こんにちは、電通のクリエーティブディレクター/PRディレクターの嶋野裕介です。
今年のカンヌレポート第3弾です。
今回のカンヌは事前から2つ楽しみだったことがあります。
1つ目は、小室哲哉さんのライブパフォーマンス「Sound of Creativity: Live Performance by Tetsuya Komuro」。ChatGPTが生成した「音楽の感想」が画面にリアルタイムで流れる中、シンセサイザーの演奏がカンヌに鳴り響いていました。『GET WILD』が流れたときの会場の盛り上がりもピークに。
2つ目は、電通の長久允監督によるセミナー「Voice of Creativity: The Musical」。表現者のみならず人間みんなが持っている心の声<VOICE>をテーマにしたセミナー。しかも、ミュージカル仕立て!!マーケティング用語や最新のトレンドワードを破壊しながら、一人ひとりが持つ衝動の大切さを歌い上げました。長久さんのクレイジーさと照れ屋感がいい塩梅にミックスし、楽しくて一体感があるセミナーになっていました。
さて、今回最後のレポートはまさにそのVoiceにまつわるものです。
Agency of the yearを受賞した「GUT」
今年のクリエイティブの中心にいたのは、間違いなく「GUT」でした。アルゼンチン発の独立系エージェンシーで、2018年創立の若いエージェンシーです。2021、22年と連続でカンヌのグランプリをとっていましたが、今年はなんとCreative Data, Mobile, PRの3つの部門でグランプリ獲得。しかも全部違う応募作で、というのも衝撃です。
今年の受賞数はなんと35!
それ以外でも、Independent Network of the year、Agency of the year などを総なめ。昨年のAB inBev(Creative Marketer of the
Year連続受賞)のような大きな盛り上がりをつくりました。
GUTとは何者で、どこがそれほど素晴らしかったのでしょうか?
「Your gut is your second brain.」
“GUT”とは直訳すると「腸」です。最近は日本でも世界でも「脳腸相関」という研究が明らかになり、腸の健康は脳の活性化につながるという事実がわかってきました。(GUTのHPにも、“Your gut is your second brain.(腸は第2の脳)”という有名なワードが記載されています。)
ただ、彼らの文化的背景やニュアンスを鑑みると、ここでの意味は日本語の「腹」や「根性」というニュアンスの方が近いかもです。腹をくくる、腹から声出す、ガッツだぜ……。
つまりは「魂や、心の声(Voice)」です。彼らのフィロソフィーの1つであるIntuition(直感)の説明にも“Always find the time to stop and listen to that inner voice(いつでも内なる声に耳を傾ける時間を設ける)”とあります。
ただし、ここまでなら他のエージェンシーも近いことは言えます。GUTが他の差をつけている要素は他のところにありそうです。
データ×クリエイティビティ
GUTのプリンシプル(原則)の1つに、「Data is nothing without gut. ※データはガッツ(gutと根性のWミーニング)なしでは成り立たない」というものがあります。
これだけ見ると、うんざりするほど存在する「データ&マーケティング軽視タイプのクリエイティブなのかなぁ」と思いそうになりますが、そうではありません。
GUTのHPのケイパビリティで最上段にあるのは、アイデアやクリエーティビティではなく「DATA & ANALYTICS」。ソーシャルリスニングからビジュアライゼーションなどまで細かな項目で表記されています。
つまり彼らが掲げるのは、ユーザーの心の声や、数値化されたインサイトに、クリエイティビティを掛け合わせること。ちなみに今年のカンヌのCreative Data部門の審査委員長のSamantha Hernández DíazさんもGUTのチーフストラテジーオフィサーの方です。
そんなGUTの今年の受賞作から、いくつかご紹介します。
A. Stella Artois「The Artois Probability」
(Creative Data部門グランプリ・シルバー、Outdoor部門 ゴールド、Print&Publishing部門ゴールドなど)
ステラ・アルトワは、1366年生まれの伝統的なビールブランド。そこまで長い歴史があるのであれば、歴史的絵画で描かれているビールはステラ・アルトワのものの可能性がある、という点に目をつけた。美術史のデータとブランドのこれまでのデータを掛け合わせて、歴史的絵画に描かれたビールが実際にステラ・アルトワのものである可能性を算出。容器の形、色合い、絵画の描かれた年代や場所、競合他社の歴史も加味しながら、その確率をビジュアル化した。ステラ・アルトワが描かれていると思われる作品を集めて実際に展示会を実施し、来場者がその場でスマートフォンで確立を計測できるようにするなど、常にEarnedによるPRを意識した施策を出し続けることで、ユーザーの間でにぎわいを生み続けた。
B. Mercado Pago「Inflation Proof Prize」
(Entertainment部門シルバー)
デジタルウォレット「Mercado Pago」の投資機能を訴求するキャンペーン。同社は、出演者たちの様子を24時間追い続け、視聴者の投票で毎週一人ずつ脱落、最後に残った人が賞金を手にするリアリティ番組『ビッグ・ブラザー』に協賛。番組が放送される4カ月の間に、賞金1500万アルゼンチンペソ(日本円で約850万円)を視聴者に「Mercado Pago」で運用してもらい、最終的な賞金額に反映させた。結果的に、期間中に賞金額が当初から20%近く上昇し、大盛り上がり(リールのつくり方が、インフレを強調しているのが、やや巧妙な印象もあります(笑))。
C. PedidosYa「World Cup Delivery」
(Mobile部門グランプリ、Media部門ゴールド・ブロンズ、Social&Influence部門ゴールド、BE&A部門ゴールド・ブロンズなど)
「FIFAワールドカップ2022」での男子サッカー代表チームの優勝で、アルゼンチンの国中がお祭り騒ぎの最中、オンライン食品デリバリーの「PedidosYa」が「ご注文の商品が発送されました」と嘘の通知を送信。見覚えのないユーザーがクリックすると、そこには優勝トロフィーの位置情報とマップが現れる。フライトを追跡するリアルタイムのデータとアプリを直接リンクすることで、顧客体験を幸せで話題になるものに変えた。データ自体はオープンなものであるが、使うタイミングと文脈がドンピシャだった事例。
これらの受賞作からわかるように、GUTはデータや情報に光をあて、最適なモーメントとストーリーをうまく掛け合わせながらエモーショナルに話題化させています。
データがあれば常識を疑える、データがあればPRリリースの信憑性が高まる、データ自体がクリエイティブになる。SNSで「おもしろい(だけ)」のものが溢れる今だからこそ、データを信じ、データに裏付けられたGUTのクリエイティビティが輝いて見えるのかもしれません(GET WILDならぬGUT WILDですね)。
〈わたしのカンヌこぼれ話3〉
最近よく「もうカンヌ行かなくていい説」を聞きます。
「作品は全部帰ってからThe Workで見ればいい」や、「パスさえあればほとんどのセミナーもオンラインで見れる」というのもごもっともな意見かもしれません。
でもだからこそ、現地に行く時は「リアルだからできること」を意識することが重要だと思います。「セミナーの内容だけではなく、観客の反応を感じる」「夜、受賞作についての議論を仲間と行う」「セレモニーで流れた映像を見て、みんな一緒に盛り上がる」とかとか。オンラインでは伝わりきらない熱や空気が、身体的記憶となって刻まれるはずです(そのためにも、昼はしっかりインプットして、自分の中の考える軸をつくっておくことも大事です)。また、会社の垣根を超えて議論したり、受賞作の裏話を聞けたりしちゃうのはその場の空気だからできることかもしれません。
※小ネタとしてはこんなメリットも……
1、 事務局の手違いで、現地でだけ公開されている(見れちゃう)映像がある。
2、 公開されていたものが、ある日急に「非公開」になる瞬間を目撃できる。
とかとか。事件は現場で起きるんですよね。
以上で今年の最後のレポートでした。
私のレポートは6年続けてきましたので、今年で区切りにしようと思います(たぶん……)。
今までご覧いただき、ありがとうございました!
嶋野裕介
クリエーティブ・ディレクター/PR ディレクター
電通 zero局所属。マーケ、営業を経てクリエーティブへ。主な仕事に「BOSS×ゴジラシリーズ」「BOSS×ウマ娘」「飲むゲーセン・ストロングファイター」「#金曜日の新垣さん」「3cm
market」「ぷよりんご」など。2023年4月に『なぜウチよりあの店が、知られているのか?』を宣伝会議社より出版(尾上永晃氏と共著)。好きな漫画は『ワールドトリガー』『暗号学園のいろは』など。