「広告」がマーケティング活動の中核として機能していたマス・マーケティング全盛時代と比べると、クライアントがパートナー企業に期待する機能や役割は変化しています。「メディア枠」の提供からマーケティング課題を解決する「ソリューション」の提供へ。「広告代理店」から「マーケティング支援会社」へと進化が始まっています。
広告業界のビジネスモデルが変化をしていく中で、広告業界の経営や人材マネジメントはどうあるべきなのでしょうか。20年以上にわたり、イベント会社を経営し、広告産業が抱えるプロジェクトマネジメントにおける課題に対する気づきから、現在はシービーティーを創業し、案件収支管理システムの「プロカン」を開発・提供する同社、社長の若村和明氏。本連載では、若村氏はじめシービーティーのメンバーと共に、広告・クリエイティブ産業のトップランナーの方たちに取材。クリエイターとしての側面だけでなく、一ビジネスパーソンとしての考えに迫ります。
連載初回は、なぜ今、広告産業のプロジェクトマネジメントの課題に着眼したのか?シービーティーの若村和明代表取締役に話を聞きます。
リモート環境で人の評価と収支管理が課題に
―若村さんはシービーティー起業以前に、プロモーション会社を起業。長く広告業界に携わるなかで、この業界に起きている変化をどのように捉えていますか。
私が最初に起業したのは学生時代のことです。ビジネスが軌道に乗り、大学を中退して事業に専念したのが今から20年ぐらい前の2000年代初頭でした。その頃の広告業界は、とてもキラキラして見えていた時代。テレビCMをはじめ、デジタルメディア以外の領域でも、新しいメディアが次々と開発されていく時代でした。
ところが2000年代も中頃になると、それまで圧倒的な力を発揮してきた「テレビ」の神話にも変化が生まれます。インターネット広告が市場を拡大し、YouTubeなどの動画コンテンツも登場。メディアの種類もフォーマットも爆発的に増えていきました。
広告ビジネスも従来のコミッションだけでなく、成果報酬型といった売買の仕方も出てくるように。加えて、インターネット広告は広告会社を挟まずとも、中小規模事業者でも直接、バイイングができるようになっていきます。こうした中で、メディア販売の“代理業”としてだけではない、マーケティング課題を解決する提案が広告会社に求められるようになってきたと感じます。
また、広告会社にかかわらず、メディア事業を立ち上げ、運営するサイバーエージェントのような会社が登場してきたことで、ますます“代理”だけではない、広告会社のビジネスモデルの在り方が問われるようになってきていると思います。
もちろん、ビジネスモデルが変わろうとも、広告会社の価値とは、ブランディングに寄与するクリエイティブ力を持っていることに変わりはないと思います。過去20年間の広告ビジネスの変遷を振り返ると「見せ方」「伝え方」が激変し、それに伴い、一部のビジネスモデルは変化を余儀なくされてきた一方で、ブランディングやクリエイティブは普遍的であるように感じます。
それゆえ、これからの広告ビジネスの在り方を考える際には、改めてこのビジネスに携わる一人ひとりの真の意味での能力の発揮が求められていると思います。しかしながら、メディア環境などが複雑化し、広告ビジネスにおけるプロジェクトマネジメントの難易度は高まっています。私はこうした課題に対して、提案できることがあるはずだという考えを持ってシービーティーの事業を展開しています。
―ソリューションの提供へ、と広告会社もメディア企業も事業の在り方が変わる中で、カスタマイズした企画が増加。他社との違いを出すために売上に直結しない工数が増えたり、プロジェクト立ち上げ初期では納期や必要とされるコストも予測できないような事態が発生しています。
広告業界では数年前から働き方改革が叫ばれてきましたが、コロナ禍でリモート社会に突入したことで、一気にこの改革が推進した印象を持っています。リモート社会になった今だからこそ、ますます一人あたりの生産性を明確に「見える化」する必要に迫られています。
私はシービーティーの代表を務める他、2004年に創業したプロモーション会社も経営しているのですが、在宅勤務に切り替えたタイミングで、評価を成果主義に切り替えました。社員に対しては成果を出したら、どの程度の報酬を得られるのかもあらかじめ明示。上限を設けず、場合によっては若手でも3,500万円、4,000万円といった金額の年収を得る社員も出てきています。
しかしチームで動くことが多い広告ビジネスの世界では、個人の成果の評価は難しい側面もあります。この課題については、チームで出した成果についてもあらかじめ決めたルールに基づき分解し、「個」の評価に落とし込めるようにしています。どうしてもゴールに近いところにいる社員の評価が高くなってしまう傾向がありますが、こうした傾向を是正することに、私が考える「個」の生産性評価の仕組みがあります。
成果主義と聞くと、厳しい環境になったように思えますが、逆にリモートであっても成果を出せば、きちんと評価される環境を整えたことで、モチベーション向上につながり、社員の離職率が下がりました。
―適切な「個人の評価」を実現する上では、プロジェクト管理、収支管理など他の要素もかかわってきます。
広告業界において適切な評価が実現していないとすれば、それは仕事の見える化ができていないことに原因があると思います。そもそも見える化ができていなければ正しい経営判断はできませんし、「個」の評価も不可能です。そして見える化ができていない理由のひとつに、いまだにプロジェクト管理や収支管理でアナログな手段が横行している点があると考えます。多岐にわたる工数、さらに社内外の複数の職種の人たちが参画をし、ときに終了までに数カ月の期間を要するプロジェクトをいまだにExcelで管理している企業も多いのではないでしょうか。
私がプロジェクトごとの収支管理に特化したSaaS型の案件収支管理システム「プロカン」を開発した背景には、広告ビジネスが抱える課題の解決につながるのではないか、という考えもあってのことです。もちろん、広告ビジネスに限らず、多様な業種・業態で導入いただいていますが、中小規模の企業でも導入しやすい価格体系に設定するなど、広告業界での活用を見据えた展開をしています。
―人が資産と言われる広告業界において経営管理、収支管理、さらには「個」の評価というところまで行き着くと、この業界で働く一人ひとりにとって、どのようなポジティブな影響が生まれると考えますか。
広告業界で働く個人にとって、会社に勤める以外の複数の選択肢を持てる世界になりました。YouTuberも、ある意味では個人で立ち上げることができる“メディア”みたいなもの。広告会社に入る、マスメディア企業に入る以外の選択肢があるなかで、どのように優秀な人材を惹きつけられるかは広告ビジネスの課題だと思います。
経営者の立場からすると、事業をつくっていく中で「個」が組織に入ってきて、「『個』の評価システムがあり、かつ『個』を伸ばす環境がある中でリスクは会社が取る」という体制にすると、個の能力が重要な業界では他社との違いが生まれ、面白い事業展開につながると考えています。会社の経営が「個」を主体に「個」が勝手に動きながらアメーバ経営ができるとしたら面白いですね。逆にネガティブな話を言うと、移り変わりが激しい世の中なので、ひとつの事業に固執するビジネススキームだけで生きていける時代ではないとも言えます。
だからこそ変化を恐れない「個」が主体となって、個が育つ環境をつくり、変化のある事業・プロジェクトを生み出していける事業の在り方を考える必要があるのではないでしょうか。
「編集協力/株式会社シービーティー「プロカン」」