たきコーポレーションは、新たな体制となってスタートを切った。電通入社以来30年間、同社との関係も深いアートディレクターの田中元氏に、これまでのたきコーポレーションとのつながりや、これからの期待感について、今後あるべきクリエイティブ制作の姿を通して語ってもらった。
密度・あがき・幅
存在感を高めているスマホをはじめ、まさにいま、広告表現に求められているのは、「手を止める」ではないかと考えています。
メッセージが伝わることの前に、まず見てもらうことが重要です。文字通りに「手を止める」という事。一瞬見られても、コンマ何秒の世界でスッ〜とスワイプされスクロールされてしまうからです。
考えてみれば、“ながら”であることが多い中、スマホ画面の中だけでなく、テレビだってOOHだって、なにかしている手を止めてもらうことが大事なのかもしれません。
では、「手を止めて」もらうにはどうすればいいか。ノウハウやコツがわかれば、こんなに苦労しないのですが、それでも何か共通項はある。あるいは、それを生み出している根源的ななにかがある。そこを考えてみたいと思います。
先日、こんなことがありました。自分が制作したB倍の2連張りポスターが収納された筒を、(かなり場所を取るので……)自宅で断捨離のため一枚ずつ吟味して処分していました。それを子どもたちがたまたま目にしたんです。すると、何か新鮮に見えたらしく「いいじゃん!」と褒めてくれました。ただ、これはなんだろうと。どこからその感情が出てきたんだろうと。
そこで社で、新人向けに原寸ポスター研修をやってみました。すると嬉しいことにそれも好評でした。ソーシャルメディアや、あるいはデジタルサイネージがもう物心付く前後からある世代ですよね。そうした世代に訴えかけ、惹きつける何かがあった。
先に言っておくと、手触りや印刷技術、アナログの良さを推したいのではありません。いや、それらもおそらく重要な要素です。ただ今回は、その奥にある、いま現在のクリエイティブ、これからのクリエイティブにも生かせるであろうことを探したい。アナログであれば何でもいい、ということでもないはずです。
実は自分でも新人のころ、某大御所アートディレクターのポスターをちぎって印刷所に持っていき、「これは何なんだ」「どうすればこうなるか」と聞きにいったことがありました。そういう意味では、印刷しかない時代ですから、極端な話、ほかのポスターでも同じような印刷はできるのでしょうし、実際あったのでしょう。
同じことをやっても、惹きつけられる滞空時間が長いものと短いものがある。だから重要な要素ではあるけれども、それがすべてではない。それが何だ、という話です。
とりあえずの結論としては、考える密度、濃さ、幅ではないかと思います。最終的に至った色味とか抵抗感、発色感が魅力的なのはもちろんですが、それを突き詰めていく、あがきというか、苦悶。そういったものがあるように思えてなりません。
現実的には時間もある程度長くかかるわけですが、単に時間をかければいいわけではない。細部の微妙な調整そのものに、こだわっているわけでもない。何をあがいているのか、というと、広告を見る方、ふれる方について、どれだけ関心を持って、どれだけ深く考えられるか。もっと別の手はないか、また違うより良い手はないか、と吟味して、悩んでいるということです。できあがったものにもその深さは潜んでいて、人間も感知しているのではないか。
まだ新米だったころ、「どうやったら自分の個性を発揮できるか」という沼にハマってしまったことがありました。そんな時、コピーライターの仲畑(貴志)さんに言われたのが、「個性なんか気にするな」でした。「一生懸命、消費者のことを考えれば、自ずと個性が出てしまうから、気にするな」と。
いまならわかります。もう本当に相手のことだけを考えて、考え尽くして、それでも出てきてしまうもの。それは、その人が人間をどう捉えているか、という、純粋な人間観です。
しかし、そんな突き詰め方、一人でできるのでしょうか。また、受け継ぐことはできるのでしょうか。
写植・PC・そして
我々のような広告会社が、広告制作ができるのは、たき工房(現=たきコーポレーション)のようなデザインのプロダクションさんあってのことです。電通入社からジャスト30年が経ちましたが、30年間ずっとそうだったと思います。広告制作というのは自分ひとりではできないし、チーフデザイナーが一人でもダメ。その下にも優秀なデザイナーがいっぱいいないとできません。
個人的にデザインを学ぶ上で存在感が大きかったのも、実はたきさんだと思っています。大学では空間演出がメインだったので、いわゆる本流のグラフィックデザインという意味では、知識も技術も……というところでした。たき工房の金須(延郎)さんにピンセットを渡されて、写植を貼って版下を作りました。そんな新人時代でした。
そこからパソコンが入ってきて、楽になるのかな、と思ったけれど、逆に手書きからいきなり完成度が高いものを出すことが多くなって、作業内容は違っても大変さは変わらない、という印象でした。消費者のことを考えたらどうするのがいいのか、と、そういう検討もずっと変わらない。
現場では侃々諤々の議論も起きます。言いたいことを言い合って、傷つきあったりして、それで、さらに人間がわかってくるのかな、というふうに思います。
たきさんのような会社があって、とてもよい点は、育て合いができるということです。こちらの年次が上がってくれば、たとえば、たきさんの新人さんを育てる。こちらの若手はまたたきさんに育ててもらう。そういうタテのつながりもあるし、やっぱり一生懸命あがいているところは誰かに見てもらうべきですね。ヨコでもそういうことがわかってくる。そこで新しい仕事が生まれたりもします。
写植からパソコンに移行したように、技術が進化するのは当然のことです。広告にふれる方のことをチームで一生懸命考え抜く、そして制作する。その体制が変わらなければ本質は消えないと思っていました。
しかし、昨今の制作環境では、その本質すら失われてしまうのではないかと少し心配しています。
場・器としての制作会社
チームプレーで考えを尽くしたり、お互いに教え合ったり、という場。ポスターの例のように、単に昔は良かった、ではなく、「考えを尽くした」証としてのクリエイティブの現物、技術。そういったものは、グラフィックデザインではいまなお生きていますが、一方で、デジタル広告は、そうした場からの距離がどんどん大きくなってきているように感じています。
ネット広告で、大量の広告を回していくミッションでは、一つひとつのクリエイティブにかけられる時間がない事情があることはわかっているつもりです。「RT」されているからよし、という人もいるでしょうし、効率よく、半ば孤立した状態で続けられる人もいるのでしょう。
でも一方で、同じものを見て、「うーん……」って思っている人もいる。何も感じずにスルーする人も少なくないはず。これまでのグラフィックデザインの、太いバックグラウンドに触れて「考えあがいた痕」を見るだけで、質は相当上がると思っています。
たきコーポレーションさんのカンパニーは、金須さん率いるグラフィックも、デジタルも、WebのUIUXも全部横串を通して、ということでとても期待しています。メディアが紙からパソコン、スマホ画面、そしてその先の変化が訪れても、「たき工房イズム」が残っていれば、アウトプットのレベルは維持できるはずです。
質とかアウトプットのレベルというのは、見た人に手を止めてもらうこと。そこには、やっぱりその人に対する理解の深さと、アウトプットはシンプルで鮮やかなデザインだけど、その背後にうかがえる、どうすれば手を止めてもらえるんだという煩悶やあがきの深さがある。
そういう深さを見せあい、支える場、器のひとつとしてのたきコーポレーションさんであってほしいと思います。
お問い合わせ
株式会社たきコーポレーション
住所:〒104-0045 東京都中央区築地五丁目3番3号 築地浜離宮ビル
TEL:03-3547-3781(代表)
コーポレートサイト:https://www.taki.co.jp
問い合わせフォーム:https://www.taki.co.jp/contact/
田中元氏
株式会社電通
クリエーティブディレクター/アートディレクター
武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業
東京ガス「火ぐまのパッチョ」キャラクターデザインをはじめ、企業広告「ガスのひと」でADC賞、朝日広告賞グランプリ受賞「世界水泳2023FUKUOKA」総合クリエーティブディレクター バスケットリーグ「富山グラウジーズ」ブランディング、富山県美術館レストラン「ビビビとジュルリ」、富山の地方覚醒プロジェクトに携わる。
おもな賞暦
ADC賞 朝日広告賞グランプリ カンヌ メディアライオン クリオ賞 NYフェスティバル ロンドン国際広告賞 グッドデザイン賞 キッズデザイン賞 メセナアワード優秀賞 毎日広告賞 読売広告大賞 日経広告賞 ACC賞 JR交通広告グランプリ 他