一般社団法人クチコミマーケティング協会(WONJ)運営委員の森永真弓と申します。現在は博報堂DYメディアパートナーズのメディア環境研究所にてメディア・コンテンツにかかわる生活者の情報行動の研究をしています。
本コラムではこれまで実際にSNS投稿例を用いて景品表示法、WOMJガイドラインについて解説しました。
6回目となる今回は、デジタルマーケティングに20年以上携わっている立場から、「クチコミマーケティングを巡る環境と手法の変化」についてお話します。
後述するメディア環境研究所による定点調査では、8割以上の生活者がインターネット上の情報に対して警戒心を持っているという結果も出ています。「第三者(インフルエンサー)の発信もまた信用できない」「純粋なクチコミ、紹介なんてネットにはほとんど無い」と考えられている今、企業・事業者による発信がどうあるべきかを考えるヒントになればと思います。
ステマは江戸時代にも存在した
クチコミマーケティングというものはそもそも、インターネットが登場する前から存在していました。「仕込み客」を示す「サクラ」という隠語は江戸時代にはすでに生まれていたと言われています。「サクラ」はまさに「ステルスマーケティング」に加担する人と同等と言えるでしょう。では、なぜそのような行為が生まれたのでしょうか。
それは友人や知人、そして「知らない人だけれども自分と同等の客の立場である人」の紹介の方が「事業者の公式発信よりも信頼できるような気がする」という心理が影響しています。
もともと誇大広告など、実態よりも良く見せようとする広告宣伝・広報行為は良くないものです。一方で「どうにかして自分たちの製品やサービスをよく見せたい」「他よりも目立って認知されたい」という事業者側の思いは止められません。
現在はもちろん誇大表現などの行為は景表法(不当景品類及び不当表示防止法)で禁止されていますが、規制がない時代もありました。その結果、過剰な、時に詐欺まがいの表現が登場し、「パンフレットには良さそうに書いてあったのに、買ってみると思っていたのとどうも違う」「宣伝で見たような条件はかなり特殊で、自分では再現できない」などと騙されたように感じ、「公式発信は信用できない」「事業者の整った表現は信用できない」と考える消費者が出てきました。
そのように考えている消費者が増えていくと、事業者側の発信の信頼性が落ち、効きにくくなります。しかし、同じように消費者に情報が届き、心を動かす状態は維持したいと考えます。そこで生み出されたのが、公式とは違う第三者、信頼性が高い「自分と同等の客の立場である人」の口を借りる手法、クチコミマーケティングです。
江戸時代には「サクラ」という言葉があったように、インターネット登場以前からクチコミは存在し、そしてインターネットの登場によって発展、拡大していきました。
クチコミマーケティングが発想された背後には「公式発信が消費者に効かないから」「事業者の顔が見えるだけで疑われてしまう」という事業者側の感覚が常にセットで存在します。それが、事業者側の思惑が見えず、あくまで第三者による純粋な発信に見えなくては意味がない、という考えに発展しがちです。
この感覚こそ「あたかも事業者はその発信内容に関与していない」かのように見せかける手法である、サクラ、そしてステルスマーケティング行為につながっていきます。
「事業者の顔を見せない」意向がステマを生んだ
インターネット普及後、一般消費者の発信を容易にしたSNSなどの様々な発信プラットフォームの登場により消費者からの情報発信が簡易になりました。手法としても、テキスト、画像、動画、評価ポイント(☆によるランク付けなど)と一気に多彩に。クチコミマーケティングに参画する消費者が増加し、かなりの影響力を持つネットユーザーも登場しました。
事業者側は影響力の大きいネットユーザーにアプローチし、製品やサービス、コンテンツなどの告知を行ってくれないかという依頼をするようになりました。影響力の大きいネットユーザーはインフルエンサーという名称で呼ばれるように定着。ネットを主戦場としたクチコミマーケティングは次第に、ビジネスとして成立する規模に拡大し、インフルエンサーのキャスティングを担う企業も次々に登場しました。
ある程度の予算を保有していないと実施できない広告活動と違い、クチコミマーケティングは「知り合いの有名人にちょっとご飯をおごることで実施」「インフルエンサーに現物支給で実施」などといった実施ハードルの低さもあります。結果、クチコミマーケティング実施者も一気に増大していきました。
しかし、ネットを主戦場としたクチコミマーケティングが活況を帯びた背景には、「事業者の顔を見せずに第三者発信に見せかけたい」という思惑が存在していました。それ故に「裏で依頼を受けているのに、純粋に紹介しているかのように見える投稿」が横行し、ステルスマーケティングと批判されるようになります。
さらには、拡大したクチコミマーケティング市場は、従事者がとても多い状況です。消費者の身のまわりに、インフルエンサーの一人や二人が存在することは当たり前になりました。
「居酒屋で料理を褒める書き込みを写真とともに投稿したら1杯無料だって言うからやった」「知り合いが頼まれたこと黙ってインスタに投稿してお金もらってるよ?」などといった消費者の発言はあふれかえっています。
ステマ規制を超えて事業者が公式としてすべきことを見直す
そのようなクチコミマーケティングが市場として活況を帯び、身のまわりにインフルエンサーが溢れ、ステルスマーケティング行為も増加していくとどうなるでしょうか?
ひとつは制定の導入です。例えば本連載のテーマとなっている景表法改定のように、規制ルールが施行されることに発展しました。その具体的な内容とそれに対応するWOMJのガイドライン改訂については本連載の第3回、第4回ですでに解説した通りです。
もうひとつは生活者の態度の変化です。「インターネットの情報は、うのみにはできない」と考えている人が多くを占めることが博報堂DYメディアパートナーズのメディア環境研究所による調査結果からも明らかとなっています。
上記グラフは「インターネットだけで情報を取得することに不安を感じるかどうか」を聞いたものです。データを取り始めた2016年以降じわじわと上がり続け、2019年以降ずっと8割以上を維持し続けています。8割以上がネット由来の情報に対してある程度の警戒心を持っているのです。
メディア環境研究所では、研究の一環として生活者インタビュー調査も日々行っており、そのなかで特にこちらから質問を投げかけずとも、頻度高く自然に出現する声や感覚は、変化の兆しとして気を付けてとらえるようにしています。
そこでも、「第三者(インフルエンサー)の発信もまた信用できない」「純粋な口コミ、紹介なんてネットにはほとんど無い」と捉えるようになってきているのです。この変化によって「広告であるとか、第三者発信であるとかよりも、情報の中身が興味深いかどうかのほうが重要」という感覚も広がってきています。
そのため昨今は「公式発信は公式発信らしく堂々としている方がむしろ良い」「インフルエンサーは依頼された案件であると言ってくれる方がむしろ信頼が揺らがない」と感じる生活者が、若年層を中心に増えてきていることがインタビュー調査によって判明しています。
「公式との関係性があるかどうかより、内容が興味深いかどうかのほうが重要」と捉える傾向もあり、何でもかんでも「公式発信だからすべて疑ってかかる」という態度は生活者から薄れてきているのです。第三者発信に見せかけないと効果がない、という考えは「過去の経験からくる思い込み」とも捉えられる状況になってきています。
この変化は、本連載で再三語っているように、2023年10月1日より「公式の存在を隠して第三者に発信させる行為は違法行為」となったことが、消費者側の感覚にも実は沿っているとも見ることができます。「ステマ規制によりマーケティングが難しくなった」というよりは、消費者感覚の変化に沿おうとすると自然と規制内のコミュニケーションに収まる時代と捉えるべきでしょう。
今回のステマ規制施行を機に、「規制違反になるから渋々企業名を出す」ではなく「積極的に出す方がむしろ効果的な上に規制内」と、マーケティング従事者側の意識変化を行ってみてはいかがでしょうか。
森永真弓(もりなが・まゆみ)
クチコミマーケティング協会
運営委員
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員。コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化、若者研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行う。著作に『欲望で捉える デジタルマーケティング史』(太田出版)など。