コミュニティから得られる声が、次の挑戦につながる
【本文中・敬称略】
データの共有を通じて 社内のモチベーションが高まる
福吉:小川さんは収集、分析した顧客データを社内で共有していますか。
小川:はい。お客さまを基点とするデータを集めようとなると社内の複数の部門の人たちが関わります。ですから、共有することも大事ですし、共有した結果、お客さまを中心に社内の複数部門をつなぐような働きかけをしています。
福吉:すごく共感します。お客さまに関するデータを共有することは、社内のモチベーション向上にもつながりますよね。
いま当社のサイトの分析を進めていて、ドメインごとのアクセス時間なんかも収集しています。これまでのヱビスブランドサイトの商品ページは、製法や原料についてさらっと触れる程度で、美味しさをはじめとする情緒的価値を中心に構成されていました。「それでいいのかな?」という気持ちもあったのですが、「ヱビスビアタウン」でファンの方から「もっと商品の詳しい情報を記載して欲しい」というご意見を頂く事が何度かありました。
そこで原料や製法についてしっかりと説明するようコンテンツを見直すことに。その結果、まずはサイトの滞在時間が伸びました。理由を分析すると、やはり見事にホップの情報や、製法の説明部分の滞留時間が長くなっている事が分かりました。その結果をコンテンツ制作に協力してくれた技術や調達の人たちに伝えたら、とても喜んでもらえたのです。
小川:データを通じて自分の仕事がお客さまに喜んでもらえたことがわかると、仕事に向き合う姿勢も変わりますよね。
福吉:自分たちがつくった商品をどんなお客さまが買って下さったのか。なぜ売れているのか。誰が喜んでくれたのか。こうした情報のひとつでも、届くだけで仕事に対する気持ちって変わりますよね。
投資効果だけでは分からない
ファンコミュニティの価値
福吉:小川さんはオンライン以外での情報収集もしていますか。
小川:お客さまを理解するためにはデータだけでなく、ときにデプスインタビューのような手法も必要だと思って取り入れています。よりお客さまを理解することを目的に、福吉さんと同様にファンコミュニティも運営しています。
福吉:直接、お客さまとコミュニケーションをとれる機会は貴重ですよね。「ヱビスビアタウン」を始めたのは、お客さまにアンケートを取ったところ、他のファンと会話をしたいという意見や、レシピの情報を交換したい、中の人と話してみたいというような意見をいただいたためです。僕自身も若いころからの「ヱビスブランド」のファンだったので、皆さんも同じような気持ちなのだということを改めて感じました。
僕もコミュニティの中に入って直接要望を聞くし、それを実現すればお客さまは「自分の提案を受け入れてくれた」と喜んでくださる。さらに、その事実を実現に向けて協力してくれた社内のメンバーに共有するとインナーモチベーション向上にもつながります。
小川:少数であってもファンのような方たちと直接接することで得られるものは多いです。アンケート調査では出てこないようなお客さまの意向も把握できますから。
マーケティングにおいては、正規分布の真ん中あたりの市場を取りに行くのが王道だと思います。でも、SUBARUはメジャーブランドではないので、王道の裏側にオポチュニティを見出したい。そんな考えもあって、データから顧客を分析しながらも、データだけでは見えないお客さまの意向を知りたいと考えています。
福吉:ただ、定性的な情報だけでは、例えば新商品の開発に際しても、社内の説得は難しいですよね。でも最も大きな市場を対象にするのはわかるのですが、当社が狙うべきなのは、そこなのか、という疑問を持つこともある。その点で、当社でうまくいったのが「男梅サワー」という商品です。梅サワーはレモンサワーと比べると、市場規模は小さいのだけど、そこに競合は参入していない。もちろん、調査データなども見て「梅サワーは飲用している人が多いのに、RTD商品が少ない」という事実に気づいて開発が進んだと思いますが。
ただ、いずれにしろマジョリティではない部分を見ることも大事ですよね。求められているコアバリューからぶれないのなら、ときに小さな池を選ぶような動きができないと生き残っていけない。そうした意味で、ファンコミュニティから得られる声は重要だと思います。
小川:福吉さんはコミュニティ運営の投資効果を問われることはないのですか。
福吉:もちろん、投資効果は問われます。すでに、会員と非会員で比較すると会員の方が倍近く当社の商品を購入していることがわかっていますが、そのデータを見せても「もともと購買意向の強い人が会員なのではないか」という指摘も出てきてしまいます。
小川:それに対して、どのように答えているのですか。
福吉:確かに、もともと購買意欲が高かった人である可能性も否定できません。ですが、これまではファンの方たちの購買行動すら可視化できていなかったので、それがわかるようになっただけでもコミュニティ運営の意味はあるのでは、と答えています。
加えて、もともと購買意向の高かった人にきちんと最新情報や開発の裏話的なコンテンツが届く環境を整えたことにも意味がある。売上と直接関連づける投資対効果は明確ではないものの、間違いなく効果があったという説明をして「確かにそうかもね」とは理解してもらっています。
社内に対する報告に際しては、ファンコミュニティ参加者と購買データを紐付けたものもつけています。
小川:僕らも「コミュニティに参加している人のLTVは5割程度高いことがあるといった話をすると「元々購買意欲の高い人がいるからでしょ」と言われます。ですからデータは追いながらも、最終的には直接、お客さまの声を聞くしかないと考えています。
人間は合理的な生き物ではない だからこそデータに意味が生まれる
小川:今後は車も、もっとインターネットにつながって、乗っている間にサービスができるようになる。そこで提供するサービスは何であるべきかというと、やっぱり納得や共感がある、その車を買ったからこそ提供できるエクスペリエンスをいかにつくるかが課題になります。
福吉:そのためにもお客さまをより深く知る必要がありますよね。ブランドを買って、使って良かったと思ってもらえなければ、そのブランドはレゾンデートルをなくしてしまうのではないでしょうか。「ヱビスビール」はビールの世界でトップシェアを誇るブランドではありません。ただ、ファンのお客様や特定のオケージョンで指名購買される割合がとても高いです。「ヱビスビール」のようなブランドは、特に「買うべき理由」をしっかりとつくっていかないといけないし、選んでくださったお客さまの期待に応えていくことも重要だと考えています。
小川:それはメーカーとしての責任ですよね。自動車の場合、モノそのもので柔軟に期待に応えていくことは難しい。だからこそ、サービスも含めた体験価値全体で選ばれる理由を常に磨き上げ続けていく必要があると考えています。プレッシャーは大きいですが、返せばまたリアクションがあって、好循環が生まれていきます。
ちなみに僕が「ヱビスビール」で、とても良いなと思う体験が「ラッキーエビス」です。通常ラベル内には1匹しか描かれていない鯛が、時々もう1匹登場するラベルに遭遇すると、とても幸せな気持ちになりますよね。ああいう取り組みからブランドの姿勢が見えます。
福吉:決して、すぐに売上につながる取り組みではないですが、こうしたことを継続することがブランドの存在意義をつくっていくように思います。「ラッキーエビス」には、お客さまの幸せを願ってお届けしている「ヱビスビール」の姿勢が表現されていると思います。
小川:「お客さまの幸せを願う」って素敵な言葉ですね。やはり、パーパスというか、そのブランドの姿勢を表す言葉って、大切ですよね。
福吉:データをテーマにした対談ではありましたが、小川さんとは、手法論を超えたお客さまに向き合う姿勢で共感するところが多そうです。
小川:結局、人間って合理的な判断だけで生きているわけではないですよね。データをもとに勝率を高める努力は必要ですが、すべてを合理化、確率論に従うことによって新しい挑戦の芽を潰すような使い道にするべきではないと思います。
福吉:その通りだと思います。僕は社内で成功も失敗も可視化して残しています。その理由は判断材料になるから。成功にも失敗にも学びはあるので、そういう目で見たときにデータは生きる。
データの見方と活用の仕方について、社内リテラシーをどう上げて、その担い手をどう育てるか。自分だけができてもダメで、組織化して、組織として“話ができるようになるのが理想ですね。あとは目の前の成果にとらわれてしまうと結果的にお客さまを忘れることもあるので、お客さまの行動がなぜ起きたのか、何が良くてそうなったのかを顧客視点でデータを見るというのも大事だと思います。