創業70周年を迎える山芳製菓は、ブランドのさらなる成長に向けてわさビーフのキャラクターを刷新した。制作は広告主、ブランディングディレクター、クリエイターの三者で「学びながらつくる」スキームを採用。わさビーフの価値を見つめ直し、再発見するプロジェクト「わさビーフ Deep Dive」が行われた。
山芳製菓 加藤武史氏、山下香氏、B&C Lab井尻雄久氏、MAO&Co.村松真緒氏、青屋貴行氏が「わさビーフ Deep Dive」について振り返った。
わさビーフのキャラクター変更は全社員を巻き込んだプロジェクトに
――わさビーフのキャラクターを変更した背景を教えてください
山芳製菓 加藤武史氏 山芳製菓が70周年を迎えるタイミングで、会社として新しい発信をしたいという狙いがありました。そこで、案に上がったのがキャラクターの変更。社名よりわさビーフの認知度が高いため、キャラクターを変えることが一番の変化になると思いました。
また、2022年にパッケージをリニューアルし、過去最高の売上を達成した経験から、お客様にとってのわさビーフの価値はまだ存在するが、私たちの発信が足りていないことを痛感しました。そこで、70周年を機に山芳製菓らしく社員から発信したいという思いがありました。
――全社員をプロジェクトに巻き込むという提案の意図は?
B&C Lab井尻雄久氏 わさビーフブランドについて本質的な理解をしている人間はわずか。そこで、わさビーフの独自 価値について全社員で再認識することから始めるといいのではと提案しました。ちょうど社長が変わるタイミングで、次のステージに向かうには必要なことだと。30~40年定番商品として販売し、売上が伸びない場合、社内で商品価値に認識のずれが生じていることがあります。商品への思いや価値を今の社員が再構築すること。これが、わさビーフを次のステージに上げてくれると考えました。多くの人が関わる商品であるため、独自価値への共通認識、共通のビジョンを持つと、社員にとってもワクワクする商品に変わるはずだと。
――反発も起こりがちなことですが、どう社内を巻き込んだ?
加藤 70周年という大きなイベントだから、工場の方などへの参加依頼は私から声をかけました。皆さん好意的に受け入れてくれました。
井尻 山芳製菓さんはワークショップをしていても、部門間の衝突を感じられませんでした。社員の皆さんがわさビーフをちゃんと考えようという思いがあったから、壁が生まれなかったと思います。
――ブランドマネージャーや社内メンバー、外部のデザイン会社の三者で話し合うことについて、どう思った?
加藤 今度のわさビーフはみんなで作るもの。だから、チーム「新わさビーフ」として、キャラクターを作る人、ポテトを作る人、味を作る人、みんなでわさビーフを作ればいい。そうすることで、それぞれのエッセンスが一体化され、一つの価値になる。そう思いました。関わるメンバー間に垣根がない方が、より一体感のあるわさビーフが出来上がると。
MAO&Co.村松真緒氏 ブランドチームとフラットに話し合えるのがベストなクリエイティブの過程だと思います。普段は、制作する側が商品や企業のファンになって、その良さを噛み砕いてからご提案、ディスカッションをするケースが多いのですが、意外と広告主の方がその魅力に気付かれていないこともあり、歯がゆく感じていました。
ですが、今回のようにワークショップを通じて山芳製菓さんが商品の良さを再認識し、時に少し俯瞰的に消費者目線で捉えてみたりを繰り返してながら、共通認識を高め、一緒の方向を向いて制作できたため、とても良いクリエイティブがつくれたと思います。
――プロジェクトを進めるうえでのポイントや注意点は?
井尻 どの会社でも起こりうることですが、作っている側はお客様が商品にお金を払っていると認識します。ですが、実際お客様はその商品を買って、食べるときの幸福感や満足感に期待してお金を払います。わさビーフを持ち帰って、パッと袋を開けて食べるあの時間に投資しています。だから、社員がどれだけ消費者を理解できるかが重要だと思い、MAO&Co.さんにも参加してもらいました。クリエイターは、顧客の代弁者です。だから、こういった方の声に山芳製菓さんが耳を傾けられるよう心掛けました。
――実際に入ってみて良かったことは?
MAO&Co. 青屋貴行氏 キャラを作るにあたり、周囲にリサーチをしましたが、意外とイラストの印象が薄かった。初代のキャラクターの印象が強く、良い意味でも悪い意味でもわさビーフは味で愛されているのだと。だからこそ、「邪魔しないキャラ」であるべきだと考えました。可愛さは前提で、独り歩きしないキャラ。ですが、実際完成した商品を見てみると、独り歩きしても成立するキャラが愛されるキャラなんだと改めて感じました。
わさビーフへの愛着を再認識
――プロジェクトがスタートして変化したことは?
加藤 自分たちの仕事の意義やお客様への見方が変わりました。特に工場で働く品質管理の部門では、単純に「安心・安全」、「ミスをしない」ではなく、その先にいるお客様を明確に捉えてくれるようになったという印象です。
もともとわさビーフのファンで入社した人が多いのに、いつの間にかお客様の立場を見失っていました。ですが、このプロジェクトを通じて、「そういえば、わさビーフ大好きだったな」という気持ちを思い出し、お客様へのアプローチの仕方が変わりました。
山芳製菓 山下香氏 私はわさビーフのシリーズ商品のデザインを担当しています。このワークショップを経て、シリーズ品への考え方が変わり、デザインの精度が高くなりました。
――プロジェクトを進行するうえでのポイントは?
井尻 お客様がこの商品でどのような喜びを期待して購入するのか考えるときに、一般的にお客様調査やユーザー調査を行いますが、本音を聞きだせない場合も多い。むしろ山芳製菓さんは社内にファンがいるから、社員の中に必ず答えがあり、深堀りすれば見つかるはずと思いました。
あとは、あえてワークショップで宿題を出しませんでした。宿題を設けると、合意形成の際自分の意見に執着してしまうため、今回は周りの意見を吸収しながら意見を変えていくことを良しとしていました。
――デザイン制作は、どのタイミングからスタートした?
村松 ワークショップを終えてからです。山芳製菓さんとわさビーフ本来の価値について考え、愛されている魅力を再認識できたことで、ブランドチームと私たちクリエイティブチーム、顧客の目線合わせできた。では、その見出したブランドの価値をキャラクターへどう落とし込むか? 実際にデザインすることは非常に難しかった。わさビーフの魅力である「親近感」「緩さ」という意味でも初代のキャラクターの良さをもう一度分解して、未来に育っていけるキャラクターにどう昇華させるべきか。幅広いバリエーションのイラストをおこすことからスタートしました。牛っぽさやマスコット化のしやすさも重要なポイントとして、ブラッシュアップしていきました。
――旧わさビーフのキャラクターと新わさビーフのキャラクターは何が違う?
加藤 山芳製菓のアイコンとしては変わりません。このキャラクターを誰か一人ではなく、社員みんなで作り上げたことが大きな違いです。アイコンがお客様とコミュニケーションの顔になることに変わりはありませんが、社内での伝わり方・感じ方、モチベーションが違うと思います。
山下 今はみんなが愛してくれています。これまでは誰かが作ってくれた、自分は関わっていないという気持ちが少しあったと思いますが、今回皆さんに関わってもらって。今回のプロジェクトの目的は、キャラクターを変えること。ですが、単にキャラクターの変更で終わるのではなく、インナーマーケティングの向上につながりました。
――キャラクターデザインのポイントは?
村松 ブランドチームと話すなかで、子どもでも真似して描けるシンプルさも意識してアウトラインをつくっています。牛らしさを演出する角張ったフォルム、魅力の1つであるわさびを頭の上へ取り入れ商品特性をよりわかりやすく。表情が豊かに見える口のフォルムを試行錯誤して、愛されるキャラクターを目指しました。
商品の価値基準が次のステージへ
――このプロジェクトのやり方だから成果が出た、良かったことは?
井尻 山芳製菓さんは社員の方それぞれが、わさビーフのファン。商品への熱量があったから、皆が納得する価値づくりができました。この価値の基準が次のわさビーフへの成長につながると思います。
村松 周年のイベントでは一過性のものが多いですが、今回はブランドチームが愛着を持って次の展開を作っていける。今後が楽しみです。
山下 今回ブランディングに取り組み、初めてわさビーフの価値が明文化されました。価値の基準ができたため、次のデザインの参考になります。お客様への伝わり方が変わり、ブランドもより普及するのではないかと思います。
加藤 売り上げを伸ばすためにリニューアルを進めましたが、モノ作りだけでなく、ブランド作りができてよかった。わさビーフの価値の言語化、社内での共有、価値をキャラクターに昇華できました。結果、とてもいいキャラクターになり、これからの山芳製菓の発信としてふさわしいものになりました。