味がありました」と加藤さんは話す。
企画を振り返り、「僕らは『PR in Creative』と呼んでいますが、PR発想で企画ができたので、その後実際のPR施策において多様な文脈で語れる種を仕込めたと思います」と、橋本さん。ホタメットは発売後、現時点では具体名は非公開だが、国内外の多数の企業から製品の導入や技術の使用について問い合わせが来ているという。
TBWA\HAKUHODOでは今後、小売店へのアプローチなどを含む営業活動にも注力していく考え。その一環で応募した「大阪・関西万博」の「Co-Design Challenge」プログラムにも採択され、万博において防災用公式ヘルメットの一種として導入される予定だ。「広告産業からクリエイティブ産業へと拡張が叫ばれますが、広告クリエイティブの拡張の可能性をひとつ示せたと思っています」(宇佐美さん)。
そのほか、事業づくりのための「共創」事例については月刊『ブレーン』2023年7月号にてお読みいただけます。
月刊『ブレーン』2023年7月号
【特集】
企業の資産を活かす
事業デザインのための「共創」プロセス
・ピクシーダストテクノロジーズ
「SonoRepro」「kikippa」
・Preferred Robotics
「カチャカ」
・甲子化学工業
「ホタメット」
・小西利行(POOL)
「デザイン思考」の集合体で未来を構想する
「デザインコミッティー」の思考
・ウエルシア薬局
「からだWelcia・くらしWelcia」
・浅間酒造
「リブランディングプロジェクト」
・大瀧 篤(Dentsu Lab Tokyo)
SXSWで注目 日本発の「共創」事例