デジタル環境の進展で、企業の提供価値は「モノ」から「サービス」へ転換していくと言われてきた。しかし一般的には「サービス業」と言われる、広告ビジネスに目を向けると、実は多くの場合が限られた「枠」の取引に対する手数料で成り立っていた、つまりは、いわば「モノ」取引的な側面が強くあった。
それでは高度情報社会において、広告ビジネスは現在の「モノ」的取引を前提とするビジネスモデルのまま、生き残れるのだろうか? 真の意味での「サービス」へと転換していくために必要なビジネスモデルの在り方とは?そんな問いに対する答えを提示した、安藤元博氏の『広告ビジネスは変われるか? テクノロジー・マーケティング・メディアのこれから』(宣伝会議より刊行)。
本書は2022年3月に刊行されたが、それから約1年の間に生成AIの社会的な浸透が、仕事の在り方や広告ビジネスの在り方も大きく変えようとしている。「モノ」の取引の仲介だけでは、ますます価値を発揮しづらい時代に、著者である安藤氏は、広告の仕事に生成AIが急速に浸透する現在の環境を広告業界のビジネスモデル、そしてこの業界で働く人たちの仕事の未来をどう描いているのだろうか。
この先「価値」を生めるのは、新たな“問い”をつくれる人材だ
生成AIに対する社会的な注目が高まっています。広告・マーケティングの世界では、以前から広告の効果予測やシミュレーション、視聴率予測、レコメンドアルゴリズムの実装やクリエイティブの評価、自動生成などAIの活用が進められてきました。
それが昨年11月にOpenAIが「ChatGPT」を公開して以降、生成AIの活用に注目が集まり、広告・メディア・マーケティングの各領域での導入の試みが急速に進んでいます。
それでは、生成AIの浸透によって広告ビジネスで働く人に求められることはどう変わるのでしょうか。今後、おそらく広告業界のみならずあらゆる業界で「情報を整理する」という類の仕事がいらなくなります。それらを取り払った時、その仕事の本質が残る。では我々広告業の本質とは何か。私はそれは「コミュニケーションのプロ」であることだと思います。
ここで言う「コミュニケーション」とは、「そこに関わる人が相互に働きかけ合いながら、新たな何かを生むこと」という意味です。私は、一般に「コミュニケーション手段」と考えられている広告それ自体も企業・商品と生活者との間で、同様の機能を発揮すべきものと考えます。私たちアドパーソンが「コミュニケーションのプロ」であるならば、私たちの仕事の本質とは、生活者とのやりとりにおいても広告主との間の日々のビジネスの現場においても、相互的な働きかけ合いを通じて、「そのやりとりがなければ存在しえなかった何か」、を生み出していくことにあるのではないでしょうか。私たちはその点で“プロ”なわけです。
この話を広告業の職種ごとに考えてみましょう。例えば営業職はクライアントのニーズを実現するパートナーですが、より踏み込んでいえばクライアントがうまく言葉にできなかったかもしれない「本当にやりたいこと」をいかに引き出すか、までが「できる営業」の仕事。そして、そこにおいてもっとも大事なことは「答え」だけでなく「問い」をつくることなのです。クライアントの潜在ニーズ、言葉の先にある「本当の問いとはなにか?」を導き出すこと。これはAIには真似できません。AIはすでにある問いに対する「答え」を出すものだからです。
クリエイティブも同じです。生成AIがたくさんのコピーをつくり出し、その効果もAIが予測し選別する、そのとき人は必要なくなる、そう見えます。確かにKPIに対して最適化するクリエイティブの自動生成は重要かつ有効です。
しかしそれは、広告クリエイティブという仕事の大事なポイントを部分的にしかカバーしていません。それが有効なのは、その広告が「何をしなければならないのか」があらかじめ決まっていると前提するからです。ですが、そう考えてしまうとき、その思考からは、広告の「クリエイティブ」という営みのもっとも重要な点が抜け落ちています。
クリエイティブのもっとも重要な点は、広告をつくり出す過程において、その商品やキャンペーンが解決できること、解決しなければならないことは何なのか、を見出すということなのです。
より具体的にいえば、たくさんのコピーをつくり、それを選び出す過程において「本当に必要なのはこういうことではないだろうか?」と、それまで思い至らなかった新たな創作の基準を考えていくということ。そういう「価値創造の細い道」を見つけ出していくこと、「問い」をつくることなのだと思います。
そもそも何が答えなのかわからない問題に取り組むからこそ「クリエイティブ」なのです。あらかじめ正しい「答え」があると考えたなら、AIの方が早く、確実にその「答え」にたどり着ける。そして実際にAIはますます「答えらしく見えるもの」を安く手に入れられるように進化していくことでしょう。
だからこそ、広告人に求められる価値は今後、「問いがつくれること」に明確に移っていくはず。それは「クリエイティビティ」と同義ではないでしょうか。そういう視点で働くことができれば、クリエイティブも営業もストラテジックプランナーも、この先AIが進化しても絶対になくなることはない。むしろ、より価値が高まっていくはずだと考えています。
博報堂DYホールディングス
取締役常務執行役員CTO
安藤元博氏
1988年に博報堂に入社し、数々の企業の事業/商品開発、統合コミュニケーション開発、グローバルブランディングに従事。現在、博報堂および博報堂DYメディアパートナーズ取締役常務執行役員をはじめ博報堂DYグループ各社を兼任し、グループのテクノロジー領域を統括している。著書に『広告ビジネスは、変われるか? テクノロジー・マーケティング・メディアのこれから』(宣伝会議)などがある。
月刊『宣伝会議』6月30日発売の8月号は「生成AI」特集です。
安藤元博氏をはじめ、広告・マーケティング業界の実務家の方々と
生成AIが与えるマーケティングへの影響を考察しています。