クリエイティブ領域で進むAI 活用を 読み解く「6 次元モデル」
今年はAI(Artificial Intelligence)の活用が目覚ましい進展を見せ、特にクリエイティブ領域でのその影響が顕著です。その象徴的な事例が、今年6 月にフランスで開催された「カンヌライオンズ」でも見られました。
受賞作の中には、AIを制作過程やコンセプトに取り入れた作品が数多く含まれており、AIの存在感が強く示されると共に、広告業界におけるさらなる活用が予想されます。
さまざまな広告クリエイティブを見ていると、評価される表現が国・地域によって異なることがわかります。ここでは、各国・地域が持つ独特の文化的価値観が大きな役割を果たしています。
これらの文化的価値観の違いを解析するモデルとして、オランダの社会心理学者 ヘールト・ホフステード博士らが開発した「6次元モデル」があります。このモデルは、①権力格差 ②集団主義・個人主義 ③女性性・男性性 ④不確実性の回避 ⑤短期・長期志向 ⑥人生の楽しみ方、という6つの次元で文化的価値観の違いを分析します。
文化的価値観がAIの活用の仕方を方向付ける
このモデルを通じて今年の国際広告関連アワードでAI を活用した受賞作を分析すると、以下の2つの洞察が得られます。
ひとつ目は、「AI を効果的に使うには文化的価値観の理解が必要」ということです。なぜなら、結局、広告クリエイティブの評価は文化的価値観に沿ってなされるからです。たしかに、現代の多くの新しいツールの中で、AIによる変化の範囲と深さは驚異的です。しかしながら、どのような新技術が登場しても、文化的価値観の方向性は一貫しています。
そして、広告クリエイティブの評価はこの文化的価値観に基づいています。実際、入賞した作品を見ると、AI を活用しようがしまいが、特定の文化圏の価値観を鮮明に表現している作品が目立つことに気付きます。
たとえば、「Exhibit A-i」という作品は、オーストラリアにある法律事務所Maurice Blackburnが企画した、難民の保護を促進するためのものです。この作品では、証言としてしか存在しなかった難民への虐待をAIを使って視覚化し、社会変革を訴えています。
アメリカ、イギリス、オーストラリアなどは共通の文化的価値観を持っており、しばしば同じ文化圏として考えられます。ホフステード指数で見ると、これらの国は個人主義が強く、集団メンバーの間の権力の差(権力格差)が低いと評価されます。
このような文化的価値観は、古くはアメリカ独立宣言(1776 年)にも見ることができます。
「全ての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」という文面から、個人の平等と自由を重視する価値観(つまり、権力格差が低く、個人主義を尊重する)を明確に見て取ることができます。
現在、世界のリベラル派を中心に、基本的価値観の徹底を進める活動が進行しています。この活動の一部として、たとえば2021 年11 月には、独立宣言の起草者でありながら黒人奴隷を所有していたトーマス・ジェファーソンの像がオレゴン州ポートランドで引き倒されるという事態も見られました。
18世紀の独立宣言にある「全ての人間」は、当時はおそらく限られた白人を指していたと思われます。しかし現代では、少なくともリベラル派の価値観において、人種や宗教を超えた全ての人々を含むように解釈されています。これは、移民への自由と平等を訴えるExhibit A-iの表現がはっきりと示しています。
Exhibit A-iには、共通で強固な価値観(個人の平等と自由は重要である)を具現化するという意思が極めて強く見て取れます。この点が重要なのです。というのも、その意思の強さがAIの活用方針に影響しているように見えるからです。
生成されたビジュアルは、AI が作成したものなので、実際の写真ではありません。そのため、場合によっては「過剰な表現なのでは?」「誤解を招くのではないか?」という批判を招くかもしれません。しかし、ここではそうした批判への配慮の優先度は落とされているように感じます。これが日本であれば、周囲のさまざまな観点に配慮することが優先される文化的価値観があるため、どのような反応が出るか予測不能なAIの利用には躊躇する可能性があります。
Exhibit A-iの舞台であるオーストラリアでは「個人の平等と自由は尊重されるべき」という共通の価値観を信じているからこそ、AIは有用な新しいツールと認識し、その利用に対する躊躇は薄れたのではないでしょうか。
このリベラル派の価値観は、自我を持つと考えられる全ての生き物(ペットや家畜などの動物を含む)にも適用される範囲が広がりつつあります。その結果、AI をツールとして活用し、これらの価値観を現実化する社会的な取り組みが登場すると予測されます。たとえば、広告賞を受賞した作品が「動物の自由と権利をAI で守る」というテーマであるというのも、十分に考えられる事態です。(……以降は月刊『ブレーン』9月号p.37から39でお読みいただけます)。
▼この後のトピック
・データ中心の世界における米・英・豪の価値観
・Nike「Never Done Evolving feat Serena」を文化的価値観から分析
・日本国内の広告展開で意識すべきこと
『世界の広告クリエイティブを読み解く』
山本 真郷・渡邉 寧 著/6月27日発売/定価:2,420円(本体2,200円+税)
ある国では「いい!」と思われた広告が、なぜ、別の国では嫌われるのか?そこにはどんな価値観のメカニズムがあるのか?オランダの社会心理学者 ヘールト・ホフステード博士の異文化理解メソッド「6次元モデル」で世界20を超える国と地域から、60事例を分析。グローバルな活躍を目指すマーケターやクリエイターはもちろん、あらゆる人に広告を通じて「異文化理解」を楽しく学んでいただける一冊。
月刊『ブレーン』2023年9月号
【特集】AIの民主化で際立つ
人間・文化の視点
世界のクリエイティブ
- ▼31人のクリエイターに聞く海外アワード2023
- 時代を映す注目事例とキーワード
- ▼海外アワードに見る
- AIとの共創の可能性
- ▼AI 活用の前に理解しておきたい
- 国・地域で異なる「文化的価値観」
- (文:渡邉 寧)
- ▼審査員と応募者
- 双方の視点からひも解く
- 企画の見方
- (八木義博)
- ▼海外アワード2023
- 日本の受賞作品
- ▼ヤングカンヌレビュー
- 受賞へのあと「一歩」は?