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前回はジャーニーについてお話ししました。今回のテーマは「ブランド認知率」です。ブランド認知率と並んでよく指標に使われる認知率に広告認知率がありますが、その2つの認知率の伸び方の違いについて、また購買行動においてブランド認知率よりむしろ重要と考えられることが何かにも触れていきます。では、始めましょう。
認知率には大きく2種類ある
「認知率」という言葉が単独で使われるときにまず注意しなくてはならないのは、「それがブランド認知率と広告認知率のいずれを指しているか」ということです。この2つの認知率は伸び方が全く異なりますので、はっきりと使い分けをする必要があります。
広告認知率は、1回のキャンペーンで認知率ゼロの状態から50~60%に到達することも珍しくありません。そのかわり広告出稿をストップすると減衰していきます。一気に上がるし、休めば下がる。これが広告認知率の動きです。それに対してブランド認知率はなかなか上がりません。では、パーフェクトサントリービールの例を見てみましょう。
パーフェクトサントリービールは2021年4月以降の2年間でアサヒ・スーパードライに次ぐテレビCM出稿量を投下しています。ビール全銘柄の中で1位・2位を争うような量を投下してもまだ、2023年1月現在でブランド認知率は20%に到達したくらいです。
ブランド認知率が広告開始から1年でいきなりゼロから50%に達するというようなことは、ほぼありません。パーフェクトサントリービールの場合も、むしろ80~90%近くあるブランドが他にこれだけ多い中、わずか2年で20%まで到達しているのは大健闘だと思います(他のブランドに比べても、明らかに大きく伸びています)。
このようにブランド認知率はなかなか上がらないものなのですが、逆にいったん上がると広告をしばらく休んでもそれほど下がりません。上がりにくく、下がりにくいのがブランド認知率の動きで、両者の動きの違いはマーケターの間でも意外に認識されていないように思います。
広告は「覚えやすく忘れやすい」、ブランドはその逆
受講生からの質問:
クライアントから広告認知率のシミュレーションを依頼されるとき、キャンペーンの最初で予算を使い切っていいのか、忘却をどれくらい見込むべきなのかで悩むことが多いです。広告認知率がブランド認知率よりも上がりやすくて落ちやすいのは、なぜですか?
広告認知率の中のテレビCMを例にとると、テレビCM自体の方がブランド名よりも覚えやすいと思います。タレントや音楽、テロップなど覚えてもらうための工夫をたくさん凝らしているのがテレビCMです。例えばゼスプリのキウイブラザーズのCMは、ゼスプリというブランド名は覚えられる人とそうでない人がいるかもしれませんが、キウイの形をしたぬいぐるみが出ているCMということは、見てすぐに覚えられると思います。
こうした覚えやすいCMは、後からどんどん出てきます。受験勉強でもそうですが、新しいことを覚えると、人は前に覚えていたことを忘れていきます。記憶のバケツに穴が開いているというような表現もされますが、広告認知率が覚えやすくて忘却もしやすいのはそうした事情によるものでしょう。一方、ブランドは覚えるのが難しいです。その難しいところを乗り越えて覚えてきているので、忘れにくいのだと思います。
ブランド認知率が上がりやすいカテゴリーとは
一定量の広告出稿をした場合に、どのくらいの認知率が見込まれるのかを前もってシミュレーションするということがよく行われます。広告認知率の場合はある程度の精度で予測することが可能ですが、ブランド認知率の予測を広告出稿量から事前に試算することは、非常に困難です。
まず、カテゴリーによる違いがかなり大きいです。第4回でカテゴリー特有の接点という話が出てきましたが、生活者の目に触れるもののうち、広告はごく一部です。普段生活をしている中で自然に目に入るかどうかがブランド認知率の伸び方に大きく影響します。スーパーのドレッシング売り場で今回はどれにしようかと棚を見ているときの方が、自宅でCMを見ているときよりもドレッシングのことを考えているはずだからです。
生活の中であまり目に触れず、考えることもないカテゴリー(関与が低いという言い方をします)のブランド認知率はなかなか伸びません。例えば電気シェーバーや車のタイヤなどは日々使っていても、どこの会社の何というブランドかわからなかったりするものです。
生活の中で自然に目に入るということを最も意識してブランド認知率を高めているのは、スターバックスではないかと思います。スターバックスは広告を出しませんが、「Main&Main(中心の中心へ)」という店舗のロケーション戦略に非常にコストをかけています。出店する街を選ぶだけでなく、その街の本当にいい場所に出店する。店舗そのものが屋外広告という発想で、車のディーラーも特に高級車においては同じような効果があると思います。ブランド認知率と広告について考える上で、こうした例は示唆に富んでいると思います。
人が認識しやすいのはブランドよりカテゴリー
スターバックスは結果として高いブランド認知率を獲得していますが、「顧客が実際に気に留めるのは新しいブランドではなく新しいカテゴリーである」との考えで、スペシャルティコーヒーというカテゴリーを世に広めることに専心したと言います。
例えば、「顔は思い出せるしどんな感じの人かも説明できるけれど、どうしてもその人の名前が思い出せない」という経験をされている方は多いでしょう。まずモノの名前を認知し、その中の一部のモノの特徴を理解するというのがファネルの想定する認識の順序ですが、それとは異なる順序もあり、むしろブランド名を覚えるよりもそれがどういうものであるという概念を覚える方が頭に入りやすい可能性があります。
今井むつみさんという発達心理学者は、2歳児に目の前にあるものの名前を教えると子どもはそれを固有名詞ではなく一般名詞として認識するという指摘をされています。犬を見せながら「これはポチ」と教えると、他の犬も「ポチ」と呼ぶということです。「これに似たもの全体をこう呼ぶ」という理解の方が、人間の脳には本来、馴染んでいるものなのかもしれません。
そのように考えると、ブランド認知率を取る必要が本当にあるのか、という疑問もわいてきます。「パーフェクトサントリービール」というブランド名がわからなくても、「餃子やお好み焼きを食べるときにぴったりのガツンとした飲みごたえでなおかつ糖質ゼロのビール」というカテゴリーを認識していれば、購入に至ることは十分可能と思います。認知するのが難しく、かつ購入からもすこし遠いところにあるブランド認知率よりも、適切なカテゴリーを切って、その認知を高めることにも着目していくべきではないかと考えています。
今回はブランド認知率と広告認知率の違いや、ブランド認知率より生活者が認識しやすい可能性のあるカテゴリー認知率についてお話ししました。次回は、検索行動に大きな影響があるとされる「純粋想起のブランド認知率」について、お話しします。
(次回は7月13日公開予定です)