第2回 フランスの映像業界で多様性を支持する団体を立ち上げた撮影監督・小野山要(後編)

日本のニュースでも取り上げられましたが、6月29日にフランスで、北アフリカ系の少年が警察によって射殺される事件が起こりました。この事件をきっかけに、非白人に対するフランス警察の人種差別と過剰暴力を抗議する激しいデモと暴動が広がりました。

要さんはパリ在住の撮影監督として活躍されていて、先日公開されたばかりのNetflix大ヒットシリーズ『トップボーイ』の最終シーズン、そして今年の「トロント国際映画祭」で正式出品された映画『Inshallah A Boy』も撮っています。世界から注目を集めている要さんですが、実はフランスの映像業界で多様性を支持する団体「Divé+」を設立した人でもあります。

各国で浸透しつつある「多様性」というテーマ。海外で活動されている要さんのキャリアの裏には、並々ならぬ熱意と行動力がありました(前編はこちら)。
小野山要氏

第2回
小野山 要(Kanamé Onoyama)

職業:撮影監督/シネマトグラファー
拠点:パリ、フランス

フランスの映像業界を変えていく「Divé+」の活動

——コロナ以降はどういった作品に携われたんですか?

2020年、コロナで止まっていた仕事が徐々に再開し、僕に初めて長編ドラマの仕事がきました。ウィリアム・ステファン・スミス(William Stefan Smith)というイギリス人の黒人の監督からの仕事で、彼が抜擢されたNetflixドラマ『トップボーイ』シーズン2のラスト2話をやらせてもらうことになりました。僕のMVなどを見てくれていたみたいで。

Netflix『トップボーイ』 Season 2 トレーラー

——『トップボーイ』はNETFLIXで復活したイギリスの大人気ドラマシリーズですよね。

そうです。その時びっくりしたのは『トップボーイ』の制作会社のオフィスに入った瞬間、スタッフがものすごいミックスで。幅広い人種、年齢層、ジェンダー。初めて本当の「多様性」を目の当たりにしました。

そして「カメラまわりでも“メンターシップ”をやる準備は整っているから、見習いを1名選んでいいよ」とNETFLIX側に言われたんです。若い子たちにチャンスを与えるプログラムがすでに作られているんです。そして「準備」というのは、作品づくりには直接関与しない見習いを現場に呼ぶ予算を確保しているということ。一日150ポンドを10日〜15日間。

衝撃でした…。フランスでは考えられない、この人たちは10年、20年も先に進んでいると思いました。多様性をちゃんと商業的な意味で理解して、実践していました。

そこで早速自分のインスタグラムで『トップボーイ』のカメラ見習いの募集をかけたら、バズってしまって、メールが1000件以上も来ました(笑)。

——1000件!

2日、3日かけてメールを読んだんですけど、涙が出るぐらいの思いが綴られていました。才能や実力はあるのに、家庭環境だったり、人種だったり、なんらかの理由でチャンスをなかなか手にすることができない子たちがたくさんいて。『トップボーイ』の現場に無事見習いを呼ぶことができたんですけど、その他呼べなかった子たちのことが忘れられなくて。なんとかして救えないかと。

そこで2021年にフランスの映像業界で多様性を支持する団体「Divé+(ディヴェ・プリュス)」を立ち上げることにしました。

——「Divé+」は具体的にどういった活動をされているんですか?

映像業界で働く、人種やLGBTなど、さまざまな観点においてのマイノリティ同士や、多様性に関して同じ志を持つ者たちが集まって、みんなでピクニックしたり、月一で講演会をひらいたり、ポッドキャストで話したり、とにかく業界について話し合う活動を行っています。現在約300名います。

僕が思う一番の問題は、自分だけ一人ちがう状況にあると何にもできないということ。僕も経験しましたが、撮影現場で差別的なジョークを言われたときに皆が笑って自分だけ嫌な思いをしても、実際指摘しづらいし何もできないと思うんです。実際そういう思いをしている人がたくさんいる。その人たちに「安全な場所」を提供しようと思ったんです。

設立してから「Divé+」のメンバーを撮影現場で見かけるだけで安心すると言ってくれる人もいて。

「Divé+」の活動を伝えるインスタグラム

「Divé+」の活動を伝えるインスタグラム


——この活動を撮影の合間にされているってことですよね。

はい、日曜の午後だったり休みの日に。人と会うこと自体、とても時間がかかる作業なんですが、そこはスキップしちゃいけないと思うんです。それこそリスト化しちゃうと人間性が見えなくなってしまう気がして。僕自身、設立当初は政治臭くてちょっと気持ち悪い感じになるのかなと危惧していたんですが、みんなユーモアを交えて愚痴を言い合ったり、情報交換していて、すごく面白くて楽しいです。

——フランスの映像業界がどんな風に変わっていってほしいですか?

映像業界の活性化のためにも、LGBTの方々や、黒人アラブ人だけでなくアジア系のフランス人など、または身体障害者の方々など、映画の現場で「いない」ことになってる人たちのストーリーがもっと映画で描かれるようになったら嬉しいですね。そうすればフランス映画ももっと面白くなるはずです。同じ顔ぶれが、同じようなものを作り続ける業界であってはならないので。

——日本の映像業界に関してはどう思われますか?

日本は全ての面で非常に遅れていると思います。色んな差別の問題もありますし、超過労働の問題もあります。何も変えられないと決め込んで辛い現状を嫌々受け入れているように見えます。映画は社会問題に立ち向かう手段でもあり、社会に大きなインパクトを与えられると信じているので、そういう面白い作品を日本の若者に作っていってほしいですね。

少し前に『ブルー・バイユー(Blue Bayou)』(ジャスティン・チョン監督)というアメリカの映画を観たんですけど、本当に素晴らしい作品でした。日本で『ブルー・バイユー』のような作品をつくりたいという監督がいらっしゃったら、ぜひ僕に連絡してほしいです(笑)。

——読者の中には若いカメラマンもいらっしゃると思います。要さんのようにキャリアを築いていく「コツ」はあったりするのでしょうか?

やっぱりレベルアップしたい時は「よし、今後こういう仕事は断ろう!」と自分で区切りをつけて、仕事を選ぶことが必要だと思います。あまり良くない仕事を受けてしまうと、小さい業界なので一緒に仕事をしたいと思っている監督の目に必ずつきます。そういう駆け引きは重要ですね。

——要さんは各国にエージェントがいらっしゃいますが、どのようにして契約を結ばれていかれたのでしょうか?

若いカメラマンに「エージェントはいつ取るべきですか?」と訊かれることがあるんですが、必要な時になれば必ずエージェントは出てきます。今いないのであれば、多分作品がまだあまり知られていない、もしくは一緒に仕事したいレベルに達していないということだと思います。それにエージェントが付いたからといって、その後のキャリアが上手くいくとは限りませんよね。

結局僕らは監督に指名してもらって仕事がくるので、監督に知ってもらったり、気に入られることが大切です。僕はロスのエージェントにアタックしちゃいましたが、本当はそうじゃないんです(笑)。いい監督と仕事して、いい作品を撮る。それを続けていけば、色んなエージェントから話がきて、一番相性のいいエージェントを選ぶ余裕もできます。

——ちなみに具体的な質問で恐縮ですが、アメリカ、ロンドンやパリのエージェントのフィーは決まってるんでしょうか?

エージェントのフィーは基本的に10%です。

——では、要さんの今後についてですが、ご一緒したい監督はいらっしゃいますか?

イギリスの監督、スティーヴ・マックイーン(Steve McQueen)です。ちょうどカメラマンとして独立したころに彼の2008年のデビュー映画『ハンガー 静かなる抵抗(原題:Hunger)』を観て、いつかご一緒したいとずっと思っています。

——これからは映画やドラマのみで活躍されるのでしょうか?

映画やドラマが優先ですが、映画一本やると短くても3、4ヶ月出張になってしまうので、私生活が保てないんですね。2022年は映画3本撮ったんですけど、結局一年のうち、10ヶ月出張になってしまって…。もちろん今もCMやMVを撮るのも好きなので、理想は毎年一本映画を撮り、その他の時間でCMやMVを撮り、両立していきたいなと思っています。

今年いっぱいは、北アイルランド問題をテーマとして扱うアメリカのドラマをロンドンで撮っています。

——最後に、世界で活躍したいと思っている若手のDP(Director of Photography)の方々にアドバイスをお願いします!

海外の人からしたら日本で生まれ育った時点ですでに面白い人間です。でも自分という人間を相手にしっかり伝えるにはやはり言語が必要なので、なるべく早く英語を始めたほうがいいです。例えばネット上は英語だけで生活してみたり。カタコトでもよくて、まずは間違えてみることが大切なんだと思います。

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〜06/22/23 取材

  • 小野山 要・KANAMÉ ONOYAMA
  • パリを拠点に活動する撮影監督。トリリンガル(日英仏)。
  • これまでの主な作品:
  • ・Netflixシリーズ『Top Boy/トップボーイ』(2022)(2エピソード)、(2023) (2エピソード)
  • ・映画『Inshallah A Boy』 ー カンヌ国際映画祭2023「批評家週間」賞ノミネート、トロント国際映画祭 2023 正式出品、全米公開予定
  • ・映画『Inshallah A Boy』 ー カンヌ国際映画祭2023「批評家週間」賞ノミネート
  • ・映画『Abou Leila』ー カンヌ国際映画祭2019「批評家週間」賞ノミネート
  • ・Stormzy MV『Vossi Bop』ー 2019年 UK Music Video Awards 最優秀賞受賞
  • Pepsi, L’Oréal, Nike, Cartier, Samsung, Dior, Yves Saint Laurent, FIFA, Balmain, Uber, Air France, Vogue,ISETANなど、数々のCMも手掛ける。
  • タイムライン
  • 2000年 慶應義塾大学入学、夏休みにフランスを訪れる
  • 2004年 慶應義塾大学文学部フランス文学専攻卒業、渡仏
  • 2007年 映画専門学校ESRA International Film School卒業
  • 2007年〜 アシスタントとして活動する
  • 2009年〜 独立し、撮影監督として活躍する
  • 2021年 フランスの映像業界で多様性を支持する団体「Divé+」を設立
  • 2022年 フランス撮影監督協会(AFC)に加盟


東野 ユリ(Spinnaker Filmsプロデューサー)
東野 ユリ(Spinnaker Filmsプロデューサー)

東京育ち。国際基督教⼤学⼊学、中退。19歳で渡豪。クイーンズランド⼯科⼤学美術学部(映像学科)卒業。2015年スピネカーフィルムズ⼊社。シドニー在住。
Spinnaker Films: spinnakerfilms.com

東野 ユリ(Spinnaker Filmsプロデューサー)

東京育ち。国際基督教⼤学⼊学、中退。19歳で渡豪。クイーンズランド⼯科⼤学美術学部(映像学科)卒業。2015年スピネカーフィルムズ⼊社。シドニー在住。
Spinnaker Films: spinnakerfilms.com

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