「広告」がマーケティング活動の中核として機能していたマス・マーケティング全盛時代と比べると、クライアントがパートナー企業に期待する機能や役割は変化しています。「メディア枠」の提供からマーケティング課題を解決する「ソリューション」の提供へ。「広告代理店」から「マーケティング支援会社」へと進化が始まっています。広告業界のビジネスモデルが変化をしていく中で、広告業界の経営や人材マネジメントはどうあるべきなのでしょうか。
本連載は創業者である若村和明氏が、自らイベント会社を経営し、広告産業におけるプロジェクトマネジメントの課題に直面。その課題の解決につなげようと開発された案件収支管理システム「プロカン」を提供するシービーティーと宣伝会議の共同企画。シービーティーの若村和明氏が登場した1回目に続き、広告・クリエイティブ産業のトップランナーの方たちの、ビジネスに対する考えに迫ります。連載2回目は、TBWA\HAKUHODOの細田高広氏に話を聞きます。
広告業界でせめぎあうシステム化とタレント化
―細田さんは現在、広告ビジネスに起きている変化をどのように捉えてらっしゃいますか。
大きくは2つの変化が同時に進行していると考えています。ひとつ目は、広告業が「システム業」になるという流れ。そしてもうひとつ、対流として「タレント業」になる動きがあります。
システム化の背景にあるのは広告媒体の多様化・分散化です。デジタルメディアにソーシャルメディア、そしてインフルエンサーの時代になりました。しかもひとりの著名人より身近な「マイクロ・インフルエンサー」を多数束ねて結果を出すのが今のトレンドです。このように広告ビジネスは日々、複雑化する方向で進化します。人の手には負えません。だからこそ科学的に効率よくプランニングし、結果を早く正確に計測するための「システム」への投資が大切になったのです。広告業界は「メディアの不動産屋」からIT業界に近い「システム屋」に変化しました。今や装置の精度が最大の争点になりつつあります。
その一方、システムでは対応できない状況を突破する創造的な「個の力」がこれまで以上に求められる逆説的な状況も生まれています。これは必ずしも伝統的な意味でのクリエイティブ職に限ったことではありません。マーケティング戦略でもプロデュース業務でも「ぜひ、この人にお願いしたい」という人が存在するものです。システムが導く正解が同質化した状況では、飛び抜けた別解を持つ個人が差別化の要因になるわけです。
ただ、都合が悪いことに装置中心の「システム業」と才能中心の「タレント業」のマネジメントは、同じ仕組みで行うと不具合を起こすものです。この2つのモデルのせめぎあいこそ、特に大手広告会社やメディア企業などが直面している最大のマネジメントイシューだと思います。
広告業界でせめぎあうシステム化とタレント化
―システム化とタレント化の2つがせめぎあう状況では、広告会社内における個の評価がとても難しくなってくるのではないでしょうか。
その通りです。私自身、自社内では2つの座標軸を持ちバランスを検証しているところです。ひとつはスキルレベルの絶対的基準を設けて個々人の発揮スキルと比較する方法です。けれどそれだけでは画一的になりすぎ、柔軟な運用が難しい。
絶対的基準では測れない個人の「タレント性」を何で測るかといえば、そこはやはり「成長」に注目することになります。バラバラな方向へ伸びる成長を認め、とことん尖ってもらえるように、他の誰でもなく「今の自分」と「未来の自分」を比較していきます。
その場合、指標自体もお互いに話し合いながらつくらなければなりません。すごく手間がかかります。私たちのチームでは年度始めに各自に「今年はこれを目指す」という指標を、「ビジョン・アクション・ゴール」の3点でまとめてもらい、それを軸に評価設定をしていく仕組みにしています。
プロジェクトの長期化によりモチベーションの維持が課題に
―クライアントのプロジェクトにおけるマネジメントも難しくなっていると思います。
全般的に言えるのは、プロジェクトが長期化している、ということですね。近年は広告単品のプロジェクトというよりもブランドに並走し続けるプロジェクトが主体になってきています。
かつて、広告業界では「360から365へ」と言われました。これは、消費者を360度囲い込むコミュニケーション提案から、365日いつでも消費者とつながるコネクションのあり方を考えよう、という提言でした。それが今、まさに日常になっています。こうした長期化するプロジェクトを率いるクリエイティブリーダーには、全体のプロセスを「物語る力」が求められます。何を目指し、今どこにいて、次に何をするべきか。仕事をドラマタイズし、ひとりひとりの創造性を引き出し続ける必要があります。
ただ、日本では「一人ひとりの創造性」を中心においた組織マネジメントについて、あまり議論されてきませんでした。歴史的に製造業が強い日本では、マネジメント理論も製造業由来のものを転用することが多く、どうしても機械的な「工数管理」と「時間管理」に陥りがちで、そこにストーリー性の入り込む余地がありません。当社では、才能を引き出すためにクリエイティビティの3要素をマネジメントすることを大切にしています。具体的には①専門性、②創造性、③(内発的)モチベーションの3つです。
特に3つ目の「モチベーション」が鍵だと言えるでしょう。これがなければどんなスキルも創造性も発揮されませんから。では、モチベーションは何によってできているのかといえば、その成り立ちはさらに次の3つに分けられます。①自律性、②成長実感、③目的。
クリエイティブ組織のリーダーの役割はまず、みんなが「いまここ」で仕事をする大きな目的をつくり、自由に「チャレンジできる環境」を用意することにあります。そして、成長した点を指摘しつつ足りない部分をフォローする。それがリーダーシップの仕事です。
“尖った才能”が集うチームつくる鍵は「組織の柔軟性」
―働き方改革について、広告業界でこんな点が変わればもっと働きやすくなる、といった思いがあれば聞かせてください。
広告業界において、働き方改革はもちろん必要だと感じます。例えば、時間の制限を設けてアラートを出す仕組みは必須といえるでしょう。そうでなければ、モチベーションの話は容易に「やりがい搾取」につながってしまいますから。
ただ一方、働き方改革が画一的なシステムの導入だけで行われることに関しては注意が必要です。ジョブディスクリプションやスコープオブワーク、時間管理の仕組みはうまく使わなければ、本来モチベーションに必要な「自律性」や「成長実感」を奪う可能性があると感じています。一律にルールを導入し、マネジメントがルールの番人として権威的に振る舞うなんて最悪です。才能をマネジメントしようとする企業ならば、ルールと「あそび」の両方が欠かせませんよね。
今、広告に限らず日本のさまざまなクリエイティブビジネスの現場で「尖った才能」が独立を選ぶ傾向が見られます。彼・彼女らの多くはシステム発想を極端に嫌う人たちです。本来は尖った人材こそ手を組み、チームの力で、ひとりではつくれない大きなインパクトを世の中につくりだすのが理想です。だからこそ私たちは「尖った人材のコミュニティ」として組織をデザインしたい。
システムに人を合わせるのではなく、人に合わせて組織とシステムは設計されるべきで、この課題にこそクリエイティブな発想がもっと必要だと感じています。
組織とシステムは人に合わせて設計されるべきで、「頑張り」のような抽象的な概念を見える化するために、手間のかかる事務的な定期報告や集計作業が自動化できると良い。こういった情報がデジタルによって可視化されることで、「尖った才能」が能力を発揮し評価される環境がつくれると理想です。
「編集協力/株式会社シービーティー「プロカン」」