「エクストリーム就職相談 世界で活躍する⽇本⼈クリエイティブに聞け!!」第1回に登場していただくのは、ロサンゼルスと東京を拠点に活躍する監督・脚本家・プロデューサーのHIKARIさん。NetflixシリーズやHBO Maxシリーズのドラマで監督を務める他、自身の長編映画デビュー作『37セカンズ』では、第69回ベルリン国際映画祭、パノラマ観客賞・国際アートシネマ連盟賞、二冠受賞。そんなHIKARIさんがアメリカで再び学び、その映像人生が動きはじめた。(前編はこちら)
第1回
HIKARI
職業:監督/脚本家/プロデューサー
拠点:ロサンゼルス・アメリカ
監督って面白い、病みつきになる!
――いつ頃から初長編映画を撮ろうと思い始めるんですか?
すぐにでも長編を撮りたかったんですけど、USC卒業してからは1年半ぐらい日本でCMを撮ってました。短編映画も何本か撮りました。毎回ちがうジャンルのものを作って自分の腕を上げたいと考えていたので。『Where We Begin』っていうダンスの短編がトライベッカ映画祭で上映されたんですけど、その頃に「そろそろ長編映画撮らんと、一生撮られへんな」って思いました。
その時に浮かんできたアイデアが、映画『37セカンズ』のもとになるものでした。2014年に色んな方にインタビューをし始めて、2016年の初めに脚本が出来上がりました。それから1年ぐらい、脚本のワークショップに出したりしていました。NHKとサンダンスの脚本ワークショップや「フィルム・インディペンデント」のワークショップとかですね。
――『37セカンズ』の脚本を書くにあたって、どのような“準備”をされたんですか?
たくさんインタビューしました。インタビューをするとリアルに事実がわかるんです。
もともとのインスピレーションは、友達から「日本のアダルト漫画は、実は女性作家さんも結構いらっしゃる」っていう面白い話を聞いたのが始まりでした。それまでアダルト漫画は男性の作家さんが描くものだと思っていたので、その世界についてもっと知りたくなり、アダルト漫画の女性作家さんとたくさんお話しさせていただきました。葉月京さんとか有名な方々ですね。
色んな人の話を聞いていく中で一番驚いたのは、「アダルト漫画の作家さんは、処女や童貞の人もいる」という話。経験はないけれど、アダルトシーンを描いているっていう…、「妄想と想像で描いてんねんや!」って。それがすごい面白くて。そういう話含めて「性」に対してみんなオープンなところも面白かったです。そして色んな人をインタビューしていくうちに、熊篠慶彦さんという脳性まひの男性の方にも出会いました。彼も映画に出演してくれています。
――皆さんとのお話が作品のストーリーやテーマをインスパイアされたんですね。
アメリカにいる、ある女性のドクターと話したときに聞いた話だと、下半身不随の女性は、下半身がまひしていても、キスであったり、首への愛撫で、意識のなかでオーガニズムに達成することができる人もいるらしくて、女性の身体って本当にすごいなと。
ある下半身不随の女性は、普段飲み物を口にしたら20分後にトイレに行ってカテーテルを挿入して導尿しなきゃいけなくて。でも、子どもを産んだときは自然分娩で生まれてきたんですと仰っていて。身体によって多種多様ですが、生まれてこようとする人間の魂とそのエネルギーは本当に素晴らしいなぁと思いました。
だから当初の『37セカンズ』のストーリーは全然ちがくて、ある下半身不随の女の子が初めてセックスを体験して、快感を知るという、ある意味「恋愛物語」でした。
主演の佳山明ちゃんに出会って、彼女とたくさん時間を過ごして、インタビューをした後に、二週間ぐらいで脚本を書き直しました。
――え、ベルリン映画祭でもW受賞されてましたけど、その脚本を二週間で書いたってことですか?
そうです。もう撮影日は決まってたから!(笑)。オーディションから明ちゃんにすごく惹かれるものがあって、彼女が生きてきた生き様をストーリーに反映したり、彼女なりの家族に対する思いを繋げていきました。
――HIKARIさんは作品を通して「家族」というテーマも、すごく大切にされていますよね。
多いですよねぇ。たぶん自分が18歳から海外にずっといて、家族がそばにいてないから、どこかで家族というテーマに引き込まれるのかなぁと思ってます。自分はすごい幸せな家庭に生まれ育ちましたし、母には感謝していますが、お父さんがいなかったので、両親が家にいるような「完璧な家族」に対しての憧れがどこかであるのかと思います。
――ちなみに、ご自身は現場ではどんな監督だと思いますか?
え~どんな監督なんやろう…。自分だと分からないですが、結構普通だと思います。
ストーリーボードとかオーバーヘッド(カメラの位置)を描いて事前に組んでいくこともあるし、その場で決めることもあります。役者さんによっては少しずつ演技が違ってくることもあるから、そういうのは調整しながらやってます。ちゃんとリハーサルが出来れば、結構クリアには見えてくるとは思います。
――テレビシリーズ『TOKYO VICE』の監督として抜擢されたのは、『37セカンズ』の後でしたか?
『37セカンズ』がベルリン映画際で上映されて、3月にアメリカに戻ってきて、すぐVMEに所属することになりました(※VMEとはクリント・イーストウッド、クエンティン・タランティーノなども所属する、アメリカの大手エージェント)。マネージメントはGrandviewっていうところです。
マネージャーのジョッシュが60社ぐらいとのミーティングをセットアップしてくれて。そのなかで、映画『Birdman/バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』でアカデミー賞を獲った映画プロデューサー ジョン・レシャーと会わせてくれました。マネージャーは「ジョンは次にテレビシリーズをやろうと思ってるから、その話が出たら興味を示したほうがいいよ」と教えてくれて。
――素晴らしいパスですね。
それでジョンに会うことができて、彼も『37セカンズ』を観てくれてたみたいで、会話し始めてすぐ「『TOKYO VICE』っていうテレビシリーズ作んねんけど、脚本読めへん?」って言ってくれて。そこから1話目読んで、その後は結構とんとん拍子に話が進みました。
それまでテレビシリーズはやったことなかったので、ショーランナーのジェー・ティー・ロジャースや主人公のアンセル・エルゴートに会って、彼らからもOKもらったら監督として雇ってもらえる、みたいな。それで無事決まりました。そこから脚本に自分なりの演出やカメラの位置を決めていった感じですね。
あなたが作ってきた作品はあなたのもの、他の人には真似できない
――以前、「世界に認めてもらってから日本に帰ったほうが話がはやい」とインタビューでおっしゃっていたのが印象的でした。
私しょっちゅうそれ言うてるねぇ(笑)。日本ってちょっと凝り固まっているかなぁと思っている部分もあって。やっぱり自分がアメリカで学んだから、やり方がちょっと違うっていうのもあると思うけど…。
――日本とアメリカ、映像業界でいうと、どういうところが違うと感じますか?
アメリカのほうが、監督のヴィジョンや感性を、スタジオ含め周りが重視してくれてる感じはあると思います。クリエイターに対してちゃんとリスペクトしていて、信頼してくれてると感じます。
それこそ今日、アメリカの映画スタジオの方々と話してて、「あなたが作ってきた作品はあなたのものであって、あなたが持っている体験から生まれるから、他の人は真似できない。だからあなたの感覚で作ってほしい」って言ってくれて。どういう物語で、どういう画で、どういう世界をつくりたいか、監督にゆだねてくれる部分はあります。
もちろん日本も面白い映画がたくさんあるんですが、「今回はこの人が主人公だから、予算はこれぐらいです。カット割も決まってます。作っていただけますか」っていう進め方が多いかと思います。どこか監督に対して少し不利だなと思うところもあります。
あと、日本では年間800本ぐらい映画を作ってますよね。映画大国のアメリカでも年間500本ぐらいだと思います。日本の映画産業の「数打ちゃ当たる」という考えよりも、もう少し丁寧に、お金もかけて作ったほうが、日本映画のクオリティが上がっていくと思うし、日本国内だけでなく、世界的にももっと幅広く配給ができるのになと、日々思いますね。
――今の日本の映像業界、まずはどこから変わればより良くなると思いますか?
今は全体的にすごい人手不足だと思いますし、映像業界は労働条件がめちゃくちゃ厳しいと思います。日本は1日基本13時間以上、長ければ16時間労働。お給料は20年前とほぼ変わっていない…。そんな状況で、若い人たちが映画作りをしたいとはなかなか思いませんよね。どう考えても。
だから、東宝、東映、松竹、Netflixなどを含めた大手の映画会社やテレビ放送局が、きっちりと労働時間を制限して、週休2日制、1日12時間労働というように、一般にある、当たり前のことを映画業界にも反映していかないと、はっきり言って日本の映像制作の将来はないですよね。さっきも言いましたが、日本にはスタッフがいないことが本当に大問題。普段一生懸命頑張ってくれているスタッフ達のために、その家族のために、製作を受ける側の会社も、その辺りをしっかり大手と交渉して、働き方改革を一人ひとりが考えてくれたら、若者たちも映画製作を新たな職業の一つとして考えることができるはずだし、それが本当に必要になってきていると私は思います。
たまに、「映画のために命を尽くすのが当たり前」なんて謳っている映画会社のおじさんたちがまだ存在すると聞きますが、そんな時代はとっくに終わってるということや、監督、脚本家、役者や技師士たちはエンターテインメントをクリエイトしている大切な存在であって、みなさんの奴隷ではないということも、いち早く理解していただきたいですね。
なので、私が日本で撮影するときは、週休2日制はもちろんですが、アメリカの12時間労働で、とにかく楽しく、スタッフみんなと映画を作っていくスタンスを保っていくことを宣言しています。「こういう映画作りもある」ということを次の世代の子たちに体感してもらいつつ、クリエイトする楽しさ、それを本業とするアメリカでは当たり前のことを、もっと日本に広げていきたい。古い日本のやり方を変えることは難しいかもしれないけど、私達が発信するこの新しい方法や、好きな映画制作を仕事にしながら、私生活を楽しんで、そして家族と大切な時間を過ごすことが、当たり前になる日は必ずやってきます。その日のために、今後、貢献していきたいと思っています。私たち一人ひとりの意識の持ち方で、未来はどんどん広がっていくと私は信じています。
――HIKARIさんの次の作品について、話せる範囲で何か少し教えていただけますか。
次の映画は東京に住む白人男性にまつわるお話です。アメリカの某スタジオと制作の準備をしています。
――めっちゃ楽しみです。本日は貴重なお時間とお話、本当にありがとうございました。最後に、ハリウッドでいつか活躍したいと思っている日本人の若手クリエイティブにアドバイスを。
とにかく英語を話せるようになること。プロデューサーにしても監督にしても、人間関係を築いていくには必須だから、英語が話せて初めてスタートラインに立つことができます。
監督として海外で注目されるには、世界三大映画祭(カンヌ、ヴェネツィア、ベルリン)や、その他海外で注目されている映画祭での上映を目標として、作品に取り掛かることを意識するのは大切かもしれない。
まだ世界に出てない日本独自のストーリーにしてみたり、他の誰もが作れない自分だけのアイデアを採用するのは大切だと思います。国によって、受け入れられる映画のスタイルは違ってきますが、アメリカに関してはエンターテインメントの王国なので、ワクワクする要素があると喜んでくれる気がします。自分らしさを絶対忘れずに、がんばってください。
- HIKARI
- アメリカを拠点に活躍する映画監督・脚本家。
- ※これまでの主な作品
- ・長編デビュー作、映画『37セカンズ』ー 第69回ベルリン国際映画祭、パノラマ観客賞・国際アートシネマ連盟賞、二冠受賞。第18回トライベッカ映画祭や第44回トロント国際映画祭で上映。
- ・Netflixシリーズ『BEEF/ビーフ~逆上~』(3エピソード)― 第75回プライムタイム・エミー賞ノミネート作品。
- ・HBO Maxシリーズ『TOKYO VICE』(2エピソード)
- タイムライン
- 1994年 高校3年生のときに初渡米、ユタ州へ留学
- 1995年 南ユタ州立大学入学 (専攻:舞台芸術、副専攻:ダンス・美術)
- 1999年 南ユタ州立大学卒業、ロサンゼルスに移住
- 2000年 女優、フォトグラファー、アーティストとして活動
- 2010年 南カリフォルニア大学院 映画芸術学部入学
- 2014年 南カリフォルニア大学院 映画芸術学部卒業
- 以降、監督・脚本家として活躍する
- 2019年 長編デビュー作 映画『37セカンズ』公開
- 2021年 第30回日本映画プロフェッショナル大賞新人監督賞受賞
- 第61回日本映画監督協会新人賞、新藤兼人賞2020受賞
- Instagram:@thehikarism