昨年来、生成AIに関する話題が尽きない。
「生成AIは副操縦士として人間の創意工夫を倍加させるもの」――3月に開催した「Adobe Summit 2023」で、アドビのシャンタヌ・ナラヤンCEOが打ち出したメッセージだ。
同社は、このイベントで、画像生成とテキストエフェクトに特化した生成AIモデル「Adobe Firefly」を含む「Adobe Sensei Gen AI」を活用したAdobe Experience Cloudの製品機能を発表した。法人規模で、制作スキルを問わず誰もが素早くコンテンツを作成し、反復できるようなるための、「Adobe Express for Enterprise」も披露。同サービスを用いると、企業は、販促用品の計画や作成、レビュー、配信向けの一般的なツールを統合し、高まる制作物の需要に応えられるようになるという。
それに対する反応はこうだ。生成AIの普及によって、クリエイターが仕事を奪われると懸念していたが、アドビはそうした世界を目指していないことを知って安心した――。
どういうことか。「Adobe Summit 2023」に参加した日本企業の様子について、アドビ執行役員・DXインターナショナルマーケティング本部本部長の祖谷考克氏はこう話す。
「アドビは、生成AIが正しく機能することで、私たちが持つ創造性、知性が強化されると信じています。『Adobe Summit 2023』はそうした信念を発表した場でもありました。参加された日本企業の皆さまと対話して感じたのは、一言で表せば、皆さん“ワクワク”されていた、ということです」
マーケターやクリエイターは、より自分たちが発揮すべきバリュー、役割にフォーカスできる。「Adobe Firefly」や「Adobe Sensei GenAI」サービスなど、生成AIを自分たちの活動に取り入れたとき、業務はより高度化し、より良い顧客体験の提供に集中できる、といった高揚感だ。仕事を奪うのではなく、よりしやすくなる。そうした予感と共に、前述のような賛意が寄せられたという。
より重要になるスキル領域
生成AIがマーケターやクリエイターのさまざまな業務、作業を支援する「副操縦士(Co-pilot)」として“活躍”するようになったとき、主たるパイロットであるマーケターやクリエイターに求められるスキルは、どのようなものか。
祖谷氏は「大きく2つあると考えられます」と話す。
「ひとつは、自社が顧客に提供できる価値とは、どのようにして生み出されているのか。全体の構造をとらえ、顧客に対して最適化を図るようにマーケティング活動をすることです。その際、AIはある種過去のデータの積み上げによって学習していますから、これまで通りであれば、こういった結果になる、こうしたキャンペーンのフレームワークが効果的なはずだ、という示唆を与えてくれます。しかし、重要なのは、ゼロから新しいものを生み出すクリエイティビティです。全体の構造(アーキテクチャ)を理解しながら、新しいものを生み出すこと。それがより重要視されるスキルのひとつです」
AIを用いると、キャンペーン施策や制作業務が汎用化され、どこもかしこも似たようなメッセージにあふれてしまうのではないか。そういった懸念を抱く向きは少なくない。しかし、「そうはならない」というのがアドビの考えだ。
仮にツールとしてのAIがあったとしても、最終的に届けたいメッセージは、根幹となるブランドメッセージ、ブランドバリューから規定されるものだからだ。そもそも、自社と顧客どのようにつなぐのか、という視点があれば、マーケティング活動が同じものになることはない。全く同じ企業は2つと存在しないはずだからだ。
「もうひとつのスキルは――AIという言葉からは対照的に映るかもしれませんが――意志の力です。全体的な視点とAIによるサジェスチョンを生かしながら、結局のところ行動し、創造の領域に踏み出すのは人間です。責任を持ちながら実行していく意志の部分がなければ、何も始まりません。これまでどおりの居心地のよい場所から一歩踏み出せるかどうか、というリーダーシップが、より際立って求められるようになると考えています」(祖谷氏)
これまでどおりは、いつ通用しなくなるかはわからない。変化を求められたときに、迅速に行動できなければ、大きな痛手を被る。そうしたことが実際に眼前に突きつけられたのが、2020年からの3年間にわたるコロナ禍であり、こうした社会的な変化に終わりはない。地政学的リスクも含め、新たな懸念はこれからも登場し続けるはずだ。
「マーケターやクリエイターこそ、こうした世の中の動きに最も敏感であるべきだし、仮にくり返しの業務をこなしている部分があったとしても、それではいけないと気づいている方がほとんどのはずです。その思いを行動に移すときが今ではないかと思っています。私たちの中にあるふつふつとした思いとAIというテクノロジーが同じ向きを向いて爆発すれば、日本のマーケティングはステージがひとつ変わるのではないでしょうか」
そうした変化は、事業会社だけでなく、広告会社や制作会社にも広がる。ブランドに対して、ユーザーとコミュニケーションする上で、こうしたビッグアイデアがある、といったアイデアで勝負できる面が強くなっていくはずだ。
「コンサルティング会社やエージェンシーの本質的な価値は、何人月用意できるということではありません。やはりアイデアにその価値があるのであって、生成AIは、そのアイデアをクライアントにコミュニケーションしたり、より先鋭化させたりするのに活用いただきたいと思っています。そうなれば、より両者の関係が密になって、面白いアイデア、キャンペーン、わくわくするコミュニケーションが増えてくるのではないでしょうか。『Adobe Firefly』を含む『Adobe Sensei GenAI』は、クライアントとエージェンシーの働き方、協働の仕方をも変えるゲームチェンジャーになると考えています」(祖谷氏)
発想の限界を壊す
生成AIを用いれば、例えば顧客データを基に、より細かい粒度で、それぞれに合わせた広告表現なども、時間や人手を要さずに制作可能になる。従来からある、パーソナライゼーションは、さらに精度を高められると考えられている。
「確かに生成AIの驚異的な力の一端は、そうしたパーソナライズを可能にするところで顕在化すると思います」と祖谷氏は話す。しかし、それは本質的なAIの能力を語り尽くせてはいないという。
「仮に1万通りのバナーを作れ、と言えば作れてしまうでしょう。大事なのはその1万通りのバナーではなく、通常だったらそんなこととてもできない、と考えられていたことが実現できる、という点です」
これまでの実績や制限に基づいた発想ではなく、従来だったらありえないであろうことをいかに発想できるか。思い込みやバイアスからいかに脱皮できるか。“メインである操縦士”の着想と行動を支えるのが副操縦士たる生成AIなのだ。
顧客体験をより良くしていくために、いままでだったらできなかったことも、AIの力があれば可能になるかもしれない。小さくまとまらずに理想を描いてアイデアを飛躍させ、先鋭化させる点にこそ、生成AIとマーケター、クリエイターの関係性に求められることだ。
「AIはあくまで副操縦士。主語はブランドそのものであり、それを知悉したマーケターやクリエイターです。彼らの制限を取り払ってゲームチェンジを起こすこと。それが目下、私たちに求められていることだと考えています」(祖谷氏)