リクルート 萩原幸也氏が見た海外広告賞「事業会社にもクリエイティビティを」

2023年の国際広告関連アワードの結果が6月に出そろった。それを受けて、今とこれからのクリエイティブをどう読み解くべきか。アワードの審査員や現地視察に赴いた人々、海外事例を定点観測しているクリエイターに、今年のアワードの結果を受けて気になる事例、AI関連トピック、注目のキーワードなどを聞いた。

月刊『ブレーン』2023年9月号では、総勢31人のクリエイターたちの回答から注目事例やキーワードを抽出。これからの広告クリエイティブにおいて押さえるべきトピックとは? 詳細・ご購入はAmazonからどうぞ。

【特集の回答者(五十音順)】浅井雅也、阿部光史、荒井信洋、石井義樹、石川俊祐、石原 和、泉家亮太、井口理、岩崎亜矢、岡村雅子、小川信樹、小田健児、金箱洋世、木村健太郎、窪田新、小山真実、佐々木康晴、嶋浩一郎、杉山元規、鈴木佳之、関谷アネーロ拓巳、多賀谷昌徳、田中直基、谷脇太郎、張ズンズン、出村光世、中島琢郎、萩原幸也、平井孝昌、細田高広、松宮聖也

  • 〈回答者〉
  • リクルート クリエイティブディレクター 萩原幸也氏。
写真 人物 tacto Co-founder/ストラテジスト 中島琢郎氏

優れた課題設定の3事例

――2023年に結果が発表された国際広告関連アワードの入賞作またはエントリー作品の中で、特に注目した事例は。

  • マスターカード「Where To Settle」
  • (McCann Poland)
  • カンヌライオンズ:SDGs部門グランプリ

実データ ポスター ポーランド国内のさまざまな地域の居住地情報をまとめたプラットフォーム「Where to Settle」
ロシアの侵攻を受けてポーランドへ逃げる1000万人以上のウクライナ難民に向けて、マスターカードはポーランド国内のさまざまな地域の居住地情報をまとめたプラットフォーム「Where to Settle」を立ち上げた。給与情報や不動産情報、求人サイトなどのデータに基づいており、ユーザーの職業などに適した居住地情報が提案される。ログインも不要。ポーランドの一部の大都市に難民が集まりすぎてしまうことへの対策でもある。

Mastercardのブランドパーパスであり、ビジネス戦略でもあるという「Financial Inclusion」を体現した施策です。難民の移住問題において、大都市以外に居住地の想起がないため、大都市に過密が起きるという課題設定。それに対する自社データも活用しながら、それぞれにカスタマイズした情報を提供するという打ち手も非常に優れています。多くの難民が利用し、Mastercardの利用意向も大きく向上したそうです。

 

  • The Korean National Police Agency「Knock Knock」
  • (Cheil Worldwide)
  • カンヌライオンズ:グラス部門グランプリほか
韓国で増加している家庭内暴力に対し、被害者の通報のハードルを下げられるよう韓国警察が導入した施策。スマートフォンから112番(警察に通報する緊急ダイヤル)に電話をかけ、任意のボタンを2 回押すと会話をせずとも通報ができる。アイデアはモールス信号から着想を得た。

コロナ禍で家庭内暴力が急増したという問題に対して、加害者と同じ空間にいる被害者は電話やメールによる通報が不可能な状態にある、ということへ課題の設定を行った点が秀逸でした。タイトルの通り「ノックノック」(2タップ)で発信が可能になるというコンセプトも優れています。

 

  • 甲子化学工業「Shellmet(ホタメット)」
  • (TBWA\HAKUHODO+quantum+ロボット)
  • カンヌライオンズ:デザイン部門ゴールド、イノベーション部門ゴールド、クリエイティブビジネストランスフォーメーション部門ブロンズ
ホタメットはホタテ貝殻からつくられた環境配慮型ヘルメット。廃棄物として北海道猿払村で課題となっていたホタテ貝殻を用いている。

水産系廃棄物であるホタテ貝殻から生成できる新素材をどう活用するかが課題だったと思います。この課題に対し、見事にクリエイティブで回答をしていました。貝殻のそもそもの意味合いを活かしたプロダクト開発であり、バイオミミクリーなプロダクトのデザインも素晴らしいです。

本質的な課題に向き合う「社会彫刻」の視点

――生成AIに関して審査の過程や現地で話題になったこと、ご自身が注目されていることは。また、今後クリエイターと生成AIの関係はどのようになると考えますか。

まず今後も進化し、広がっていく生成AIの可能性と現状の問題を正確に捉え、一定のリテラシーを使う側も見る側も身につける必要があります。

ここでは問題を一旦無視した上で、可能性に目を向けますが、まず生成AIはあくまで表現ツールのひとつにすぎないと考えています。「鶏卵」な部分はありますが、過去さまざまなツールが生まれ、そのたびにクリエイターの定義を広げてきたように、生成AIを使いこなし創造性を発揮する人間もクリエイターと呼ばれるでしょう。それはよく言われるような「生成AIがクリエイターに置き換わった」ということではなく、あくまで新しいツールを使うクリエイターが誕生したということだと考えます。

――広告クリエイティブに関連して、今注目するキーワードは。

「課題の創造性」

社会や企業活動における問題は山ほどある中で、課題の見立てが重要になっています。打ち手の手前の段階、課題の設定から創造性が必要です。実際に受賞作の多くは、課題の見立てが秀逸なものばかりでした。

「役割の越境」

先に挙げた「課題の創造性」にも関わりますが、先行きが不透明と言われるこの時代、課題をクライアントが設定し、クリエイターが打ち手で答えるというだけの関係では、真の問題解決には近付けないと感じています。

従来のような座組みから越境して、課題の創造性を高めることが必要です。実際に受賞作の多くは、どこからがエージェシーが手がけたものなのか一見わからないような、事業自体にまでクリエイティブティが及ぶようなものでした。これはクリエイターが従来の活動を越境したとも言えますし、クライアントサイドもクリエイティビティを発揮しないといけないということでもあると思います。

「社会彫刻化」

社会彫刻(ソーシャル・スカルプチャー)とは、「誰もが自らの創造力によって芸術家になりうる」という考えに基づいた、ドイツの芸術家ヨーゼフ・ボイスの理論です。ここでは「芸術」とは、社会的な高い目的に向かって創造性を発揮することになります。絵画や建築だけでなく、教育や政治、科学、哲学、経済学といった社会の構造を変えるさまざまな分野も全て「芸術」ということになるのです。

私は近年の海外での入賞作を見ていると、この社会彫刻に通じるような作品が増えているように感じています。本質的な課題に向き合うためにはアートのようなアウトプットも必要なのです。

「広告はクリエイターの作品ではない」と言われますが、そのような議論は矮小にも思えます。社会を変革しようというクリエイティビティを目指し、企業やクリエイターも総力をあげてつくり上げるべきです。

advertimes_endmark

 

月刊『ブレーン』2023年9月号


写真 表紙 月刊『ブレーン』9月号

【特集】AIの民主化で際立つ
人間・文化の視点
世界のクリエイティブ

  • ▼31人のクリエイターに聞く海外アワード2023
  • ・時代を映す注目事例と
  •  キーワード
  • ・海外アワードに見る
  •  AIとの共創の可能性
  • 〈回答者〉(五十音順)浅井雅也、阿部光史、荒井信洋、石井義樹、石川俊祐、石原 和、泉家亮太、井口 理、岩崎亜矢、岡村雅子、小川信樹、小田健児、金箱洋世、木村健太郎、窪田新、小山真実、佐々木康晴、嶋浩一郎、杉山元規、鈴木佳之、関谷アネーロ拓巳、多賀谷昌徳、田中直基、谷脇太郎、張ズンズン、出村光世、中島琢郎、萩原幸也、平井孝昌、細田高広、松宮聖也
  • ▼AI 活用の前に理解しておきたい
  • 国・地域で異なる「文化的価値観」
  • (文:渡邉 寧)
  • ▼審査員と応募者
  • 双方の視点からひも解く
  • 企画の見方
  • (八木義博)
  • ▼海外アワード2023
  • 日本の受賞作品
  • ▼ヤングカンヌレビュー
  • 受賞へのあと「一歩」は?


月刊『ブレーン』9月号 「AIの民主化で際立つ人間・文化の視点 世界のクリエイティブ」
月刊『ブレーン』9月号 「AIの民主化で際立つ人間・文化の視点 世界のクリエイティブ」

8月1日発売、月刊『ブレーン』9月号の特集は、「AIの民主化で際立つ人間・文化の視点 世界のクリエイティブ」です。2023年の国際広告関連アワードの結果が出そろいましたが、重要なのはそれを「どう読み解くか」、「そこから何を見出すか」です。今号では、アワードの審査員や現地視察に赴いた人々、海外事例を定点観測しているクリエイターを含む、総勢31人のクリエイターたちにアンケートを実施。実際の審査で議題に上がったポイント、注目事例やキーワード、各賞で話題になった「生成AI」への考え方などを聞いています。詳細はこちらからご覧ください。

月刊『ブレーン』9月号 「AIの民主化で際立つ人間・文化の視点 世界のクリエイティブ」

8月1日発売、月刊『ブレーン』9月号の特集は、「AIの民主化で際立つ人間・文化の視点 世界のクリエイティブ」です。2023年の国際広告関連アワードの結果が出そろいましたが、重要なのはそれを「どう読み解くか」、「そこから何を見出すか」です。今号では、アワードの審査員や現地視察に赴いた人々、海外事例を定点観測しているクリエイターを含む、総勢31人のクリエイターたちにアンケートを実施。実際の審査で議題に上がったポイント、注目事例やキーワード、各賞で話題になった「生成AI」への考え方などを聞いています。詳細はこちらからご覧ください。

この記事の感想を
教えて下さい。
この記事の感想を教えて下さい。

このコラムを読んだ方におススメのコラム