月刊『ブレーン』2023年9月号では、総勢31人のクリエイターたちの回答から、注目の事例やキーワードを抽出して掲載。詳細はこちらからご覧ください。
〈回答者〉
TBWA\HAKUHODO チーフ・クリエイティブ・オフィサー 細田高広氏。
――2023年に結果が発表された国際広告関連アワードの入賞作またはエントリー作品の中で、特に注目した事例は。
- Supercell/Clash of Clans「Clash from the Past」
- (Wieden+Kennedy+Spark&Riot)
- カンヌライオンズ:エンターテインメント(Gamin)部門グランプリ、エンターテインメント部門グランプリほか
ゲームタイトルの歴史40年をでっちあげる巧みなストーリーテリングとクラフト力。ソーシャルグッドの時代は、真実とドキュメンタリーが重用される時代でもある。だけどやっぱり僕たちは真実より面白い、最高の「虚構」を求めているのだと気付いた。
- Makro「Life Extending Stickers」
- (Grey Colombia)
- カンヌライオンズ:アウトドア部門ゴールドほか
果物が店頭で変色するという長年の問題に、小さなステッカーでひとつの答えを示した。資金や資源や技術、ましてAIやNFTなんかなくても創造性さえあれば解決できる! 今年いちばん自分が思いつきたかったアイデア。
- Corona「Corona Extra Lime」
- (Draftline Shanghai+DAVID+Macarena.co)
- カンヌライオンズ:チタニウム賞
「自社のビールに合うライムが中国国内にない。輸入するか。それとも……?」というビジネススクールの教材のようなお題。トップの決断こそ最大のクリエイティブになりえると分かる事例。
――カンヌライオンズのイノベーション部門で審査を担当されました。作品の傾向や、審査時に感じたことは。
改めて。イノベーションとは、テクノロジーのことではない。
イノベーションの本質は、生活や社会の変化をつくることです。もう元には戻れない、と思える「転換点」 をつくれるかどうか。テクノロジーはそのための手段。生成AIやSpatial Web、テクノロジーを使っただけで満足してしまう仕事も少なくありませんでした。技術に頼り過ぎて、創造性が見えないのです。結果的に、受賞した作品は、テクノロジーそのもの以上に、これまでにない新しい生活を鮮明にデザインした仕事が多かったように思います。
イノベーションは、物語で完成する。
グランプリの「MouthPad∧」はMIT発のスタートアップが開発したプロダクト。両手が使えない人のためにつくられたマウスピース型のデバイスで、上顎にはめて舌で操作します。これも技術が優れているのは当然ながら、舌を「指」として使えるようになることで、両手が不自由な人々が、絵を描いたり、難しいゲームを操作したり、マスターベーションさえ楽しむことができる。解決にとどまらない、解放の未来を提示したストーリーに支持が集まりました。
スケールしなきゃイノベーションじゃない。
それがどこまで広がる可能性があるか。実際に広がっているか。「スケーラビリティ」という概念がとても重要な審査になりました。奇抜なプロトタイプを評価する時代は終わり、本当に世の中に普及して影響を与えるものを評価しようという機運が高まったのです。
その点、P&G/Arielの「ECOCLIC」のプレゼンは説得力がありました。近所のスーパーで買ってきたパッケージをそのまま審査員に配り「すでに行き渡っている」ことを印象付けたのです。
――審査の際に議論になったことは。
以下の3つの視点が事実上の評価の視点になりました。
1、Accessibility
それは誰もが使えるか。ハンディキャップがある人でも使えるのか。肌の色や人種による不利益はないか。そして、必要な人が必要な時に買えるものであるかどうか。こうした幅広い意味での「アクセシビリティ」が議論になりました。どんなに優れたアイデアでも、一部の人のものであったり、高価すぎたり、特定の人種に不利益があるものは認めないという考え方です。
2、Scalability
イノベーションは生活・社会に変化を起こすことですから、ある程度の広がりがないと意味がありません。どれだけの市場になるのか。ユーザー数になるのか。スケールの可能性が厳しく議論されました。
3、Creativity
結局、カンヌはクリエイティビティの祭典です。技術だけすごいものや、戦略だけすごいもの、結果だけすごいものは意味がありません。人間の創造性を使うことでビジネスと社会の課題を、予想もしなかった方法で解決する。そんなアイデアを審査員がみんなで探していました。
――生成AIに関して審査の過程や現地で話題になったこと、ご自身が注目されていることは。また、今後クリエイターと生成AIの関係はどのようになると考えますか。
AIとは結局、プロセスである。使うだけで面白くなることはない。
イノベーション部門は部門の成り立ちから、当然、AIを使ったアイデアがたくさんありました。画像分析する、映像や画像の生成、AIで伝記や絵を書くプロジェクト……など。ただこうした事例はあくまで「プロセス」を変えるものです。アウトプットの本質を大きく変えるわけではありません。AIを使ったからといって新しいものが生まれるわけではないことに注意が必要です。中にはAIを使ったこと自体をアイデアとした出品もありましたが、的外れに感じました。
実際の業務でも、AIがプロセスを変えるか、アウトプットを変えるのか、冷静な見極めが必要でしょう。過去、Google検索を手にして、私たちは確かに世界中のイメージや情報を手に入れることができるようになりました。とても便利だけれどそれが劇的に創造性を高めたか?と問われれば微妙なところです。
AIは「Augmented Intelligent(拡張知性)」と捉えたい
TBWA\HAKUHODOではクリエイティブは全員、生成AIを使いこなせるようにトレーニングをしてきました。けれど学ぶほどに、熱狂するというよりは、冷静にAIと付き合えるようになります。個人的にはAIはArtificial Intelligence「人工知能」というよりAugmented intelligence「拡張された知性」と捉える立場をとっています。クリエイターの代わりになるのではなく、クリエイターの増設された知性として、今後も、いいブレスト相手や、いい作業仲間にはなってくれるのではないでしょうか。
――広告クリエイティブに関連して、今注目するキーワードは。
「World Building(世界構築系クリエイティブ)」
ゲームカルチャーの影響で、ユーザーが没入できる「世界」そのものをつくりあげるクリエイティブの成功例が見られます。先述の「Clash from the Past」や2021年のカンヌライオンズ(ソーシャル&インフルエンサー部門)でゴールドを受賞した「Super Wendy’s World」その典型。ゲームでもリアルでもこうした手法は広がりそうです。
最近では、映画『バービー』の世界観を再現したプロモーションや、話題を呼んだ「クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ展」も、ブランドを没入できるものにする流れと言えます。
「Accessibility(アクセシビリティ)」
何かしらの障害を持つ人々は世界で約13億人と言われています。プロダクトやサービスの外側にいた人を、どうやって包摂するか。人間性と想像力で解く、この種の課題はまだいたるところに残っています。「サステナビリティ」と並ぶビッグキーワードになるかも?
「DATA-TAINMENT(データテイメント)」
データ信仰もひと段落。ビッグデータ!と叫ぶ人も減りました。肩の力が抜けた今、データをユーモラスに使ってエンターテインメントに仕立てるアイデアが増えました(カンヌでも話題になったStella Artoisの「The Artois Probability」。大昔の絵画のビールを調べても役に立たないですが、とても面白くてブランドが好きになります)。
月刊『ブレーン』2023年9月号
【特集】AIの民主化で際立つ
人間・文化の視点
世界のクリエイティブ
- ▼31人のクリエイターに聞く海外アワード2023
- ・時代を映す注目事例と
- キーワード
- ・海外アワードに見る
- AIとの共創の可能性
- 〈回答者〉(五十音順)浅井雅也、阿部光史、荒井信洋、石井義樹、石川俊祐、石原 和、泉家亮太、井口 理、岩崎亜矢、岡村雅子、小川信樹、小田健児、金箱洋世、木村健太郎、窪田新、小山真実、佐々木康晴、嶋浩一郎、杉山元規、鈴木佳之、関谷アネーロ拓巳、多賀谷昌徳、田中直基、谷脇太郎、張ズンズン、出村光世、中島琢郎、萩原幸也、平井孝昌、細田高広、松宮聖也
- ▼AI 活用の前に理解しておきたい
- 国・地域で異なる「文化的価値観」
- (文:渡邉 寧)
- ▼審査員と応募者
- 双方の視点からひも解く
- 企画の見方
- (八木義博)
- ▼海外アワード2023
- 日本の受賞作品
- ▼ヤングカンヌレビュー
- 受賞へのあと「一歩」は?