「価値を高める上でもはや不可欠」 4500万UBに到達した「TBS NEWS DIG」のレコメンドエンジン

TBSをキー局とするJNN28局が取材したニュースを統合した「TBS NEWS DIG Powered by JNN」が好調だ。2022年4月の立ち上げ後、4カ月で1億PVに到達。23年6月からは3カ月連続で2億PV超えを達成している。直近の8月は月間2.5億PV、4500万ユニークブラウザーとその勢いは増すばかりだ。

しかし、立ち上げから「TBS NEWS DIG」に携わる、NEWS DIG企画開発室長の南部諒生氏は、「PVを稼ぐことで直ちに収益転換するとは考えていない。収益は大事ですが、それは後から付いてくるもので、我々が伝えるニュースがユーザーに届いたからこそ、収益が得られます」と話す。

「私たちのコアコンピタンスは取材して、記事を届けること。これは取材する記者を持たないプラットフォーマーは真似できません。しかし、デジタルにおいて、実は『届ける』ということがとても難しいのです。まだまだ届いていない、もっと多くのユーザーにNEWS DIGの記事を読んでもらおうよ、と呼びかけています」(南部氏)

では、記事をどのようにユーザーに届けるか。開設当初からの力強い味方となっているのが、「レコメンドエンジン」だ。シルバーエッグ・テクノロジーの「アイジェント・レコメンダー」を導入した。

準備期間はわずか半年

写真 人物 個人 南部諒生氏
TBS NEWS DIG企画開発室長 南部諒生氏

立ち上げから約1年半で月間4500万UBが閲覧する、日本でも有数のニュースサイトとなった『TBS NEWS DIG』だが、その立ち上げ期間はもっと短い。メディアとしてのコンセプト(基本指針)策定からサイト名称、サイト全体の仕組みづくりからCMSの選定など、開設までの準備期間はわずか半年だった。

それまで運営していたサイトは「TBS NEWS」。関東のニュースを中心としたサイトだが、コンテンツは関東エリアの地上波で流れたもののみ。TBS1局だけでは伝えられる範囲は限られており、「ユーザーに十分に届いていないという感覚がありました」(南部氏)。

「それでもテレビが培ってきたものは、新聞社や通信社にまったく引けを取らないものと考えています。デジタルにおいても、取材力では誰にも負けない。しかし、届けるという能力ではどうでしょう。圧倒的なリーチ力のあるテレビとは異なり、デジタルでは届ける努力をしなければ、せっかく取材した記事も読んでもらえません。改めて、ユーザーに提供できる価値は何なのか、からスタートしました」(南部氏)

JNN28局を巻き込むニュースサイト。関わる人が多ければ多いほど、コンセプト決めは迷走リスクが高まるが、事前に取った自分たちの価値は何かというアンケートは、そんな一般論を覆すものだった。

「ほとんどが『深い取材力』と回答しました。次にあがったのが『災害対応』。暮らしや、ときに生命すらも脅かす災害時に、いち早く正確で、身を守るための情報を届けられる、という点でした」(南部氏)

「NEWS DIG」の「DIG」は、まさに各局が寄せた意見がそのまま反映された。英語のDigには「掘る」という第一義から派生して、情報を探す、や、見出す、解明する、発見するといった意味もある。「NEWS DIG」のコンセプトとして掲げた、「DIG:掘り起こす、探求する、発見する。」は、JNN28局が自分たちの提供できるものの価値を率直に表現したものなのだ。

思いは残す、思い込みは捨てる

Webメディアのトップページは、まさにブランドの顔。どのような記事を、どのようなサイズで出していくか。そこには編成の思いがある。「NEWS DIG」も同様だ。南部氏は、「トップの編成は(人がやっていくというのは)変えませんし、そもそも何をニュースとして届けるか。ユーザーの知りたい欲求に対して、伝えるべきニュースをきちんと伝える、そのバリューを判断するのは人、というのが前提です」と話す。

「PVが取れるから取材するということはないですし、AI(人工知能)技術を用いて記事を書けばいいとも思っていません」(南部氏)

しかし、それと両立して、Webの世界では、ユーザーそれぞれの興味、関心がある。あるトピックスについて深く知りたい、新たなニュースを知りたいといったニーズは、文字通り多種多様だ。そうした中でトップページに掲載できるニュースの数は限られる。『NEWS DIG』の掲載ペースは毎日数百本規模だが、それぞれがどのようにユーザーとの接点を持てるかが、ニュースを届ける努力として同時に求められてくる。

「どう届けるか、という中で記事を読んで次に読みたくなる記事をサジェストしてくれる機能はニュースサイトに必須と言っていい機能だと思います。物理的に人の力だけですべてのユーザーに応えるのは不可能ですし、仮に人間の力でできたとしても、そこには『思い込み』が生じるのではないでしょうか」(南部氏)

その思い込みとは、たとえば、この記事を読んでいるなら、また別のこの記事が読みたいのではないか、という選択にまつわるものだ。

「全国28局のニュースを発信するようになってわかったのは、たとえばある特定の地域の記事を読んだからといって、必ずしもいつも同じ地域の記事を読んでいるわけではない、ということです。地域に限らず、おそらく人間で判断できるような表面的な特徴では、必ずしもユーザーのニーズを捉えきれないのではないでしょうか」(南部氏)

それぞれのユーザーがもっと読みたいと思われる記事をレコメンドすることは「NEWS DIG」の深掘りという価値を高める上で非常に重要――そこで検討の俎上にあがったのが、レコメンドエンジンの導入だった。

選定したシルバーエッグ・テクノロジーの「アイジェント・レコメンダー」について、南部氏はこう話す。

「いくつかのレコメンドエンジンを比較検討しました。一番の理由は導入・運用コストに見合った効果が想定できることです。レコメンドエンジンは設定作業などにコストを要するものですが、最初に導入するにはトライしやすい価格でした」(南部氏)

記事を入稿・管理するCMSとの連携も容易で、導入しやすかったこともポイントだったという。

写真 人物 個人 園田真悟氏
シルバーエッグ・テクノロジー マーケティング部シニアマネージャーの園田真悟氏

「導入する企業に負担をかけずに、効果を最大化する“勝ちパターン”のノウハウがあるんです」と話すのは、シルバーエッグ・テクノロジー マーケティング部シニアマネージャーの園田真悟氏だ。

「『NEWS DIG』としての設定や、運用コストが発生するような状況はできるかぎりつくらないよう、導入作業はサイト制作会社と連携して進めました。南部さんに明快なコンセプトをいただいたのもよかったと思います。運用ルールを細かくカスタマイズしてしまうと、逆に対応できない状況も生まれてしまいます。ユーザーにパーソナライズして、発見のある記事を提示したい、ということで、そこに人間の価値観を持ち込まず、AIのデータ分析で記事提案を自動化していく、というのが、メディアコンセプトにも沿っていました」(園田氏)

レコメンドでPVを追うな

「アイジェント・レコメンダー」が搭載しているのは、予測精度と処理速度の両面を担保した機械学習エンジンだ。Webサイトを訪れたユーザーの動線をリアルタイムに把握、分析し、ひとりの嗜好に合ったコンテンツを、瞬時に表示できる。AIのアルゴリズム(処理方法)は、導入する企業の利用場面に応じて選択でき、いわゆるA/Bテストによる効果検証機能も提供している。

「メディアとして導入するのであれば、『NEWS DIG』の〈掘り起こす、探求する、発見する。〉が象徴的なように、どのようなユーザー体験を提供したいのか、を明快にされると、とても効果的だと思います」(園田氏)

逆に、たとえば、PV向上を目的としても、関連性の低いレコメンドを出していたずらにクリックさせるだけでは、サイト内でのユーザー体験は酷いものになってしまう。離脱につながるばかりか、再び訪れる可能性を下げてしまうだろう。

「一方で、サイトを運用する人間が『1回あたり3クリックがベスト』などと決め、それに合わせて何を表示するか、そのつど調整していくのも、労力ばかりで意味のない作業です。むしろそうしたことが人間に困難だからこそ、道具としてのAIがあります。理想とするユーザー体験をゴールとして学習を続けることで、ユーザーが満足し、サイト価値が高まるようなコンテンツの提案ができるというのがAIの強みです」(南部氏)

「アイジェント・レコメンダー」による記事の提示でわかるデータもある。「具体的な数値はお出しできませんが、」としながら、南部氏は、「各局の記者にもフィードバックしています。その中でやはり重要だと思えるのは、タイトルです」と切り出した。

「かといってクリックを煽るような、いわゆる〈釣り〉はしない。詐欺的な見出しをつけるのは絶対にNGです。我々の中でよく言うのは、記事の中身に自信があるからこそ、その取材した中身をタイトルに〈昇華〉させるとよく言います。そのときに、レコメンドエンジンから出てくるデータを重視しています。テレビ局は長らくプロダクトアウトのような考え方が強かったきらいはあると思います。しかし、デジタルの世界では、ユーザーのニーズを把握し、それに応えることが重要です。レコメンドエンジンも、単にお勧めするだけでなく、読者ニーズを把握する上でも助けになる部分がありますね」(南部氏)

「読者、ユーザーの立場でニーズとは何かを考えると、情報、コンテンツというものの捉え方にも広がりが出ます」とは園田氏の弁だ。

「たとえば、昨今ではECサイトとオウンドメディアを両立しているサイトがありますが、このようなサービスでは、記事だけでなくECとして販売する商品も、コンテンツといえます。このような環境では、レコメンドAIは記事と商品をフラットに扱い、個人のニーズを満たすものを組み合わせた異種混合型の提案ができます。実際、アパレルECとファッション情報サービスを組み合わせたサイトでは、コーディネート写真や記事とEC商品を不可分にお勧めするようにしたところ、ファッションを純粋に楽しむために来ていたユーザーの購入率が約190%向上しました。ユーザーにとって響くコンテンツ、お勧めされて嬉しいものの範囲は、送り手側が思っているより広いのではないかと、私たちは思っています」(園田氏)

コンテンツをいかに届けるかだけでなく、実は、ユーザーが有益な情報、コンテンツと捉えるのは、送り手側が思っている以上に広い。そうした発見を、AIが支える。

「確かに、ニュースにとどまらずに、バラエティ番組とか情報番組とかテキストで届ける情報、通販サイトの情報というのもありえるのかもしれません。ユーザーが個々それぞれで求めることと、NEWS DIGの発信する情報のマッチングがよりよくなって、1本1本が多くのユーザーに届けばいいと思います」(南部氏)

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写真 人物 集合 南部諒生氏、園田真悟氏
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