10月1日より「ステマ規制」が施行となりました。ソーシャルメディアをはじめとするクチコミマーケティングに関わる企業では、今こそ、危機管理を点検し直すべきタイミングといっていいでしょう。
本コラムではこれまで実際にSNS投稿例を用いて景品表示法、WOMJガイドラインについて解説しました。
続く第5回は、企業の危機管理におけるソーシャルメディアとの向き合い方、危機管理としての消費者保護の観点から、クチコミマーケティング協会 運営委員の細川一成(電通PRコンサルティング)が解説します。
「知らなかった」「うっかり」では済まされない
ソーシャルメディアに代表されるインターネット上の言論空間は、いまや企業の危機管理の主戦場とも言える様相を呈しています。現代において、企業にまつわる事件、事故、経営に関する不祥事などが発生した場合、その事実は直ちに企業の評判とともにソーシャルメディア上に投稿され、拡散されることになります。
そのため企業の危機管理担当者は、その仕事の大部分でソーシャルメディアと関わらざるを得ないという状況が生まれているのです。
ステルスマーケティング(以下ステマ)については、これまで何度かこれに起因する企業の炎上が発生しており、一部企業において重要な企業危機管理上のイシューとなってはいたものの、その深刻度は、他の企業危機に比べてやや小さく見積もられるという状況があったかもしれません。
しかしながら、この状況は2023年を境目に一変しました。2023年3月にステマ法規制の方針が明らかになり、10月1日に施行となったことで、企業はステマを法的リスクのひとつとして捉えねばならなくなったのです。
消費者庁で行われたステマ検討会の報告書には、消費者庁が過去数年にかけて行ったステマの実態調査に関する記述が含まれています。これによるとステマはかなり横行しているように見えますが、なぜステマが行われていたのかに考えを巡らせると、その中には「担当者の無知」「うっかり」といったものも含まれていると想像できます。
確かにこれまでステマについては明確な定義がなく、これが行われることによる消費者のデメリットが事業者側に強く意識されることもありませんでした。いわば事業者の理屈が(たとえそれが身勝手なものであっても)まかり通る状況があったと言えます。このことが事業者側のステマへの意識を鈍らせていた感は否めません。
しかしステマ法規制が現実のものとなった今、ステマは「法令遵守」という企業の危機管理において最上位に位置づけられる概念の中に含まれることになりました。
横領、インサイダー取引、下請け会社いじめがあってはならないのと同様、ステマもまた企業においてあってはならないことと位置づけられることになったのです。法令遵守なのでもちろん「無知」「うっかり」は通用しません。「横領が悪いことだとは知らなかった」「うっかり下請け会社をいじめてしまった」という言い訳が通用しないのと同様、「無知によるステマ」も「うっかりステマ」も許されません。
ステマ発覚による企業の短期的・長期的デメリット
ステマを行った企業が被るデメリットにはどのようなものがあるのでしょうか? 筆者は、短期的なもの、長期的なものの2種類があると考えます。
短期的なものには、いわゆる炎上リスクがあります。ステマが発覚したことにより多くの非難・批判を呼び、短期的に大きく企業レピュテーションを損ね、広告宣伝などを中心に予定されていた企業活動を中止したり、変更したりせざるを得なくなる(これまでのこれらへの投資が無駄になる)リスクです。お客様相談室のようなCS部門やIR部門に問い合わせが殺到し、これら部門の業務に支障をきたすという事態も考えられます。
長期的なものには、「ステマ企業」という評判の定着が挙げられます。炎上した企業の多くは、企業名とともに「ステマ」というキーワードを加えて検索されることが増えるため、検索エンジンのサジェスト機能にこれが残り続けることになります。企業を解説するウィキペディアの項目でステマについて語られ続けるということも想定されます。
長期的デメリットは、炎上した企業だけにとどまらず、社会全体、そして消費者も受け続けることになります。
消費者もステマに対して全く無知というわけではありません。企業が行っているコミュニケーションに少しでも怪しいところがあると「これはステマではないか?」と勘づくものです。この場合、大規模な炎上は起こらずとも「ステマ企業」「信用できない企業」という暗黙のレッテルが貼られ続けることになります。
これが定着すると、そののちどのような評判形成策を行おうとも「でもこの企業はステマ企業だしな……」という感想とともに受け入れられる、という事態が起こります。過去に、某飲食店チェーンがステマ疑惑によって「ステマ〇〇(〇〇は屋号の一部)」と呼ばれ続け、店舗数を大きく減らすことになった件をご存じの方も多いのではないでしょうか。
WOMJガイドラインをステマ防止の参考に!
今や、ステマ防止は企業にとって優先順位の高い課題であると言えます。
でも具体的にどのように取り組めばよいのでしょうか? 消費者庁から出されている各種のドキュメントは非常に参考になり、すべてに目を通すべきですが、まだステマ規制は施行されたばかりであり、具体的な事例が明示されたりしているわけではありません。
そこでぜひ参考にしていただきたいのが、「WOMJガイドライン」です。WOMJガイドラインは、日本のクチコミマーケティングの業界団体であるクチコミマーケティング協会が策定している業界自主基準です。
この最新版は、今回施行となったステマ規制の内容に対応して改訂されたもので、対象範囲こそオンラインの消費者間コミュニケーションのマーケティング活用に限られているものの、法令遵守のために細部まで手を加えたガイドラインなので、こちらを守っていれば自ずと法令に違反しないようにつくられています。
WOMJガイドラインは1.目的、2.適用範囲、3.関係性の明示、4.偽装行為の禁止、5.社会啓発の5パートから成り立っており、それぞれに「本文」と「解説」が記載されていますが、特に重要で分量も多いのが3.関係性の明示と4.偽装行為の禁止です。これらパートの「本文」と「解説」には、関係性を明示するためにどのように記述を行えばよいのか、どういった記述では良くないのかなどが具体的に書かれており、法令順守の一助となることでしょう。ガイドライン運用の鍵となる関係性の明示については、本連載で解説していますので、ご一読ください。
消費者の利益目線で考えることが基本
企業コミュニケーションにはいろいろなケースが考えられるため、個別ケースについてどのように対応していけばよいのか? 危機管理担当者やマーケティング担当者は迷うことが多くあるかもしれません。そういうときに立ち返っていただくためのものとしてWOMJガイドラインの1.目的があります。
- ア
- 本ガイドラインは、クチコミマーケティング(消費者間コミュニケーションのマーケティング活用)を扱う業界の健全な発展のために定める。
- イ
- 情報受信者(情報を受信する消費者)の「正しく情報を知る権利」を尊重し、保護する。
- ウ
- 情報発信者(情報を発信する消費者)が正しく情報を発信しないことにより社会的信頼を失うことを防止する。
この3つの目的には、「従来の業界慣習を守る」「消費者利益の一部を損ねてでも広告主などマーケティング主体の利益を最大化する」などとは書かれていません。守られるべきなのは消費者の権利であると書かれています。
ですので、判断に迷われたときは「これまでどうやっていたか?」「どうすれば自分たちの都合の良い考え方を押し通せるか?」ではなく、「どのようにすれば消費者の権利を守ることができるか?」という発想で考えていただければと思います。
ステマ法規制は企業の危機管理、広報、経営企画部門にとって大きなイシューです。ぜひWOMJガイドラインを広くご活用ください。
次回は、多様化するクチコミマーケティングの手法と、それに対応するためのWOMJガイドラインの使い方を解説していきます。
細川一成(ほそかわ・かずなり)
クチコミマーケティング協会 運営委員
電通PRコンサルティング チーフコンサルタント
15年以上にわたり企業や自治体・大学のPR企画立案やコンサルティングに従事。専門領域はWOMマーケティング、オウンドメディア活用とこれらにまつわる危機管理。共著に『改訂版 広報・PR概論』(同友館)、『デジタルPR実践入門 完全版』(宣伝会議)。