月刊『ブレーン』2023年9月号では、総勢31人のクリエイターたちの回答から、注目の事例やキーワードを抽出して掲載。詳細はこちらからご覧ください。
- 〈回答者〉
- 電通PRコンサルティング 執行役員/チーフPRプランナー 井口理氏
――2023年に結果が発表された国際広告関連アワードの入賞作またはエントリー作品の中で、特に注目した事例は。
- LALCEC「The Postponed Day」
- (Grey Argentina)
- カンヌライオンズ:ダイレクト部門・PR部門ゴールド、ブランドエクスペリエンス&アクティベーション部門シルバー
乳がん検診の受診を促す企画。乳がんの啓発機会となる記念日は毎年ありつつも、その成果は乏しい。社会のうねりを創り出すにはいかに仲間を増やし協働できるか。国内30ものNGO/NPOが大義のために結託し、メディアも巻き込み展開したアイデアは、ただ期日を延期するだけのこと。会話し、共感し、連携するだけで大きな影響を生んでいる。
- Unilever/Dove「Toxic Influence」
- (Ogilvy UK)
- クリオ賞:クリエイティブユースオブデータ部門・ブランデッドエンターテインメント&コンテンツ部門・プリント部門ゴールドほか
- The One Show:フィルム&ビデオ/ムービングイメージクラフト&プロダクション部門ゴールドほか
ソーシャルメディアが若年層に引き起こす知られざる悪影響にブランドが切り込み、テクノロジーに対して同じくディープフェイクといったテクノロジーで対抗していくシニカルさ。ニューテクノロジーにおけるポジネガの相反する評価とその議論が今後は生成AI系のフィールドでも盛り上がっていきそうだ。
- Oreo India「#BRINGBACK2011」
- (Leo Burnett)
- D&AD:エクスペリエンシャル部門グラファイトペンシル
- カンヌライオンズ:PR部門・ソーシャル&インフルエンサー部門シルバー
生活者の意識に根付いたその国々の独特の文化をうまくテコにして、多くの人々を巻き込むテクニックが楽しい。必要最低限の仕掛けでも、そのインサイトを捉えたコンテンツ設計は人々を魅了し、数多の企業群も参画し、キャンペーンが自然拡大している。マネしたい、いわば理想の展開。
――各賞のセミナーやセッションの中で、特に記憶に残ったものやその内容を教えてください。
カンヌライオンズでのアクセンチュアソングのセミナー、「Song Simplifies Talent : Technology is Creative」では、Droga5創業者で現在のアクセンチュアソングのCEOを務めるデビッド・ドロガ氏がアクセンチュアにおけるAI活用の現状を語った。アクセンチュアでは今後3年で30億ドルをAIに投資、また併せて現在のAI人材を8万人に倍増するという。すでに特許も申請中のものを含めて1500近くを抱えているというから驚きだ。しかしそれよりも、クリエイティブとAIの連携、融合がドロガ氏のようなクリエイティブレガシーの口から高々と語られるのは新鮮でもあった。
実際、生成AI系をテーマとしたセミナーはカンヌライオンズでも多かったようだ。海外ではその使用に規制を叫ぶ声が即座に出てきたのと反比例して、AIを活用したさまざまな取り組みが進んでおり、それはクリエイティブ領域でも盛んだということを裏付ける感じだった。
各社はクリエイティブを含めた実業において、どのようにAIを活用していくのか、既存手法との融合も視野に入れ投資し、研究し、他社先行するために特許などに取り組み始めている。今年のアワード事例においては、具体的なAI活用事例のものはあまり多く出されていないように感じたが、それはこの特許合戦の前哨戦が今まさに裏側で勃発しているからなのだろう。まだ他社に共有したくない部分が数多くあるのではなかろうか。
――生成AIに関して審査の過程や現地で話題になったこと、ご自身が注目されていることは。また、今後クリエイターと生成AIの関係はどのようになると考えますか。
クリエイティブは人ならではの閃きやアイデアに価値を置き、現在のAIが実装する過去情報の寄せ集めによる模倣的なアイデアはそこに比肩するものではないという意見が多数に思えていた。しかし、積極活用派はそれぞれの良いところを組み合わせれば、どちらが正義かを決めるでもなく、その協働作業で効率的にアイデアの創出ができると考えているようだ。
例えば以前のコピーライティングは、100本ノックは当たり前の状態だったが、一つのコピーを幹としたさまざまな枝葉の表現がAIで羅列できるのならば、そこから感覚的にピンとくるものを選ぶ方が効率的だし、時間的な制約でカバーしきれなかった領域での選択肢がさらに広がるのかもしれない。
すべての新たなものを取り込み、進化してきたというのがクリエイティブ界隈の矜恃でもあり、新テクノロジーへの向き合い方においてもオープンマインドな姿勢が見える。過去のチェスにおける人間対スーパーコンピューターのような、二者択一の世界ではなく、生物多様性を維持する多種共存のようなメカニズムがここにも働いてくるのではないかと感じている。
――広告クリエイティブに関連して、今注目するキーワードは。
「フラクチャード・オーディエンス」
情報環境が大きく変化し、個々の利用者が自身の好みでコンテンツやそれを消費するプラットフォーム、デバイス、タイミングを選択する時代となった。大衆の関心も従来の集中的なものから分散的なものとなり、併せてオーディエンス自体も分散(フラクチャー)することとなった。以前のようなマスメディア経由で広くマス(大衆)へリーチするといった情報発信の効果は薄く、情報発信側は、それぞれ個別のオーディエンスの多様な指向に合わせてメッセージとメディアをカスタマイズする必要が出てきている。
「カルチュラル・インサイト(文化的理解)」
多様性を重視する視点から、各国・地域の文化的背景を尊重する動きが強まっている。グローバル企業における広くあまねく共感されるメッセージがこれまで重用されていたが、そのエリアならではの問題を抽出し、その文化圏ならではの価値観や思考をとらえ、対処する機転を評価された受賞事例も多い。「ホフステードの6次元モデル」などにまとめられている「文化的価値観指標」はグローバル展開のコミュニケーション設計には必須となるだろう。
「Scope3」
Scope3(スコープ3)は、製品の原材料調達から製造、販売、消費、廃棄に至るまでの過程において排出される温室効果ガスの量(サプライチェーン排出量)で、Scope1(自社での直接排出量)、Scope2(自社での間接排出量)以外の「その他の間接排出量」を指す。広告・コミュニケーション業界でもCO2排出量削減が強く求められ、キャンペーン設計時に排出量を計算、規定を超えないようにすることが求められ始めた。象徴的な出来事として今年からカンヌライオンズのエントリー時に、キャンペーンにおけるCO2排出量を記入する欄もできている。
月刊『ブレーン』2023年9月号
【特集】AIの民主化で際立つ
人間・文化の視点
世界のクリエイティブ
- ▼31人のクリエイターに聞く海外アワード2023
- ・時代を映す注目事例と
- キーワード
- ・海外アワードに見る
- AIとの共創の可能性
- 〈回答者〉(五十音順)浅井雅也、阿部光史、荒井信洋、石井義樹、石川俊祐、石原 和、泉家亮太、井口 理、岩崎亜矢、岡村雅子、小川信樹、小田健児、金箱洋世、木村健太郎、窪田新、小山真実、佐々木康晴、嶋浩一郎、杉山元規、鈴木佳之、関谷アネーロ拓巳、多賀谷昌徳、田中直基、谷脇太郎、張ズンズン、出村光世、中島琢郎、萩原幸也、平井孝昌、細田高広、松宮聖也
- ▼AI 活用の前に理解しておきたい
- 国・地域で異なる「文化的価値観」
- (文:渡邉 寧)
- ▼審査員と応募者
- 双方の視点からひも解く
- 企画の見方
- (八木義博)
- ▼海外アワード2023
- 日本の受賞作品
- ▼ヤングカンヌレビュー
- 受賞へのあと「一歩」は?