従業員向けの施策は、本当に顧客にとっての価値を高めることに繋がるのか。青山学院大学でサービスマネジメントを研究する小野譲司教授が、「サービス・プロフィット・チェーン(Service Profit Chain: 以下SPC)」仮説を基に解説する。
(本記事は月刊『宣伝会議』11月号巻頭特集に掲載されているものです)
青山学院大学
教授
小野譲司氏
生産性と顧客満足度はトレードオフの関係か両立可能か
サービス経済における企業経営の重要課題として、顧客接点の構築とマネジメントがある。顧客経験(CX)もこれに関わる課題であるが、サービスマネジメント研究では、この顧客接点に関わる人の要素に注目して、従業員満足(ES)と顧客満足(CS)の間には正の関連性があり、それらが連鎖して収益に結び付く、という「サービス・プロフィット・チェーン(以下SPC)」仮説がある※1 。
SPCは大きく3つの連鎖に分けられる。第1は、従業員が働く環境や社内の部門間連携ないしはパートナーとの連携といった内部サービスの質が、従業員の満足度と生産性に影響する連鎖である。
第2は、顧客に提供するサービスの品質や価値が満足度とロイヤルティに影響する連鎖である。
そして、第3は、従業員と顧客の満足度が適切に連鎖すれば、企業の収益性と成長性を駆動する連鎖である。
CS が高ければリピーターが増え、LTVの向上に加えて、クチコミを通して市場での評判も上がると期待される。さらに、価格弾力性が下がり競合他社の安売りにも靡かず、プレミアム価格をも受容する確固とした顧客基盤が収益性と成長性の源泉になるというのが骨子だ。
ESが高く会社への忠誠心が高ければ、生産性が上がり、結果的にサービス価値が高くなるという命題は、分かりやすい反面、単純化しすぎているようにも見える。実際、顧客と従業員の満足度を企業単位ないしは拠点単位で集計すると相関関係が見られることもあるが、その関連性は実証研究が難しく、一貫した研究成果が得られにくい。第3の連鎖が成り立つにはさらに条件は複雑だ※2。
従業員の要素によってサービスに対する顧客満足度が説明できるのは限定的であり、過度に従業員満足度を強調するのは、その他の重要な要因を見逃すリスクすらある。また、顧客満足がもたらすロイヤルティ効果として、再購買・継続購買率の向上に加えて、価格弾力性の低下、ポジティブなクチコミ・推奨・紹介の増加が挙げられる。しかし、人間の心理と行動はそれほど一致しないことは、ロイヤルティ効果についても指摘されている。さらに、サービス価値と顧客満足、顧客満足とロイヤルティの間には、非線形の関係が見られることも指摘されている。例えば、従業員満足度が上がり、接客スピードが10%短縮したとしても、顧客満足度にはほとんど影響がない、というのが非線形な関係である。成熟化した市場において、製品・サービスの差別化は、他社もすぐに模倣することもあり、企業が意図したほどに顧客満足に影響しない、というコモディティ化のジレンマはこうした局面に現れる。
生産性と顧客満足度は、トレードオフの関係か両立可能かという議論もある※3。企業が顧客満足を重視すると、コスト増を伴うことから生産性を犠牲にする、あるいは、オペレーション効率を追求すると、顧客へのきめ細やかな対応ができなくなる。この問題を解くカギが、次の2つの論点である。
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