「ファンから支持されている価値」をブラさずに活動していく
小藥 ちなみにヤッホーさんではユーザーの皆さんを、「生活者」「お客様」「ターゲット」ではなく「ファン」と呼んでいるんですね。自然と発してらっしゃいますが、そのようなところこそブランドの価値観の表れ、個性だと感じます。
長岡 「宴」を始めた頃からですね。もちろんマーケティング的な活動上、「お客様」と表現することもありますが、通常は「ファン」と呼ばせていただいています。
当初はビールをいかに売るかということばかりに注力していましたが、ヤッホーのミッションは「画一的な味しかなかった日本のビール市場にバラエティを提供し、新たなビール文化を創出する。そしてビールファンにささやかな幸せをお届けする」こと。それをチームビルディングとセットで進めていくと、そこにいるのは「ユーザー」ではなく「ファン」なんですね。ビールファンを増やし、皆さんにささやかな幸せをお届けして、一緒に新たなビール文化をつくっていく。社内でそのことが日常的に語られ、ファンイベントも開催するようになり、「ファン」という言葉を当たり前のこととして使うようになりました。
小藥 ヤッホーのファンとビールそのもののファン、どちらを意識していたのでしょうか。
長岡 大手メーカーとはまず市場規模が違いますし、クラフトビールメーカーがたくさんある中で製品も埋もれてしまいやすい。そのため、まず手に取ってもらう、名前を覚えてもらうための工夫が必要でした。そこで、パッケージデザインもネーミングもこだわりを持って、見た瞬間に「おやっ」と思ってもらえるものを考えてきました。ヤッホーの製品はおそらく万人には受けないと思いますが、そういうのが好きだという方が100人に一人くらいいて、その方たちが熱量高く好きになってくださって、さらにはリピート購入して、さらにはヤッホーという会社そのものも好きになってくださって……と、そういうかたちでファンが増えてきたという感触があります。
小藥 ヤッホーさんのお話を聞いていて、まず会社としての理念やビジョンが最初にあり、それを実現するためのプライスがあり、ネーミングがある。そこが一つにつながっている。ちゃんと立ち戻れるんですよね。そこが重要だと感じます。目先のことだけを追ってしまうブランドが多い中で、それが実現できているのは素晴らしいことだと思います。
長岡 ありがとうございます。製品の開発秘話やネーミングについては、社員みんながきちんと語れるように研修なども行っています。
小藥 ちなみにネーミングは、社員皆さんで決めているんですか。
長岡 製品ごとにプロジェクトが立ち上がり、実際にターゲットとなる人たちのペルソナなどを判断基準に、それらに照らして一番いいものを最終的にコアなメンバーが決めていきます。ただ最終決定に至る過程では社員にネーミング案のアンケートを取ったり、外部のデザイナーやパートナーにも相談しています。ですので、ヤッホーの社員はどの製品にも広く薄くですが関わっていますね。
小藥 多くの企業では事業部や宣伝部がその部分を担うわけですが、ヤッホーさんのカルチャーでは「どう思う?」と気軽に聞くことができる環境があるからこそ、社員も関わっていけるのかなと思いました。ファンの皆さんにも聞いたりするのでしょうか。
長岡 市場調査のアンケートなどで、ファンの方にいただいたご意見を反映していくこともあります。例えば最近で言えば「酔いたくないけど、アルコールを飲みたい」「酔いたくないけど、お酒を飲む時間を共有したい」というニーズがあることが、ファンや市場調査の中でわかってきて、それをもとに昨年「正気のサタン」というアルコール度数 0.7%のIPAを発売しました。
小藥 おそらくファンの方にとってヤッホーの新製品は、自分の好きなアーティストの新譜を楽しみにする感覚に近いんでしょうね。「あ、こんな曲できたのか」のような。コアなファンはすでにたくさんいらっしゃいますが、今後そこからどう広げていこうと考えていますか。
長岡 ビール市場において、クラフトビールは1.5%程度の市場規模。とてもニッチな市場で、そこでいかに支持をされて広げていくか、ということになります。音楽で言えば、「インディーズの頃好きだったのに、メジャーに行ったらちょっと……」みたいな話ってあると思うんです。
そこで大事なのは「ファンの方から支持されている価値」をブラさずに活動していくことだと考えています。私たちはそれを「ヤッホーバリュー」と呼んで経営理念の1つに据えています。そこを大事にやっていけば、マスを狙わずとも段々と広がっていき、大手メーカーのビールを飲んでいた人でも週に1回くらいは飲んでみたいよね、という選択肢の一つにはいっていくのではないか、と。
つまりマスを狙うというより、こだわりや生活の一部としてヤッホーのクラフトビールを選択してくれる人を増やしていきたいと考えています。コンビニでも普通に買えるようになって、手にとっていただく機会が増えてきたので、最近はSNSや口コミで広がってきています。そういうところにポテンシャルがあると思っています。
小藥 ファンが次のファンを連れてくる、という感じですね。お話を伺っていて、ある意味、文化祭的なカルチャーを感じてしまいます。そして、それは今の時代な感じがします。
長岡 今年は4年ぶりに「よなよなエール 大人の醸造所見学ツアー」を実施するのですが、これはその最たるもの。社員約200人のうち半分以上が自主的に手を挙げて、このツアーにガイドやスタッフとして参加するんです。特にコロナ下に入社した新入社員たちが手を挙げてくれて。本当に文化祭的なノリなんですよね。
弊社では、自分が担当する通常の仕事以外に2割くらい、そういう仕事を担当することも大事にしているんです。見学ツアーやファンイベントでファンと直接触れ合って喜んでくれるのを目のあたりにすると、みんな自分の仕事をもっとがんばるようになり、その熱量がまたファンにも還元されていくという好循環が生まれています。そこがすごく大事な活動だなと、リアルに感じています。
小藥 愛社精神というか、会社に愛着を持つ社員の方が多いと、離職率が下がるのではないですか。
長岡 確かに離職率は低いですね。退職する人が増えると、人員補充や教育にコストがかかってしまいますが、今はその分を新規採用や育成に集中できています。弊社の場合、もともと理念や働き方に共感した上で、ビールという自分が好きな商材を扱えるということで入社している人が多いんです。それが好循環になり、維持できているからこそ、そういう結果につながっているのだと思います。
小藥 いろいろなつながりを感じますね。社員同士はもちろん、ビールとファンのつながり、ファンとヤッホーの社員の皆さんのつながり、ビールを飲む人たちとのつながり……というように、いろんなつながりが生まれて、そこに強いカルチャーもできあがっているんですね。仲間になる社員として採用基準で決めていることは何でしょうか。
長岡 絶対に欠かせないのがカルチャーフィット。具体的には経営理念に共感できるかどうか、ですね。そこがコアな部分なので、そこがずれてしまうと、お互いに不幸になるということを、売り上げが下がった過去の体験から学びました。
長岡 以前は「地元だから」という理由で就職する人も多く、こういうカルチャーがなかなか理解されず、その結果、離職してしまう人もいました。それはお互いに不幸だなと思い、現在はカルチャーフィットを重視し、この図にあるように経営理念、ミッション、ビジョン、そしてとくに働き方においてはガッホー文化を入社前に理解してもらうことを徹底しています。ちなみに「ガッホー文化」は「がんばれヤッホー」の略で、「スタッフ一人ひとりの力と自発的な努力を原動力に、一人では成し遂げられないことをチームとして目指し、ファンにささやかな幸せをお届けすることで「ビールを中心としたエンターテイメント事業」の醍醐味を味わうはたらき方」です。
小藥 私も仕事でミッション、ビジョン、バリューに携わる機会も多いのですが、ここまで個性を纏いながらもシンプルに強くまとまっている企業はあまり見たことがないかもしれません。ミッションやビジョンは一歩間違えると棚の上に上がっている、腑に落ちない言葉になってしまったり、ともすれば他の会社でも言えるものになってしまいがち。だから、ヤッホーさんのように社員一人ひとりにここまで落とし込まれているのは、素晴らしいことだと思います。
長岡 これもチームビルディングを進めていく中で、経営理念の大切さを再確認したことが大きいですね。経営理念は、いわば社員みんなの共通の判断基準。どちらに進むか迷ったときに経営理念に照らし合わせれば、おのずと進む道が決まっていきます。
小藥 この3階層すべてが経営理念ということなんですね。
長岡 そうです。全部が経営理念です。
小藥 ここまでカルチャーが確立されていると、外部とのパートナーシップはどうなんでしょうか。逆に、すべてを内製化できてしまうのではと思うのですが。
長岡 とはいえ、すべて自社でやるのは限界があります。受注のチームで言えば、かつて父の日には全社で出荷準備するのが風物詩になっていましたが、さすがに限界になり、いまは物流や注文処理など外部パートナーにお任せするところはしています。ただ外部パートナーの方々にも、僕たちの文化や経営理念を含めた大事にしているところをインストールしてもらった上で協力してもらうこともあります。
小藥 パッケージは、特定のデザイナーの方が常に並走されているんですか。
長岡 パッケージの案は社内で出して、具体化は外部のデザイナーにお願いしています。全国展開の製品に関しては同じデザイナーの方ですが、それ以外にもいろいろな方にお願いしていますね。
小藥 私がとても素晴らしいと思っている経営理念の一つは、虎屋さんの「おいしい和菓子を喜んで召し上がっていただく」です。これだけ平易な言葉に落としこめる、だけど「喜んで」という部分に虎屋さんの想い全てが込められていて素敵だなと思うんです。虎屋さんのデザインや建築のトーン&マナーなどブランディングを拝見すると、特定のパートナーがいらっしゃるのを感じます。ぶれない理念と、統一された美意識がブランドの隅々にまで行きわたっていると思うのです。そして、それはヤッホーさんにも感じるところがあります。