KPIは「Time to Value」 独・電気自動車「smart」のデジタルエクスペリエンス戦略

英・ロンドンにて2023年6月8日~9日(現地時間)の2日間にわたり開催された「Adobe Summit EMEA2023」。マーケティング、デジタルエクスペリエンスをテーマに世界中からマーケターやデジタル担当が集まった、本イベントを現地からレポートする。

「Adobe Summit」ではAdobe会長兼最高経営責任者のShantanu Narayen氏らが登壇し、AIによる顧客体験の変化について説明するキーノート以外にも100を超えるブレイクアウトセッションが開催された。ブレイクアウトセッションでは、BMWやReal Madrid CFなど、英国はもとより欧州で先進的なデジタルエクスペリエンス戦略を実践するブランドの担当者が登壇。ここでは、そのひとつであるドイツの電気自動車メーカーsmartのヨーロッパ社のデジタルエクスペリエンスとカスタマージャーニーに関する取り組みを紹介するセッションをレポートする。

関心から購買までのリードタイムの短縮を目指す

smartは1994年に設立されたドイツの自動車メーカーで、二人乗り用の小型電気自動車を中国とドイツ、フランスを中心に販売している。同社は21年から注力するデジタルを中心とした顧客体験設計により新規顧客の獲得に成功し、主要市場であるドイツでは2023年5月の発表で販売台数が、前年比127.3%を記録した。本セッションではデジタルエクスペリエンスの先端事例として登壇。「Advertimes」編集部ではセッション後に、登壇したPraveen Sadhineni氏に話を聞いた。

写真 イベント Adobe Summit
Adobe Summit全体のテーマの1つとしても強調されているデジタルエクスペリエンス

現在、電気自動車の領域ではどのメーカーも高性能な製品を販売しており、製品スペックでの差がほとんどない状態だという。そこでsmartが差別化のため、着目したのがデジタルエクスペリエンスだった。

Praveen Sadhineni氏は「顧客がブランドに求めている価値の本質は、エクスペリエンスにあると考えている。顧客は常にブランドがどのような体験を与えてくれているかに注目し、その体験によってブランドを評価している。それゆえ、よいブランドとは、顧客との関係を生み出し、継続する体験を提供し続けることと定義できるだろう」と説明した。

それでは、具体的にsmartは、どのようなエクスペリエンスの創出を目指したのだろうか。
smartが顧客体験設計におけるマーケティング戦略上の狙いとして掲げたのは「関心から購買までのリードタイムの短縮」だ。

「電気自動車のカテゴリーは、関心を持った後、購入するまでの期間が比較的長い傾向にある。そこでsmartでは顧客が関心を抱いてから購入までの時間を短縮することを重要な指標とした。具体的には、『顧客が電気自動車に興味があるのか』『具体的にsmartの機能について知りたいのか』など、顧客の関心に合わせて購入までに必要な情報を、パーソナライズした一連の体験として提供することでリードタイムの短縮を実現した。」(Praveen Sadhineni氏)

さらに、購入までのリードタイムを短縮し、企業として収益性の高い成長を同時に追い求める中で同社がKPIとして定めるのはTime to Value(以下、TtV)だという。TtVとは、顧客が商品やサービスを利用して「利用価値があった」と気づくまでの時間を指す。

「例えば、Eメールは日々企業からたくさん届くが、それを読む時間はなかなかない。だからこそ、読む価値があると思ってもらえるEメールを届けることができれば、私たちにとっては競争優位性を発揮できるチャンスだと考える。一例だがこの積み重ねが顧客にとっての価値となり、顧客と企業の距離が近づいていく。」(Praveen Sadhineni氏)

写真 人物 プロフィール
取材に応じたsmartのヨーロッパ社カスタマーエクスペリエンスCoE Praveen Sadhineni氏

AIの活用で期待されるハイパーパーソナライゼーションの実現

顧客体験の重要性について話す同氏だが、これをいかに実現するかがマーケターの役割であると強調する。実際、多くの企業はカスタマージャーニーを設計するものの、施策の実装のプロセスにおいて顧客データが複数部門に散在、サイロ化し、顧客を正しく把握できないという壁にぶつかるという。同社も同様の課題があったが、まずはマーケターが自社ブランドが顧客に届ける体験の理想像を定義し、その上で必要なデータを統合するリード役を果たすことでカスタマージャーニー設計の基礎を築いていったと語った。

加えて、データを一元管理することによるベネフィットは今後、一層増すと続ける。今回のサミットで話題の中心となっているマーケティング業務へのAI活用によって、デジタルエクスペリエンスはさらに進化するとし、そのポイントについての同社の考えを明かした。

「AIを有効に活用して顧客体験を設計するためには、精緻なデータの蓄積が必要。しかし、データを集約するだけでは『パーソナライゼーション(顧客一人一人のことを知る)』しかできない。次のステップとして顧客データに基づき体験へと昇華させる『ハイパーパーソナライゼーション』に繋げることが重要。蓄積された顧客データからAIがより深い顧客インサイトを導き出し、それを踏まえ顧客の関心に最適化されたコンテンツをAIが即座に生成。リアルタイムでパーソナライズされた顧客体験を提案することができる。」(Praveen Sadhineni氏)

今年の目標はハイパーパーソナライゼーションの実装で、収益性の高い成長を実現させる狙いがあるという。同社では23年末までに、ドイツ、フランス以外のヨーロッパ諸国へと進出する構想だ。

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