スープストックトーキョーは4月、一部店舗で提供していた離乳食後期の無償サービスを全店で展開することをTwitterで発表。このツイートが拡散するに従ってさまざまな意見が加わり、批判的な意見が注目を浴び「炎上」状態となった。同社はサービスが開始した4月25日を待って公式サイト上で、スープストックトーキョー一同名義で声明を発表。企業の思いを誠実に伝え、共感を集めることに成功した。近年、企業SNSの炎上事件が目立つ中、同社はいかにしてこの難局を乗り越えたのか。
今回の一連の対応に際しては、スープストックトーキョー代表取締役社長の松尾真継氏が広報部と連携しながら、陣頭指揮を執ったという。さらに松尾氏をサポートしていたのが、スープストックトーキョーのブランド戦略に顧問として携わる工藤萌氏。両氏に、今回の一連の出来事から感じたブランド戦略の在り方について話を聞いた。
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スープストックトーキョーというブランドを皆のものに解放したい
−−一部店舗で提供していた離乳食後期の無償サービスを全店で展開することをTwitterで発表。このツイートが拡散するに従ってさまざまな意見が加わり、批判的な意見が注目を浴び「炎上」状態となりました。その後、発表した声明の署名欄には、社長の松尾さんの名前ではなく「株式会社スープストックトーキョー一同」となっています。その理由を教えてください。
松尾:その署名は最初の6枚の原稿のときから変えていません。創業者である遠山正道から僕は社長という仕事を受け継ぎましたが、そこで「遠山のブランド」が「松尾のブランド」になったという認識の仕方はしていません。遠山というカリスマ経営者が生み出したブランドを、お客さまや取引先などあらゆるパートナーのものとして解放していくことが自分の役割だと考えてきました。
よく例えるのが、遠山は劇作家のシェイクスピアのような存在だということ。遠山が書いた「スープストックトーキョー」という演目を僕たち経営陣がその時々の時代に合った演出をして、従業員やパートナー社員の皆が役者として演じてもらう。僕自身がシェイクスピアになるわけではない。そんな考えもあったので、2016年にスープストックトーキョーの社長に就任した際に「世の中の体温をあげる」という企業理念を制定しました。
この言葉は、僕が新しく考えたものではなく、遠山が過去につくっていた資料のなかにあった言葉。この「世の中の体温をあげる」という言葉があることで、「スープストックさん」という属人的ではない企業の人格をつくっていけるのではないかと考えました。
今回の件についてもスープストックトーキョーとしてこれまで続けてきた仕事の結実だから、発言者がいるとすれば、それは「スープストックさん」という人格でよいと思いました。1999年生まれのスープストックさんはもう24歳になるので、自分の言葉で語れるだけの人生があるとも考えました。なので、そもそも僕が書いたというより、ブランドを擬態して書いたイメージです。そこで当然のこととして、署名には「一同」と書きました。そして、「一同」と書くからには、緊急朝礼で全員と読み合わせをしてから発信をしました。
−−メッセージに対する反応・反響はどうでしたか。
松尾:経営者や起業家、マーケターの方などからは「ブランドの姿勢がよく伝わる発信だった」といったメッセージをもらいました。
また社内での反響も大きかったです。当社には理念を体現した人にメッセージカードを送り、互いを讃えあう文化があります。公開の翌日、オフィスに戻ってくると僕の席に「自分たちの気持ちを代表してくれてありがとうございます」と書かれたカードが置いてありました。どちらもうれしくて涙が出ましたね。
工藤さんには、そんな感情が揺さぶられる1週間ちょっとの期間をすごく支えてもらったと思っています。ブランドのことを自分ごととして考えていて、今回の出来事で信頼感はより一層高まりました。
社会を変えるため、まずは目の前にいる人の体温をあげる
−−これまでポジティブな側面ばかりが語られがちだった企業理念ですが、それが明確なことで今回のような炎上リスクにおいても機能することが証明されましたね。
松尾:僕が社長になった7年前に「世の中の体温をあげる」という言葉をもう一度背負って、毎日やろうと思った。人事でも、会議でも何なら飲み会でも「体温をあげる」って言っています。目指したのはマニュアルがなくても、自発的に人のために何かができて、それを会社として褒めるカルチャーの醸成です。
工藤:私にとって大きな気づきだったのですが、「何かを徹底する」というとき、そこには「しなければ」がついてくると思っていました。そこをスープストックトーキョーは「したい」と思っている。みんなが能動的、主体的なので日々の活動に落とし込めているのだなと感じています。
松尾:遠山が最初に事業の企画書をつくったとき、何のためにやるのかを一言で表現したのが「共感」です。僕は2004年にジョインして、それを良いと思っていながら何に共感するのかピンと来ていないところもあった。共感の対象があった方がいいと思っていてそれが「世の中の体温をあげたい」という姿勢につながっています。
「世の中」という人はいないので、まずは目の前の人の心の温度をあげましょうと、これを掲げてからすごく呼応してくれる人が増えました。働きたいといって来てくれる人も、以前は遠山のファン、スープが美味しいという人が多かったけど、今は理念に共感しましたという人が増えた。「世の中の体温をあげる」という理念はみんなが自分を重ねやすい言葉になっているのだろうなと感じています。それが前述の6枚の原稿をまとめるときに、メモに記した「抱きしめたい」という言葉にもつながっています。
ビジネス視点でも「世の中」という言葉を使って良かったと思っています。なぜなら人だけではなくて社会、世界全体も含めることができるからです。工藤さんが「どれだけ良い仕事をしていても、世界の片隅で小さなことをやっているだけでは、なかなか社会は変えられない」と言っていて、深く共感しました。小さいことではインパクトがないというのはその通りで、遠山もそれは理解していた。20年コツコツやってきて、いろんなパートナーと組んできたし、「世の中」を掲げているのだから、大きくしてブレたり、薄まったりするのはダメだけど、もうちょっと規模は拡大したいなと思い始めています。
だからといって1万店出店を目指す、世界中にお店をという話でもないと思っています。お店での体験を通じて、お客さまが他の誰かに優しい気持ちになれる、それは、直接関与はしていないけど体温をあげている。まず目の前にいる人に次のアクションにつながるくらい「体温をあげる」仕掛けをしようというのが僕たちのやり方です。
まずは抱きしめて自分を愛することができるようにしてくれるブランド
工藤:今回、改めてスープストックトーキョーは「利他の心」を持っているブランドだなと思いました。自分を愛していない人に利他の心を持てと言っても無理で、このブランドは利他の心を持ちなさいと言うだけではなくてまずは抱きしめてあげて、自分を愛することができるようにしてくれる。だから「利他の心を」と言えるのだと思います。
私は新卒で資生堂に入社してマーケティングの仕事をしていました。その時に、マーケティングという技術を使って売上を上げることが社会を変える最大の方法だと思っていましたが、それだけではないかもな、と思い始めています。
売上の大きさ=直接的なお客さまの行動変容というインパクトによって社会を変えることだけではなく、今回の騒動のように理念の共感者を個人・企業で増やしていって、その共感者がそれぞれの立場で実行していくことで変革の総量が増えていく。後者を実行していくためには、今回のように深くアンカーを刺していくようなやり方があるのだと学びがありました。
松尾:これまで東日本大震災にコロナ禍と歴史に残るような大きな出来事を経験し、乗り越えてきました。そして、乗り越える度に「生かされている」と感じます。理念や思想を持っているブランドだからこそ、世の中と向き合うときには支え合える人があらわれる。ひとりの経営者の力で乗り越えているというよりは、ブランドが積み上げてきたものが運を手繰り寄せるのだと思う。
そういう意味では今回も含めて、ブランドが問われる時というのは日頃の積み重ねの答え合わせができる。声明を出したあと、売り上げも伸びたし、お客さまも増えましたがこれからも努力は必要。経験を血とし、肉としながら「Soup for all!」で世の中の体温をあげていかないとこれからの変化は乗り越えられないかもしれない。声明を出した以上、やらないといけないという責任も感じています。
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