第3回 「パーチェスファネル」ご使用上の注意(後編)

前回は、ファネルが向かないカテゴリーがあることと、「地図のファネル」の問題点についてお話ししました。今回は、ファネルの本来の使い方についてお話しします。ファネルを本当の意味で使用するには、設計に要する時間と調査費用が必要です。つまり、それを使うかどうかということ自体が戦略上、ひとつの選択であるわけです。では、始めましょう。

グラフ その他 パーチェスファネルご使用上の注意

ファネルは本来「カルテ」として使うもの

ファネルの本来の使い方は、「自己診断カルテ」です。例えば信託銀行というカテゴリーで、自社と競合のX社を比較してみましょう。

グラフ その他

まず、信託銀行がお客様から資産を預けていただくまでに重要と考えられる心理変容ステップを設定します。そして、自社と競合社の現在の状況を調査して計測し、比較します。

例えば「知っている」は同程度ですが、「興味を引く」が競合のX社に対して劣っていたとしましょう。「興味を引く」から下の歩留率は競合よりも優れているので、この「興味を引く」を競合並みに引き上げることができれば、勝てそうです。このように、横並びで比較して自社の課題を発見するために使用する「カルテのファネル」が、本来のファネルの使い方です。

調査して計測するところまではいいのですが、競合社のデータを取らずに自社だけを取り、数字が見えたところでハタと困る、というケースがあります。自社の数字や歩留率が取れただけでは、どこが課題なのかはわかりません。また、汎用的な調査データから「ブランド認知」「特徴認知」「購入意向」「購入経験」などの項目でファネルをつくるというケースもありますが、そこから課題を発見することは難しいです。あくまでもそのカテゴリーにとって、購入までに重要となる心理変容ステップの数字を把握する必要があります。

重要な心理変容ステップはカテゴリーごとに異なる

今回は信託銀行の心理変容ステップの例で考えましたが、このステップはカテゴリーごとに精査が必要です。例えばスポーツジムの契約を検討する場合は、「通いやすい場所にあるか」「費用はどうか」「設備が充実しているか」「知名度」「信頼」などに加えて、「スタッフの感じがいいか」とか「自分が使う時間帯の混みぐあい」も重要となりそうです。

グラフ その他

化粧品カテゴリーでは「自分に合うか」が重要になります。乾燥肌・脂性肌などの肌質や色味との相性、紫外線対策など自分の欲しい効果が得られるか。売り場でこれほどテスターが充実しているのは、化粧品カテゴリーの「つけてみないとわからない」という特徴を示しています。

TikTokで人気の動画に「腕時計の修理」というジャンルがあります。高級腕時計の「時間がわかる」という機能自体は他のものでも代替できますが、小さなパーツが奇跡的なまでに精巧に組み上げられている美しさや、背景にあるストーリー、哲学といったものを感じることで関与が高まるカテゴリーと考えられます。

このように、カテゴリーによって重要な心理変容ステップが異なることを意識して、そのカテゴリーに合った項目の数字を確認していくことが重要です。

重要にもかかわらず意外に見過ごされがちなもの

おばあちゃんがお孫さんにお小遣いをあげる場面では、「なんでも好きなものを買いなさい」と言うと思います。「なんでも知っているものを買いなさい」とか、「特徴がわかるものを買いなさい」とは言いません。「好き」というのは何より強いのです。特徴認知よりも好意の方が購入経験と相関が強い、というケースもよくあります。「特徴はそんなに詳しくわかっていないけれど、好きなので買っている」という状態です。

「好意」は心理変容ステップの中で購入に大きな影響を与える項目ですが、意外に見過ごされがちです。そしてやっかいなのは、ブランドの好まれる理由が一つではないということです。スターバックスを好きな理由、ユニクロを好きな理由。百人百様とまではいきませんが、みんな少しずつ違う理由で好き。強いブランドほど、そうなります。

ファネルを設定するうえでは、その中のどのステップにフォーカスするかを絞り込む必要があります。そのためには、どのように買われているかというカテゴリーの理解も必要ですし、何を競合とするかも関係してきます。つまり、戦略の根幹にかかわる部分で議論し、設計していく必要があります。

調査で数字を取るためには費用がかかります。施策にかける費用を削ってでも調査を行うか。どの項目をとるかについて議論していく際には時間も必要になります。費用や時間という限りある資源を投下するという意味で、ファネルを使うということ自体が戦略上、ひとつの選択になるというわけです。

購入しそうな人だけにコミュニケーションすればいいのか?

受講生からの質問:
クライアントから、「お金がかかって、しかも誰に当たったかもよくわからない認知施策は本当に意味があるのか? 購入しそうな人だけにコミュニケーションする方法を考えてほしい」と言われます。一理ありますが、なんとなくモヤモヤします。どう思いますか?

先日、壱岐という島に旅行をしました。博多からフェリーで1時間あまりなのですが、びっくりするほど海が綺麗で、静かな、いい島でした。人があまりいないせいか、お店は少なめです。一方、博多は本当に大都会で、1時間しか離れていないのにこれだけ違うのかと驚きました。その時に感じたのは、売られるモノの数や種類は買うヒトの数と比例するわけではなさそうだということです。ヒトの数が10倍になるとモノの数や種類は100倍といったように、指数関数的に増えていくように思います。

なぜかというと、「自分はこういう人です」ということを買ったもので表現したいという気持ちがあるからです。高級輸入車のカテゴリーで言えば、「アウディはスポーティで若々しくイケている車である」とアウディを買わない人も知っていることが、買う人にとっての購入理由になるという話があります。同様のことは、それほど高価格帯のカテゴリーでなくても起こります。

自分だけが感じるベネフィットで完結するカテゴリーもあります(例えばエアコンや洗濯機など)。しかし、そのブランドを持っていることの意味が他者との人間関係に滲み出すようなブランドの場合には、購入可能性がほとんどないような人にも、そのブランドの価値を知ってもらうことに意味があるのです。

今回は、ファネルの本来の使い方についてお話ししました。次回のテーマは「カスタマージャーニー」です。

(次回は7月3日公開予定です)

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北村 陽一郎(電通 ソリューション・デザイン局/統合プランニング・ディレクター)
北村 陽一郎(電通 ソリューション・デザイン局/統合プランニング・ディレクター)

1973年生まれ。東京大学教育学部卒、1996年電通入社。テレビ広告・スポーツ放送権業務などを経て、2012年より広告プランナー。自動車・食品・精密機器・金融・アプリなど幅広い広告主のプランニングに従事するかたわら、社内向けの少人数制プランニング塾「北村塾」を開講中。NPS=98.4、推奨度平均9.89点という圧倒的な人気を得る。

北村 陽一郎(電通 ソリューション・デザイン局/統合プランニング・ディレクター)

1973年生まれ。東京大学教育学部卒、1996年電通入社。テレビ広告・スポーツ放送権業務などを経て、2012年より広告プランナー。自動車・食品・精密機器・金融・アプリなど幅広い広告主のプランニングに従事するかたわら、社内向けの少人数制プランニング塾「北村塾」を開講中。NPS=98.4、推奨度平均9.89点という圧倒的な人気を得る。

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