東京・下北沢の書店B&Bで、クリエイティブディレクター・アートディレクター 小杉幸一氏が上梓した書籍『わかる!使える!デザイン』と、クリエイティブディレクター・CMプランナー 明円卓氏が上梓した書籍『やだなー本 その「やだなー」はアイデアに変えられるかも、変えられないかも』の刊行記念としてトークイベントが開催されました。当日は博報堂ケトルの原カント氏の進行のもと、アイデアとデザインで世の中を変えようとしている二人のトップランナーがそれぞれの新刊のエッセンスをはじめ、アイデア発想メソッドから、クリエイティブにおいて心がけていること、仕事の進め方など、多様な内容でのトークが繰り広げられました。
誰もがデザインを自分ごと化できるようにしたい
原 まずはお二人から、ご著書について簡単に紹介していただけますか?小杉さんの本『わかる!使える!デザイン』はデザインの本ですが、デザイナーに向けた本ではないそうですね。
小杉 はい、デザイナーの方にも読んでほしい気持ちもあるのですが、この本は、デザインがあまり自分事できない方を意識して書かせていただきました。デザイン思考について書かれた本は世の中にたくさんあるのですが、表現方法に直結していて、かつ誰の立場でも考えられるデザイン思考的な本があまりなかった。自分がデザイナーでなくても、仕事で色やデザインに関わっている人は多いと思うんです。
原 僕は小杉さんと仕事をしたことがあるのですが、デザインがとにかく早い!そんなやり口もこの本に書かれているんですね。
小杉 これまで僕も含めてデザイナーは打ち合わせを経て、そこから自分なりに解釈して、時間をかけてアイデアをビジュアルとして生み出すことが当たり前だと思っていました。しかし、コロナ禍でリモート会議が増えたことで、作業しているビジュアルをその場で見せてビジュアルで会話しながら進めることも参加者みんなの共通言語になるということに気づいたんです。それから、その場で考えて、みんなのリアクションを見て、さらに詰めていくという作業を日々の仕事でするようになりました。
原 デザインはコミュニケーションであり、会社やサービス、商品を人に例えて、人格化する。そして、色は性格、書体は声色、レイアウトは姿勢、写真は視点、イラストはファッションであると、この本ではまとめられています。
小杉 ありがとうございます。もちろん違う考え方もあると思うのですが、今の時代はデザイナーだけではなく、みんながデザインしているというか、先ほどもお話したように「色のことは私には関係ない」という人はそんなにいないと思うんです。一つのプロジェクトの中で、色は共通言語であるべきだと思ったときに、やっぱり基本的な考え方がきちんとみんなに理解されているべきじゃないかなと。そのときに活用できるのが、本で書かせていただいた「コミュニケーション人格」です。
僕が教えている大学の講義に、あるクライアントの方が来ていただいたときにおっしゃっていたことがきっかけとなり、その考え方が時代に合っていると確信しました。その方は美大生に「君たちは伝えることに関するプロだけど、そもそも伝えたい相手との関係が構築できたうえでコミュニケーションをしていますか」とおっしゃったんです。そういう関係性を作っていく上で、商品やブランドの人格を考えていくと、僕らアートディレクターだけではなく、いろいろな立場の人にとってわかりやすくなる。結局、「人」と「人」。みんながデザインを自分事化しやすくなるのではないかと思いました。
原 書籍の中の、携帯会社4社の人格化が面白かったです。
小杉 本の中では、大手携帯キャリアである「docomo」、「Softbank」、「au」、「RAKUTEN MOBILE」を例に挙げました。例えば、大まかですが、「docomo」さんはビジネススーツを着た真面目な人。日本で一番大きな携帯電話の会社ですから、身なりや言葉遣いなんかも丁寧。一方「Softbank」さんは型にはまらない、頭の切れるユニークでオリジナリティ性のあるイメージ。「au」さんは親しみやすくてチャーミングな女性をイメージなどなど、本書の中では僕の一生活者としての印象でそれぞれ人格化しています。そういう「コミュニケーション人格」がチーム内で共有できていると、誰に対して、PRや店頭などでどういうことをしたらいいか、伝えたらいいか、などを考えやすくなるんです。
「人格」という言葉でお話すると、いつでも同じ、一定にしなくてはいけないように誤解されてしまうのですが、実は人間の人格って結構バラバラですよね?その行動の一つひとつを見ていくと、いいところもあれば、悪いところもある。だからこその人間で、そちらのほうがむしろ信じられる。SNSのときはそういう面を出してもいいのかなと思っています。だって、ずっときれいな言葉だけで話している人なんてほとんどいないでしょう?家庭ではもっとラフに話しているかもしれないし。そういうところも踏まえた上で人格を考えると、SNSでも展開しやすくなります。
80%ルールを設けた「友達がやってるカフェ」
明円 僕の本は、2022年10月に2日間にわたって表参道のKakeruのオフィスで開催した「やだなー展」をきっかけに生まれました。「チャーハンの最後の一口がすくえない」「外出中にくるzipファイル」「Excelの難しすぎる印刷範囲指定」など、日常にあふれる、ちょっとした「やだなー」な瞬間を集めた展覧会だったのですが、多くの人にSNSで拡散していただき、会期中は行列が絶えないという想定外のことが起きました。
小杉 本を拝見して、共感だらけでした。本にポストイットをこんなに使ったのは10年ぶりぐらい(笑)。例えば「花を捨てるとき」「PDF作った瞬間に誤字発見」とか、めっちゃわかります。いろんな「やだなー」があるのですが、その中に面白い視点と「わかる、わかる」と共感できるもの、二つの解釈がある。これらはどういうふうにして集めたんですか?
明円 うちの会社で何かプロダクト開発にチャレンジしてみたいと思ったのですが、たとえばいきなり「お酒作りました!」と発表しても唐突で、世の中に伝えるための文脈がない。そこで、アイデアの会社から生まれたプロダクトとしては、アイデアプロセスを工夫するところから始めてみようと考えました。アイデアはゼロから考えようとすると難しいですが、自分の記憶から引っ張り出してくると、するする出てきたりします。そこで日常で感じる「やだなー」と思う瞬間を思い出しながらリストアップし、やだなーから解決策となるようなプロダクトアイデアを考えていきました。そんな中、このプロジェクトを一緒に進めていたインターン生が卒業することになり、せっかくリストを集めたのに公開されないともったいないから、このまま展示してみようかということになったんです。
原 明円さんは、2020年に独立されました。
明円 独立と同時にコーヒー屋のフリをしたBAR「JANAI COFFEE」をオープンしました。見た目はコーヒー屋ですが、ある秘密を解くと中に入れるバーなんです。その後、「友達がやってるカフェ」という名前の店を作ったり、人間の曖昧な境界線を知る「どっちかといえばこっち展」という企画展など、徐々にいろいろなことを実現できるようになってきました。最近、僕の仕事としてお店や企画展を多くやっていますが、お店を増やしたいということではなく、自分たちが思いついたものをいろいろと形にしていきたいんです。
原 「友達がやってるカフェ」はSNSで150万いいね、お客さんがシェアした動画が累計3000万再生を記録するなどめちゃくちゃバズってますね。
明円 実は、オープン3日前ぐらいに、すべったらどうしようと、不安になりました(笑)。そうしたら、友人が「これ絶対バズりますよ、見たことがないから」って言ってくれたんです。「見たことないものに価値がある」という、その言葉にハッとして自分がこれから作りたいものが定まったように思います。
オープンにあたってこだわったことは、お店の一次情報をSNSで自ら発信することでした。最近は新規店のオープン時、インフルエンサーさんを招いて情報発信してもらうことが多いと思いますが、そうするとどんな風に切り取られるか、わからない。お店のコンセプトを正しく伝えるために、自分でスクリプト書き、撮影・編集した動画をSNSで出したところ、その動画が約400万再生されたんです。TV番組でも累計20番組ほど紹介されたり、「友達がやってるカフェ」は「2023年上半期Z世代トレンドランキング」にランクインするほどの反響がありました。
@m_suguru 新店舗を作りました!訳わからないお店ですが楽しんで頂けますように…。「原宿の友達がやってるカフェ行かない?」と誰かを誘って遊びに来て頂けたらうれしいです!#カフェ #原宿カフェ #お出かけ ♬ Friends – Ella Henderson
小杉 店員さんは役者ですか?
明円 役者やエンタメ業界で働いている人です。店舗準備はまさに舞台稽古のようでした。このお店には、いくつかのルールを設けています。その一つが、80%ルール。あくまでも「友達のバイト先」なので、テーマパークのようなエンタメの場とは違い、店員のテンションは120%ではなく80%に。わかりやすい例というと、お客さんが来店したとき、「いらっしゃーい」と手を振る。その手は肩より上にあげない、とルールで決めています。これは一カ月近い稽古の中で、働く人たちと話し合いながら、どれくらいが「友達の接客」として適切なのかを考えて決めたものです。
原 客が感じる「やだなー」をはずしているんですね。
明円 オープン後、「友達がやってるカフェ」に来店したお客さんが投稿した動画が話題になったのですが、それは予想していなかったことでした。一般的に人気カフェの場合、SNSを見ていただくと、同じメニューや似たような構図の写真が並んでいることが多いのですが、このカフェの場合、店員の接客が写真や動画として拡散されています。というのも、店員さんの対応は毎日、相手によって変わるので、新しい動画や写真をどんどん撮ることができる。つまり違うUGC(User Generated Contents)が生まれ続けているんです。
原 「JANAI COFFEE」も気になる。めちゃくちゃ行ってみたいです。
明円 恵比寿の「JANAI COFFEE」は、お客さんとして来てくださった漫画家の方がお店のことを漫画で描いて、SNSにアップしてくださって、それが話題になったことで1年間の予約枠が埋まったんです。
お店づくりの印象が強くなっていますが、僕としてはバーをつくりたいわけではなく、新しい場所づくりをしたい。これからはパートナーと一緒にやっていきたいと考えています。この夏、バンダイナムコアミューズメントさんと一緒に大阪で「JANAI GAMES」というお店を開業したのですが、これは自主プレから始まりました。すでにあるゲームセンターとのコラボで、面白い場が生まれそうです。今後も企業とコラボするかたちで、「JANAI CINEMA」、「JANAI MUSEUM」など、「JANAI ◯◯」をいろいろ展開して、新しい体験を作っていけたらと思っています。
小杉 「JANAI COFFEE」、あれがもしダサかったり、時代性に合ってなかったりしたら絶対流行っていないですよね。「コミュニケーション人格」がすごい明快。見せ方や発信の仕方はどのように意識されているのですか?
明円 「JANAI COFFEE」も「友達がやってるカフェ」も、PRのアドバイスしてくれる友だちと打ち合わせをしてから発信しています。
こういうカフェがメディアに取り上げられるためには、文脈や理屈が求められます。でも、カフェやバーに行く時って理屈では考えませんよね?その店が持つファッションや態度こそが大事。「面白いと思ったから作りました。以上!」というのが基本的なスタンスです。仕掛け人がメディアに出て、ぺちゃくちゃ裏側のことを話すのはカッコ悪い。だからあんまり本当は多くを語るべきではないと思っています。果たして、今のやり方が正解かどうかはまだわかっていないんですけどね。
原 テレビCMは15秒で伝えるものですが。TikTokは数秒の世界だと思います。そこで「いいね」を押してもらうには、理屈で伝えている場合じゃないですね。
明円 いえ、TikTokはむしろとても理屈から映像の構造を考えて作っています。TikTokは2秒ごとに、自分ならここで離脱するかも、という視点から編集しています。同じ映像でも、CM編集とはまったく違う考え方。以前にTikTokerの方に原稿を読んでいただいたときに、たとえば「ナレーションで息継ぎをするこのタイミングでスキップされます」と指摘を受けて、こんなに違うんだと驚きました。例えば言語を切らずにナレーションの間を詰めたり、起承転結の「承」から作ったり。「おつかれー」という言葉から映像が始まる場合は、あえて「おつ」という言葉の先頭を切って「かれー」から始めたり、独特のルールがあるんです。
小杉さんはSNSを意識してデザインすることありますか。
小杉 以前はロゴマークと言えば圧倒的にCMYK(紙媒体)を意識して作っていましたが、最近はRGB(Web媒体)から考えるようになりました。新聞広告を作るときも、スマホで見た時に一番小さい文字がちゃんと読めるようにするなど、そういうことは細かくやっています。もちろん、SNSでの適した「コミュニケーション人格」かどうかから検証しています。
(後編に続く)
明円卓(みょうえん・すぐる)
クリエイティブディレクター。平成元年生まれ。2014年より電通で活動後、2020年に退職しチョコレイトに参画。株式会社kakeru、JANAI COFFEEの代表も務める。前職時代の仕事に「意識高すぎ!高杉くんシリーズ」「三太郎シリーズ」(KDDI)、「復活!ピッカピカの一年生」(小学館)、AI、WANIMA、RADWIMPSのプロモーションなど。
小杉幸一(こすぎ・こういち)
アートディレクター/ クリエイティブディレクター
博報堂を経て、2019年「onehappy」を設立。
「コミュニケーション人格」デザインでその企業や商品やサービスのキャラクターを明快にし、クリエイティブディレクション、アートディレクションを行う。
主な受賞歴 東京ADC賞、カンヌライオン国際広告祭デザイン部門〈GOLD〉、JAGDA新人賞、JAGDA賞、D&AD、NY ADC、ONE SHOW〈GOLD〉、ACC賞〈GOLD/ SILVER〉、 JRポスターグランプリ最優秀賞、朝日新聞広告賞、ギャラクシー賞、ADFES 〈GRANPRIX〉、釜山広告祭〈GRANPRIX〉、フジサンケイグループ広告大賞優秀賞、インタラクティブデザインアワード、Spikes Asiaなど国内外多数受賞。
東京ADC会員、JAGDA会員、JIDF会員、多摩美術大学統合デザイン学科非常勤講師。岡崎市市営ディレクター。