プレゼンした相手から「わかりやすいね」と言われたら、あなたはどのように受け止めるだろう。きっと、成功の手応えを感じるはずだ。相手が日本人やアメリカ人なら、まず褒め言葉だと受け止めていいだろう。だが、相手がフランス人だったら気をつけた方がいい。「凡庸でつまらない」と言われている可能性があるからだ。わかりやすさが「低俗さ」につながる文化もある、と知っていれば真に受けて変な誤解をせずに済む。
立場上、私は年に何度かグローバルのクリエイティブ会議に出る。30以上の国の代表が集まる場では、ひとつの広告表現に対して、実に多様な意見が飛び交う。露骨な比較広告を「ユーモアがある」と讃える文化もあれば「品がない」と距離を置く文化もある。ソーシャルグッドを「正義」と信じて疑わない文化もあれば、社会問題をマーケティングに利用することに抵抗を感じる文化もある。
国をまたいで仕事をしたことがある人は、こうした文化圏による感受性の違いを体感したことがあるに違いない。本書はその肌感覚の奥に潜むメカニズムを具体的な事例とともに解き明かし、頭で理解できるものに変換しようとする意欲的な試みである。
本書を通じて基本的な変数モデルを理解できれば、キャンペーンや広告表現について、それがどのように受け入れられるか仮説が立てられるようになるはずだ。たとえば、堂々と自社製品の優位性を伝える表現は「競争文化圏」のアメリカとイギリスでは好意的に受け入れられるかもしれないが、「ネットワーク文化圏」の北欧では反発を招くかもしれないと推論することができる。仮にそれが間違いだと判明したとしても、その推論がなぜ違ったのか、何が例外をもたらしたか、を深掘りすることでさらに学びが得られる。マーケターの「グローバル感覚」を鍛え上げるには、このプロセスが欠かせない。
今年も6月末に開催されたカンヌライオンズ。受賞作に目を通すマーケターも増えているが、単にアイデアを学ぶだけでなく、それがどの国のどのような価値観を体現しているか、まで考えてみると面白いだろう。そのとき、本書は「わかりやすい」ガイドになる。もちろんそれがフランス的な意味ではなく、日本的な意味であることは言うまでもない。
細田高広(ほそだ・たかひろ)
TBWA\HAKUHODO
チーフ・クリエイティブ・オフィサー
最近作にNTTドコモ企業広告シリーズ「あなたと世界を変えていく」や「卒業生100万人の答辞」、SONYのイヤホン LinkBuds Sのグローバルローンチ「Never Off」、大塚製薬ボディメンテ「つかむぞ、好調」、日産自動車「やっちゃえNISSAN」などがある。Cannes Lions金賞、Spikes Asiaグランプリ、ACCグランプリ、クリエイター・オブ・ザ・イヤー他受賞多数。最新著書に『コンセプトの教科書 あたらしい価値のつくりかた』(ダイヤモンド社)。
『世界の広告クリエイティブを読み解く』山本 真郷・渡邉 寧 著/6月27日発売/定価:2,420円(本体2,200円+税)
ある国では「いい!」と思われた広告が、なぜ、別の国では嫌われるのか?そこにはどんな価値観のメカニズムがあるのか?オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード博士の異文化理解メソッド「6次元モデル」で世界20を超える国と地域から、60事例を分析。グローバルな活躍を目指すマーケターやクリエイターはもちろん、あらゆる人に広告を通じて「異文化理解」を楽しく学んでいただける一冊。