行政が発信すべき地域の魅力とは
奈良県の北西部に位置し、大阪府に隣接する住宅都市、生駒市。大阪へのアクセスの良さからニュータウン開発が始まり、人口は市政施行以来3倍近くに増え、現在約12万人が暮らしている。このセッションでは生駒市の大垣氏が登壇し、市が進めてきたシティプロモーションについて紹介した。
2008年に生駒市に入庁した大垣氏、長く広報業務を担当したのち2013年からはシティプロモーションも担当することとなった。当時、自治体のプロモーション方法といえば「バズる動画」「ゆるキャラ」「B級グルメ」などが中心だった。しかし、生駒市のような住宅都市のプロモーションは前例がなく「市外に住む子育て世代への転入促進プロモーションから始めました。今振り返ると、それ以外に目的が思いつかなかった」と、大垣氏は話す。
大阪の映画館でCM放映や、近鉄電車内への車内吊り広告などを実施。市の公式サイト内に「生駒で子育て」と名付けたページを設けるなど、子育て教育施策を中心にを発信していた。しかし、市内の新築マンションの広告担当者に市の魅力を問われたことがきっかけで、プロモーションの方向性を見直すことになった。
「子育てや教育といった行政サービス、大阪へのアクセスの良さだけが生駒市の魅力なのかと問われました。別の人にからも金銭的な行政サービスは知恵がないことの現れで、安売りをしていると自分たちの首を絞めることになると指摘され、初めて機能性だけで人の心を動かそうとすることのおこがましさに気づきました」(大垣氏)
認識をあらためて見直した街には、マルシェや手作りのコンサートなど小さくとも地域を思う人の活動がたくさん存在していた。大垣氏は「私たち行政がすべきことは、こういった地域の人々の思いのこもった活動を発信することと、地域の魅力がたくさん生まれる土壌を作ることだと気づいた」と話す。
「関係性」と「主体性」にアプローチ
大垣氏は、「地域を持続的に発展させるために、地域の魅力を創出し、地域内外に効果的に訴求し、それにより人材・物財・資金・情報などの資源を地域内部で活用可能としていくこと」という東海大学の河合孝仁教授のシティプロモーションの定義を紹介。「企業の皆さんが『消費者』ではなく『顧客』を増やそうとするのと同じように、私たちは主体性を持って生駒市に関わる人、生駒市を勧める人の意欲を増やして、地域を持続させる力にしていきたい」と話した。
大垣氏は、住民がそのまちに住んで良かったと思う3つの要素を指摘。一つは「利便性」、交通アクセスの良さや医療、教育などの行政サービスが整備されていること、買い物がしやすいことなどは必要だ。二つ目に「関係性」、地域や近隣住民との関わりは暮らしやすさを大きく左右する。三つ目が「主体性」。広報担当課には、利便性への働きかけは難しいため、「関係性」と「主体性」へアプローチすることとした。そこで目指したのは「地域に関わることは面倒なことと思いがちだが、地域に関わることは楽しく、生活を豊かにすることだという発想の転換」(大垣氏)
実際の取り組みとして、公式SNSを通じて市の魅力を発信する市民PRチーム「いこまち宣伝部」を紹介。生駒市で暮らす18歳から49歳の人が、プロのカメラマンやライターから技術を学び、地域の魅力を取材し、記事化するもの。任期は1年、現在は第9期が準備中で、8年間で100人以上が参加した。
任期終了後は、それぞれが自由に活動を継続。宣伝部の活動を経た人たちが、自治会館で開く「ご近所カフェ」や地域の人々を撮影する「ローカルフォト」の活動をおこす事例も紹介した。大垣氏は「グッドデザイン賞の審査員の方々には、宣伝部という名前だが、まちを宣伝する人を増やすだけではなく、シビックプライドを醸成する活動だと評価してもらいました」と話した。
また、地域に関わることを促す事業にも力を入れてきた。生駒山で開催したアウトドアイベントには、1日で1万人の参加者が集まり、SNSでも拡散。参加者が翌年の出展者になる流れも生まれたという。大垣氏はお世話になった人の「社会にいいことを真面目に正しく発信するのは、アホでもできる。」という言葉を紹介。
「行政の実施する事業というのは、おそらくすべてが社会に良いことでもあるはず。でも、情報が届かないのはどんなことも真面目に表現してしまうからだと思うので、事業の立案視点からひと手間を惜しまないことを意識して取り組むようにしています」と話した。
「脱ベッドタウン」を宣言し、前進する生駒市
自治体では、まちづくりの方針を定める総合計画を策定している。生駒市でも2019年に第6次総合計画書を策定した。そこで初めて「ベッドタウンから脱却する」という方針が打ち出される。これに合わせて開設したプロモーションサイトが「good cycle ikoma」だ。このサイトでは、行政施策を一方的に発信するのではなく、市が目指す「多様な生き方や多様な暮らし方に対応した都市へとまちづくりを進める」というビジョンを、市民のライフスタイルを通じて伝えるものになっている。大垣氏は「大切にしているのは、読み物の主語を市民の皆さんにすること。企業の皆さんがインナーブランディングを事業の推進力にするように、私たちも将来都市像を体現する市民の方を中心に、じわじわとまちづくりの方針への共感を広める方法をとっています」と説明した。
サイトに掲載された人からは好意的な意見が寄せられ、2023年には自治体広報DXアワードで優秀賞も受賞している。サイトの効果検証も実施しており、閲覧経験のある人は「生駒市へ行ってみたい」、「暮らしてみたい」などすべての項目で高い数字となって表れ、気持ちの変化にもつながったことが伺える。
大垣氏からは、まちの交流会「つどい」や9月から始まる「いこまちマーケット部」についても紹介があった。
最後に「生駒市は『共創対話窓口』を設置しています。行政が持つ信用性や公共性、地域ネットワークと民間のサービスや技術を掛け合わせて課題解決や価値創造を目指しています。プロモーション事業でいえば認知度やイメージ向上を行政だけで取り組むことは難しい。多様な生き方、働き方を増やすための企業の皆さんからの提案もお待ちしています」と呼びかけ、セッションを閉じた。