お客さまの期待を下回るのはCXではない
2022年に創業90周年を迎えた「アカチャンホンポ」。現在は38都道府県に126店舗とECを展開し、売り上げは791億円に達するベビー用品の大手企業だ。このセッションでは、赤ちゃん本舗の春名成紀氏が、同社のデジタルを活用したCX向上について解説した。
CX向上の土台となるのは顧客データだ。同社は2001年からポイント機能付きの会員 カードを導入。 現在は公式アプリ内にポイントカード会員機能を持ち、 顧客データを取得している。これまでポイントカードで取得したデータからわかっているのは、全体の売り上げに占める会員比率は87 %、そのうちの80%は20歳から45歳の女性であること。2022年の出生者数77万人と同年の誕生日登録を比較すると実に55%が登録していることだ。春名氏は「カード会員になっていただけている率はほかの小売りよりも多いのではないかと思っています。サンプルセットやクーポン配布などのインセンティブが動機になっている面もありますが、個人情報に関して意識が高まっている時代にあって、これだけ登録いただけているのはすごいのではないか」と語った。
春名氏は、CXはUXやCSとは異なるとしつつ、さまざまな解釈を紹介しながら、明確な定義の難しさについても指摘した。良かれと思って発信したことが顧客の期待に一致せず「アカチャンホンポはベビー業界のパイオニアなのだから、しっかりしてくれ」という言葉が寄せられた例に触れ、「少なくともお客さまの期待を下回ることはCXではない。それだけは確かだと理解している」と話した。
アカチャンホンポCX向上のための三つのポイント
CX向上のための具体的な取り組みについて、大きく三つのポイントで紹介。一つ目は売り上げ管理。これも大きく二つの方法が取られており、一つは小売りでは一般的な52週MD。1年を週ごとに分け、縦軸に商品分類、横軸を週で管理しながら、いつ、どの商品が売れているのかを見て商品計画、販売計画を立てるものだ。もう一つが週齢MDと呼ばれるもの。これは、妊娠から出産、誕生後によって必要なものが変わるためだ。週齢MDでも縦軸にカテゴリー、横軸に週で管理するが、この場合の「週」は、妊娠前後は母親の妊娠週数、誕生後は赤ちゃんの生後の週数を意味している。春名氏は「週齢で管理するようになったのはここ数年のこと。それまでは担当者の勘や経験、度胸で行ってきた。ようやくデータドリブンな管理に着手するようになった」と話した。
二つ目のポイントは、顧客行動の可視化。週齢MDと同様に、母親や赤ちゃんの変化を週ごとに管理し、その行動データに基づいた「赤ちゃんのいる暮らしカレンダー」を作成、各タイミングでどのようなアプローチが可能かを検討している。重要なのは、購買行動だけではなく、生活面も意識していることだ。「最近は男性の育休取得率も高まり、育児に積極的に参加する人も増えているので、パパ向けコンテンツも増やしています」(春名氏)
また、顧客データの中には郵便番号データも含まれており、店舗との距離を軸とした行動の違いにも注目しているという。春名氏は「購買情報、生活行動、アプリの閲覧履歴、距離情報を一つのデータとして管理。それによって何週目に何を買ったか、店舗に近い人、遠い人の買い物点数などを多角的に分析して顧客理解を深めています」と話した。
三つ目がデータ統合による属性アプローチ。春名氏は「お客さまへ一律にクーポンを配布することは来店促進の動機にならないだろうと考えています」と指摘。そこで、購買状況や距離データ、周辺の競合数などを機械学習させ、来店確率や離反確率の予想モデルを作っていると話した。その結果に応じて、離反スコアの高い顧客に割引率の高いクーポンを発行するなど、顧客属性に合わせたマーケティングを実現していることを紹介。「クーポンにしてもお客さまに響かないものを発行しないよう、データを活用しています。お客さまが使いたい、使いに行きたいと思ってくれるクーポンを配信する。それがCXにつながると考えています」(春名氏)
また、生活行動データの活用という視点で、妊娠8週から産後52週(1歳)までの84週に合わせた記事を配信する「W/Story(ウィズストーリー)」についても紹介した。アプリを通じて2023年4月から配信開始され、アプリプッシュの開封率も 20%を超えるものもある、顧客の関心に寄り添ったコンテンツを提供できているのではないかと話した。これらのデータ活用の中心になっているのはアプリ。顧客の大半がアプリポイントカード会員になっていることが同社のアプローチを可能にしている。今後も機能を追加しながら、データの精度を高め、一人ひとりに合った顧客体験の提供を目指す。
CXは店舗環境の整備でも実現されている。数年前まで、店舗の棚はメーカー毎に陳列されていたが、これを月齢別に分けることで子育てシーンをイメージした買い物ができるように変えた。また、社内試験に合格した「マタニティアドバイザー」も配置し、妊娠・出産に不安を抱える顧客の悩みに寄り添う接客も実現している。
これらの施策によるCS向上の検証としては来店頻度で評価している。実際、来店頻度は高まっているといい「頻度だけが全てではないが、『顧客体験により、また来ていただくお店づくり』を目指しています。出生数は年々減少しているし、子育て世帯数 も過去最低を更新している。そのような環境において、来店頻度の向上につながる取り組みは重要だと考えています」(春名氏)
子育て支援のプラットフォーマーとなることを目指して
続いて、春名氏はこれからの取り組みとして、二つの事例を紹介。その一つが2023年3月に設立した「赤ちゃんのいる暮らし研究所」だ。ここではデータを定量的に分析し、これまで暗黙知としていたものを形式知とすることを目指している。「形式知化できたものは、弊社内で利用するだけではなく、社外にも発信することでCXにつながるものもあると考えているので、さまざまな形で活用したい」(春名氏)
もう一つが週齢予測モデル。これについて春名氏は「機械学習で来店予測をしているように、週齢予測もできないかというトライアルを行なっています。登録のあるお客さま の購買行動を元に、未登録のお客さまデータを掛け合わせて週齢や妊娠週を予測。それによるレコメンドやアプローチを考えています」と説明した。
春名氏は、自社の取り組みが本当にCX向上につながっているのか、という疑問を口にしながらも期待を下回らないために赤ちゃんの暮らしを知る活動を続けているのだと話した。赤ちゃん本舗が目指しているのは子育て支援のプラットフォーマーになること。データによるCX向上はそのために不可欠なことながら、一手段でしかなく、リアル、デジタルの全てでCX向上に取り組むという意気込みを口にした。最後に春名氏は「プラットフォーマーになることができれば、その上のファンダムという形に発展できると思っているので、各チャネルで何ができるのかを考えています。そのためには小売業としてお客さまとの関係を深くし、利益につなげることが資源になるので、単なる集客だけではなくファンになってもらうことでその環境を作っていきたい」と話した。