月刊『ブレーン』2023年9月号では、総勢31人のクリエイターたちの回答から注目事例やキーワードを抽出。これからの広告クリエイティブにおいて押さえるべきトピックとは?(詳細・ご購入はAmazonからどうぞ)。
【特集の回答者(五十音順)】
浅井雅也、阿部光史、荒井信洋、石井義樹、石川俊祐、石原 和、泉家亮太、井口理、岩崎亜矢、岡村雅子、小川信樹、小田健児、金箱洋世、木村健太郎、窪田新、小山真実、佐々木康晴、嶋浩一郎、杉山元規、鈴木佳之、関谷アネーロ拓巳、多賀谷昌徳、田中直基、谷脇太郎、張ズンズン、出村光世、中島琢郎、萩原幸也、平井孝昌、細田高広、松宮聖也
- 〈回答者〉
- 博報堂 執行役員/博報堂ケトル クリエイティブディレクター 嶋浩一郎氏。
広告・PRの合意形成の力を活用
――2023年に結果が発表された国際広告関連アワードの入賞作またはエントリー作品の中で、特に注目した事例は。
- 1、Migros「The Migros Beer」
- (Wirz Group)
- カンヌライオンズ:PR部門ブロンズ
スイスのスーパーマーケット「Migros」。カリスマ的な創業者は約100年前から、消費者の健康のためにアルコールの販売を禁止していました。しかし時代も変わり、スーパーの会員の中から「販売をしてもいいのでは?」という声が上がり、会員の中で投票を行うことに。そこで、「販売禁止を撤回すべき」派が勝てば「OUI」(=Yes)ビール、「販売禁止を継続すべき」派が勝てば「NON」(=No)ビールという新商品を販売するキャンペーンに仕立てました。
このキャンペーンは、PR会社がどちらかの結論を支援するのではなく、賛成派・反対派の両者が健全な議論を行う環境をつくりました。どんな結論に至るにしろ、投票後の会員同士の良好な関係性をつくる仕事です。
世界の世論が分断している中で考えさせられる仕事でした。広告会社やPR会社が持つ合意形成のスキルを健全な議論のために使う仕事はほかにも見られ、新しい時代の要請を感じました。
- 2、Columbia Journalism Review「Are you press worthy?」
- (TBWA\Chiat\Day)
- カンヌライオンズ:PR部門シルバー、ダイレクト部門シルバー・ブロンズ、ブランデッドエクスペリエンス&アクティベーション部門ブロンズ
体験をデザインする仕事を注目して見て、その中で傑出していました。
アメリカでは行方不明になった人の人種によって、その報道量にバイアスがあります。たとえば白人女性は報道量が多く、黒人の低所得者は報道量が少ないそうです。ジャーナリズム研究で定評があるコロンビア大学は、自分のデモグラフィックを入力するとAIが報道量を即座に予測し、グラフィカルなデザインで視覚できるアプリを開発しました。
この仕事では、調査報道を情報から体験に昇華させています。データの体験化という視点でみると学ぶべき点が多くありました。
- 3、DoorDash「Self Love Bouquet」
- (GUT)
- カンヌライオンズ:PR部門グランプリ
社会課題解決がブランドにとって重要な要素であるという流れができて久しいですが、地球温暖化阻止や、ジェンダーギャップの解消などそんなに簡単にできることではありません。
米のデリバリサービス企業DoorDashの仕事は、自社の事業の中で身の丈サイズの社会課題解決(とはいえ、なかなか難しい女性の性のオープン化という取り組み)を行ったことが評価されました。利益を上げながら課題を解決する仕組みの構築もよかったです。
クリエイターは他者のクリエイティビティを尊重すべき
――生成AIに関して審査の過程や現地で話題になったこと、ご自身が注目されていることは。また、今後クリエイターと生成AIの関係はどのようになると考えますか。
人間とAIが戦っても意味がありません。人間の持つ人間らしさ、クリエイティビティ、イマジネーションを拡張する為に人間には到底できないデータの読み込みができるAIと協業するのが一番。今、そのやり方を世界中のクリエイターが模索しているというのが大枠の見立てです。
同時にクリエイターは他者のクリエイティビティを尊重すべきであり、著作権の問題など合意形成を迅速に進めなければと、生成AIの進化の劇的なスピードを見て感じています。
――広告クリエイティブに関連して、今注目するキーワードは。
- 「身の丈」
- 多くの社会課題解決の仕事を見て、課題解決のやり方が身の丈サイズになっているなと感じました。その文脈の中で、ローカルな仕事も評価されるようになったように思います。できる範囲で、得意分野で、そんなスタンスで課題を解決という発想は、スタートアップや小さなNPOにもさまざまなチャレンジを促すと思います。
- 「利益をあげる社会課題解決」
- 企業の本業を通じて行う社会課題解決が評価されました。社会とブランドがいい関係であり続けるために、いい傾向だと感じています。カンヌライオンズPR部門グランプリのドアダッシュの仕事は、ヒット商品そのものが社会課題解決に繋がります。「商い・ビジネス」と「社会課題解決」という一見矛盾する概念のベン図の交わりを模索する仕事が多く見られました。
- 「結論に与しない」
- 「The Miglos Beer」やハイネケンの「The Closer」などは、結論を出すのが難しい議論の、どちらかの側にエージェンシーが立つのではなく、議論をより健全に行う、あるいは議論を活性化することが役割になっています。我々の持つコミュニケーション技術、同意形成の技術が分断の時代に新しい形で社会課題を解決しているのではないでしょうか。
月刊『ブレーン』2023年9月号
【特集】AIの民主化で際立つ
人間・文化の視点
世界のクリエイティブ
- ▼31人のクリエイターに聞く海外アワード2023
- ・時代を映す注目事例と
- キーワード
- ・海外アワードに見る
- AIとの共創の可能性
- 〈回答者〉(五十音順)浅井雅也、阿部光史、荒井信洋、石井義樹、石川俊祐、石原 和、泉家亮太、井口理、岩崎亜矢、岡村雅子、小川信樹、小田健児、金箱洋世、木村健太郎、窪田新、小山真実、佐々木康晴、嶋浩一郎、杉山元規、鈴木佳之、関谷アネーロ拓巳、多賀谷昌徳、田中直基、谷脇太郎、張ズンズン、出村光世、中島琢郎、萩原幸也、平井孝昌、細田高広、松宮聖也
- ▼AI 活用の前に理解しておきたい
- 国・地域で異なる「文化的価値観」
- (文:渡邉 寧)
- ▼審査員と応募者
- 双方の視点からひも解く
- 企画の見方
- (八木義博)
- ▼海外アワード2023
- 日本の受賞作品
- ▼ヤングカンヌレビュー
- 受賞へのあと「一歩」は?