第17回 「リテンション」ご使用上の注意(後編)

前回はリテンション(前編)として、カテゴリーによりリテンションの目指す形が異なることについてお話ししました。今回は具体的にどのような考え方に基づいてリテンションを狙っていけばいいのかについて触れていきます。では、始めましょう。

 

大多数のロイヤルユーザーではない人を想像する

マーケターの西口一希さんが提唱された「9セグマップ」という考え方があります。「ブランドを知っているか」「使ったことがあるか」「使う頻度はどうか」「今後も使いたいか」の4つの質問で顧客を9つの層に分け、どの層を動かそうとしているかをクリアにするというものです。

実データ グラフィック 出典:西口一希著『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』の「9セグマップ」をもとに作成
(出典:西口一希著『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』の「9セグマップ」をもとに作成)

リテンションは「すでに使ったことがあるが頻度が少ない人」にさらに使ってもらうことなので、⑤⑥の人について考えていく必要があるわけなのですが、クライアントは①の人が世の中に実際以上に多くいるように思ってしまいがちです。

理由は、定性調査でデプスインタビューを行う際にロイヤルユーザーを対象者に選ぶことが多いからです。定性調査は対象者をそれほど多くは呼べませんので、ブランドについていろいろな話を引き出しやすいロイヤルユーザーを選びたくなるのですが、ロイヤルユーザーの声を聴く機会が多くなると、そういった方が実際以上に多いと考えてしまいやすくなります。①の人のイメージに引っ張られてしまう傾向があるのを意識したうえで、大多数のロイヤルユーザーではない人を想像するというのが出発点です。

 

買い回りの中に入れればよしとする

受講生からの質問:
買ったことはあるがそれほど買う頻度が多くない人は、そのブランドに対してあまり興味がない状態だと思います。ブランド認知はあるのに興味がない人に買ってもらうには、何を考えればよいのでしょうか?

國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』という本の中で、「人間は、ものを考えないですむ生活を目指して生きている」という文章があります。第2回で「計画購買」と「非計画購買」の話をしましたが、例えばスーパーに行ったとき、買うものすべてを真剣に検討していたら疲れてしまうでしょう。日用品の場合は特に、人はあまり考えずに買い物を済ませてしまうものです。

実データ グラフィック

考えなくても買い物ができるためにどうしているかというと、「冷蔵庫に常備する飲みものを買うとき、私はこの3つのうちのどれかを選ぶ」というような買い回りの候補を持って、その中で買っていることが多いと思います。

その買い回りの中に入れればよしとするというのが基本の考え方です。クライアントは自ブランドに愛着も自信もあるので競合を選ぶのは許容できないと考えてしまいがちですが、現実的にそういうことにはなりません。

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囲碁の心構えを説いた「囲碁十訣」の中に、「不得貪勝(貪れば勝ちを得ず)」という言葉があります。囲碁は陣地を自分と相手で取り合うゲームですが、欲張ってあちこちの陣地を取りに行こうとすると勝利から遠ざかってしまうという意味です。競合ブランドも買われ、自ブランドも買われ、その中で成長を目指すというくらいに考えた方が、生活者の感覚と合ってくるように思います。

 

自ブランドがどう思われているかを洗い出す

ロイヤルユーザーではない大多数の人の買い回りの中に入るためには、自ブランドがどう思われているかを洗い出すのがよいと思います。第9回で「ブランド連想」の話をしましたが、過去にそのブランドを買ったことがある人は「(今は必要としていないけれども)このブランドはこういうものだ」というイメージを持っています。ここに、リテンションのヒントがあります。

よく行われるのが「自ブランドの強みを洗い出す」ということですが、これは似て非なるものです。「自ブランドの強み」になると、生活者が理解できないような細かい機能的な差異の話に陥りがちです。そうではなく、「自ブランドがどう思われているか」が重要です。

コロナ禍で旅行が制限されていた時期、『地球の歩き方』は売上が激減しましたが、その中で生まれた『世界のすごい巨像』『世界の魅力的な奇岩と巨石139選』などの図鑑シリーズは、累計10万部を超えるヒットとなりました。『地球の歩き方』は「他の旅行会社が網羅できない現地の住人とのネットワーク、膨大な取材情報や写真を持っている」と多くの人に思われています。その『地球の歩き方』が作った図鑑となれば、きっと自分の知らないものがあるはずだと強く興味を引くものになるでしょう。

実データ グラフィック コロナ禍で生まれたヒット作、「地球の歩き方」旅の図鑑シリーズ

コロナ禍で生まれたヒット作、「地球の歩き方」旅の図鑑シリーズ

 

「ポイントをおつけします」で懸念されること

逆に、よく使われている手法で気をつけなくてはならないこともあります。例えばポイントプログラムです。ヨドバシカメラが1990年に初めてバーコードを用いたポイントカードを開発して以来、Tポイントや楽天ポイント、dポイント、Pontaなどさまざまなサービスが生まれてきました。

ポイントのベースとなる考え方は「たくさん買ってくれた人には割引をする」というもので、それ自体は昔からあったわけですが、懸念もあります。ブランドの利益がどのように生み出されるかというと、利益率の高い高額なグレードを買ってくれるか、何回も繰り返して買ってくれるかの2通りです。利益率が高くないグレードを1回だけ買うという客層からはあまり利益が出せません(新規顧客の場合は獲得コストの方が上回るケースも多いです)。つまり、利益の大半を生み出してくれるのはロイヤルユーザーであるわけです。

私の娘は高校生で友達とよくディズニーランドに行っているのですが、何回も行きたいと思うのはディズニーランドが好きだからであって、割引しているからではないでしょう。割引は、あれば嬉しいと思いますが、なければ行かないということではないはずです。

実データ グラフィック

ロイヤルユーザーはそのブランドを好きでいてくれている人たちなので、割引がなくても買ってくれる可能性は高いです(私も、天下一品のラーメンは割引がなくても食べに行きます。好きだからです)。ポイントを付与して値引きをするときに気をつけなくてはならないのは、そのプログラムがあることで競合から顧客を持ってこれているかどうか。もしそうでないならば、利益の大半を生み出してくれるロイヤルユーザーをただ値引いているだけという懸念が生まれてきます。

 

今回は、ロイヤルユーザーではない大多数の人の買い回りの中に入るために考えるべきことと、ロイヤルユーザーの値引きの懸念点についてお話ししました。次回のテーマは「CRM」です。

(次回は8月24日公開予定です)

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北村 陽一郎(電通 ソリューション・デザイン局/統合プランニング・ディレクター)
北村 陽一郎(電通 ソリューション・デザイン局/統合プランニング・ディレクター)

1973年生まれ。東京大学教育学部卒、1996年電通入社。テレビ広告・スポーツ放送権業務などを経て、2012年より広告プランナー。自動車・食品・精密機器・金融・アプリなど幅広い広告主のプランニングに従事するかたわら、社内向けの少人数制プランニング塾「北村塾」を開講中。NPS=98.4、推奨度平均9.89点という圧倒的な人気を得る。

北村 陽一郎(電通 ソリューション・デザイン局/統合プランニング・ディレクター)

1973年生まれ。東京大学教育学部卒、1996年電通入社。テレビ広告・スポーツ放送権業務などを経て、2012年より広告プランナー。自動車・食品・精密機器・金融・アプリなど幅広い広告主のプランニングに従事するかたわら、社内向けの少人数制プランニング塾「北村塾」を開講中。NPS=98.4、推奨度平均9.89点という圧倒的な人気を得る。

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