月刊『ブレーン』2023年9月号では、総勢31人のクリエイターたちの回答から、注目の事例やキーワードを抽出して掲載。詳細はこちらからご覧ください。
- 〈回答者〉
- tacto Co-founder/ストラテジスト 中島琢郎さん。
――2023年に結果が発表された国際広告関連アワードの入賞作またはエントリー作品の中で、特に注目した事例は。
- Darty「Long-Lasting Reviews」
- (Publicis Conseil)
- カンヌライオンズ:チタニウム部門ショートリスト
フランスの家電量販店「Darty」が、購入後12カ月以上経過した商品についてのレビューを募集した企画。レビューの77%が購入後1週間以内に書かれ、大半がポジティブだが、実際に商品を長期的に使用した際の満足度は不明、という不都合な真実と向き合った勇気ある事例です。クリエイティビティとは表現だけの話ではないことを端的に示しています。
- Makro「Life Extending Stickers」
- (Grey Colombia)
- カンヌライオンズ:アウトドア部門ゴールドほか
フードロスをなくすための、南アフリカのスーパーマーケット「Makro」のアイデア。熟すことに伴い変色してしまう果物や野菜などに、その時々の色に適したレシピを記載したシールを貼付した。
デザインが「つくる」ことではなく「引き出す」ことだとすれば、これ以上わかりやすい事例はないでしょう。自然な食材の変色をモチーフに、余計なスペースを増やすことなく高い経済効率性で実現しています。
- 甲子化学工業「Shellmet(ホタメット)」
- (TBWA\HAKUHODO+quantum+ロボット)
- カンヌライオンズ:デザイン部門ゴールド、イノベーション部門ゴールド、クリエイティブビジネストランスフォーメーション部門ブロンズ
自然から学んでいる点や、安くていいものをつくる、という日本らしさが一部の審査員から高く評価されていました。世界が「日本というブランド」に対して期待していることは何か、を考えさせられる事例です。
- CoorDown「Ridiculous Excuses Not To Be Inclusive」
- (Indiana Production+Small)
「世界ダウン症の日2023」に合わせて実施された、ダウン症の人々が教育や娯楽から排除されるときの「馬鹿げた言い訳」を、TikTok用のオリジナルジングルとロゴステッカーでユーモラスに広めやすくした施策。見えない問題を可視化するためにユーモアを添えるという手法は、その他の問題解決にもスケールしやすそう。
- Trucss「Trucss」
- (Institutional)
- カンヌライオンズ:ダイレクト部門シルバー、デザイン部門ブロンズ
「Trucss」はトランスジェンダー女性のための下着ブランド。ブラジルではトランスジェンダー女性への差別が強く、外出時にトイレに行けずに肝臓の病を患うことも少なくないといいます。そのような人々のために開発された下着は、もしかするとアトピー持ちや、夏場に涼しく過ごしたい男性にもスケールできるかもしれません。
- adidas「Runner 321」
- (FCB Toronto)
- カンヌライオンズ:ダイレクト部門グランプリ
ダウン症の人々はマジョリティのプロスポーツから隔絶されています。そこでダウン症のアスリートを「321」の背番号で称える新しい社会合意を生んだ施策。「あの人は未来の私だ」とヒーローに自分を重ねる普遍的なインサイトを捉えており、今後、隠れた多様性が近しい手法で次々に可視化される可能性があります。プロスポーツはマイノリティのアスリートだけでなく、そのファンたちをもインクルードするべき、という新たな価値基準を示した事例。
――各賞のセミナーやセッションの中で、特に記憶に残ったものやその内容を教えてください。
カンヌライオンズでのR/GAのセッション「Building Your Brand as an Operationg System」
「ブランドガイドラインを聖書と呼ぶのは最悪の比喩だ」という強烈なメッセージを放ったR/GAのセッション。世の中にあふれるブランドガイドラインやルールブックがデジタル時代の変化速度に対応できていない点を指摘した上で、常にアップデートされ続ける「OS」としてブランドを構築する新しいアイデアを発表しました。
日本でもデザインシステムが導入される事例は増えましたが、それらをインターフェースに留まらずブランド全体に行き渡らせようとする、ダイナミックな取り組みだと感じました。
カンヌライオンズでのTBWAのセッション「The Future of Innovation is Accessibility.」
モデルナ、Google、TBWAのキーマンらが登壇した、インクルーシブデザインによるイノベーションを啓蒙するセッション。デザインや広告の現場では「標準的な人間」を想定したペルソナや、マジョリティ向け製品をマイノリティに汎用化するユニバーサルデザインがチェックボックスのように使用されています。
インクルーシブデザインはそれらと一線を画し、まずマイノリティを主役にしたデザインプロセスを通してイノベーションを生み出します。その後、他のユーザーにスケールさせる。つまり従来とは真逆のプロセスでビジネスの機会点を生み出す、という考え方を示しました。既にGoogleやマイクロソフトが体系化しているコンセプトですが、まだ広く認知されているとは言えません。
――生成AIに関して審査の過程や現地で話題になったこと、ご自身が注目されていることは。また、今後クリエイターと生成AIの関係はどのようになると考えますか。
プロデューサーなどジェネラリストに分類される職種にとっては、これまで以上に一人でできることが広がると考えています。私自身はリサーチや仮説の案出しにChatGPTを使用し、企画書を作成する際はカンプ作成をMidjourneyで行っています。
部下やアートディレクターのアサインを必要としないためコスト効率は良くなり、AIを使いこなすプロデューサーに発注が集まる可能性も。AIの使いこなし方・癖と、人をアサインする場面に個性が求められる時代がすぐに来るのではないだろうか。
――広告クリエイティブに関連して、今注目するキーワードは。
「公平と平等」
DE&Iにおけるエクイティ(公平)とは「平等」とは異なり、ある価値基準に従って異なる個性の人々が各自必要なリソースを手にする状態のこと。この基準を更新することが今後のクリエイティブに求められています。
カンヌにおけるトレンドワードでもある「DE&I」はDiversity, Equity and Inclusionの略。ダイバーシティ(多様性)が現状の正しい認識で、インクルージョン(包含性)が目指すべきビジョンだとすれば、実はエクイティ(公平)が今とるべきアクションであり、最も重要ではないでしょうか。
「わかりにくさ」
日本やアメリカでは“わかりやすい”ことは良いことだとされやすい。今年のカンヌで再注目されたGUT社の事例はいずれも「?」となる“わかりにくさ”があり、「知性」を感じ取らせることに成功していると感じました。
「リアルタイム空間生成」
生成AIによるクリエイティブの精度が高まり、空間コンピューティング時代の到来が予期される中で、リアルタイムな空間生成を前提とした五感+ストーリーのエクスペリエンスデザインが求められます。
月刊『ブレーン』2023年9月号
【特集】AIの民主化で際立つ
人間・文化の視点
世界のクリエイティブ
- ▼31人のクリエイターに聞く海外アワード2023
- ・時代を映す注目事例と
- キーワード
- ・海外アワードに見る
- AIとの共創の可能性
- 〈回答者〉(五十音順)浅井雅也、阿部光史、荒井信洋、石井義樹、石川俊祐、石原 和、泉家亮太、井口 理、岩崎亜矢、岡村雅子、小川信樹、小田健児、金箱洋世、木村健太郎、窪田新、小山真実、佐々木康晴、嶋浩一郎、杉山元規、鈴木佳之、関谷アネーロ拓巳、多賀谷昌徳、田中直基、谷脇太郎、張ズンズン、出村光世、中島琢郎、萩原幸也、平井孝昌、細田高広、松宮聖也
- ▼AI 活用の前に理解しておきたい
- 国・地域で異なる「文化的価値観」
- (文:渡邉 寧)
- ▼審査員と応募者
- 双方の視点からひも解く
- 企画の見方
- (八木義博)
- ▼海外アワード2023
- 日本の受賞作品
- ▼ヤングカンヌレビュー
- 受賞へのあと「一歩」は?