ステマ規制を機に再考を、2024年「クチコミマーケティング」の課題


実データ 「ステマ規制」と実務対策の基本 広告ビジネスとステマ規制篇

10月1日より景品表示法によるステマ規制が施行されました。この前後、X(旧Twitter)などのSNSでは、ステマ規制への言及が非常に多く、多くの人がこの規制に関心を持っていることがわかると同時に、ネット空間でのクチコミマーケティングやインフルエンサーマーケティングがすでに幅広く普及していることを実感しました。

ステマ規制の施行は、今後、広告コミュニケーションビジネスのあり方にどうか関わってくるのでしょうか。特に広告のような媒体社による審査・チェックの仕組みがない、インフルエンサーマーケティングの施策などはどうあるべきでしょうか。

そうした視点から、連載第7回の今回はクチコミマーケティング協会(WOMJ)運営委員である宇賀神貴宏(ADKマーケティング・ソリューションズ)が考えてみたいと思います。

 

広告コミュニケーション空間としての重要性を増すSNS

まず以下の図をご覧ください。主要メディアの平均利用時間(平日)を時系列で並べた総務省の調査です。2012年はテレビ視聴の4割弱程度しかなかったネット利用時間は2022年にはテレビ(リアルタイム)視聴時間を超え、最も利用時間が長いメディアとなりました。


データ メディア利用時間 平日
主要メディアの平均利用時間推移
出典:総務省情報通信政策研究所「令和4年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」より筆者作成

同じデータを20代に限定して見るとネット利用時間の増加は歴然です。2022 年はネット利用時間がテレビ視聴時間の3倍を超えています。そのネット利用の中心はソーシャルメディアや動画共有サービスであり(注1)、X、Instagram、LINE、TikTok、YouTubeなどのSNSや動画サイトで流れるさまざまな情報を見たり、自ら投稿したりして、多くの時間を費やしていることが伺えます。


データ メディア利用時間 平日
20代のネットとテレビ利用推移
出典:総務省情報通信政策研究所「令和4年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」より筆者作成

消費者が多くの時間を費やすメディアは、広告コミュニケーションの場としても機能します。広告費総額ではインターネット広告費3兆912億円、テレビメディア広告費1兆8,019億円とすでにネットがテレビを大きく超えていますが(注2)、利用時間でもテレビを超え、さらに若い世代でより長時間利用されるインターネットは、必然的に今後の重要な広告コミュニケーションの場となっていくことは間違いありません。

 

広告出稿側から見たインフルエンサーマーケティング


パース・イメージ スマホに表示されるニコちゃんマーク

このようにインターネットが広告コミュニケーションの場として成長するなかで、広告を出稿する側は、どんな変化を受けているでしょうか。

かつてネット広告が普及する前は、メディアに広告を出稿することはそれなりに負荷がかかるものでした。もちろんミニコミ誌のようなものもありましたが、多くの人に情報を届けるためには一定サイズのメディアに出稿する必要があり、それには手間も費用もかかりました。ただ、そうしたメディアには広告審査機能があり、何かしら問題になりそうな広告表現は事前にチェックされるプロセスが存在しました。

そしてインターネット広告の登場により、誰もがネット広告を簡単に出稿できる仕組みが整備されると、広告の大衆化が進みます。ECとネット広告の組み合わせにより、地方の小さなショップでも全国に商品を販売できる新しい環境も生まれました。ただし、ここでも一定の広告審査は存在し、不適切な広告表現は抑えられる仕組みが働いていました。

2010年代に入り、SNSや動画サイトが普及し、誰もが簡単に自分の情報を発信できる時代がやってくると、今度は「広告」という形をとらない多種多様なプロモーションが行われるようになってきたのは、本連載読者の方ならばご存じの通りです。

広告主も一般の消費者と同じ立場でSNSアカウントを運用して情報を発信するほか、フォロワーの多い情報発信者に商品やサービスの紹介を依頼するインフルエンサーマーケティングのような手段が盛んになりました。

特にインフルエンサーマーケティングはネット広告より簡単に依頼でき、広告主の負荷も少なく、それでいて多くの人に情報を届けられます。

消費者からのインフルエンサーの評価をクチコミマーケティング協会で調査したところ、消費者も「商品やサービスの魅力をわかりやすく表現してくれる」「実際に使いながら紹介」「楽しそうに使っている」ような点を良さとして感じており、通常の広告では提供しにくい価値を提供できているともいえます。消費者の利用時間が伸びるネット空間で、広告主は非常に効果的なプロモーション手段を手にしたというわけです。


データ メディア利用時間 平日
インフルエンサーによる商品やサービスの紹介の仕方で「良い」と思うところ(N=173)
出典:WOMJメソッド部会調査(2020年10月)

 

広告審査の仕組みがないインフルエンサーマーケティングへの向き合い方


パース・イメージ チェックリスト

しかし、インフルエンサーマーケティングは既存の広告と大きく異なっている点があります。それは媒体社が行う広告審査に当たるような発信内容の事前審査・チェックの仕組みがないということです。

内容におかしな点があったとしてもそれがそのまま流れてしまう可能性があるため、商品やサービスの誤認につながる恐れがあります。また、悪意を持って消費者を騙そうとする人がいた場合もそれを止められないという問題点もあるのです。ステマ(ステルスマーケティング)が安易に行われてしまうのもこうした特性があるからでしょう。

実際に、消費者庁が実施した調査によるとインフルエンサーの41%が広告主からステマを依頼された経験があり、そのうち約45%のインフルエンサーがその依頼を受けたと回答しています。

同じく消費者庁が広告代理店関係者に対して行った取材では「ステルスマーケティングの売上効果は高く、『広告』である旨を明示しない広告は、少なくとも確実に20%程度は増加するという体感を持っている」というコメントを引き出しています(注3)。広告主がついついステマに手を染めるにも動機があるというわけです。

しかし、ネット空間が今後、最も重要な広告コミュニケーションの場となっていくのであれば、こうした状況が放置されるのは好ましくありません。「悪貨は良貨を駆逐する」という通り、ネット空間での広告コミュニケーション活動全体に健全性が失われ、信頼性も失われかねません。それは広告ビジネスに携わる人にとって、あるいはネット空間で商品やサービスの情報を受け取る消費者全体にとっても、不幸なことです。

2009年に設立されたクチコミマーケティング協会(WOMJ)は翌年には最初の「WOMJガイドライン」を発表し、以来一貫して消費者保護や情報発信者保護についての啓発活動を続けてきました。しかしWOMJガイドラインは業界の自主規制であり、悪意をもった投稿まで抑えることはできません。

10月からのステマ規制は、先進諸国に比べて導入が遅れたものではありますが、インフルエンサーマーケティングの持つ問題点に対応するものでありネット空間の悪化防止に向けて一歩前進したということになるでしょう。規制の内容については、本連載の第3回で解説した通りです。

 

広告に携わる関係者はどうすればよいのか?


パース・イメージ 頭を抱える男性

とはいえ、行政機関が法に基づき調査や処分を行うにしても、ネット空間の中で幅広く行われている行為すべて目を光らせるのは不可能です。

すべてを行政に頼るのではなく、ネット空間で広告ビジネスを行うわれわれ自身が、これからも安心してそこでビジネスを行っていけるよう自らその環境を守る必要があります。そのための関係者の各立場についての在り方について、考えを述べたいと思います。

1)広告主は、インフルエンサーの発信にも責任を持つ

まずは広告主の意識チェンジが必要です。景品表示法の観点からはインフルエンサーなどによる商品やサービスの紹介についても広告主が依頼するなど一定の関与があれば「事業者の表示」となり発信内容の責任は広告主に帰されます。

通常の広告と異なりインフルエンサーの発信内容をチェックする制度がないわけですから、広告主が自ら責任をもって広告審査の役割を果たさねばなりません。「インフルエンサーが勝手に書いた」は通用しなくなるわけです。これだけステマ規制への関心も高まっていますので、不正な情報発信に対しては行政に通報されることも増えるでしょう。「見つからないだろう」というわけにはいきません。

また気軽にインフルエンサーに情報発信を依頼するのも考えものです。例えば広告契約しているタレントに「あなたのSNSでもちょっと宣伝しておいてよ」なとど気軽に依頼しても、その内容に問題があった場合は広告主が責任を取る必要があります。

また投稿内容は景品表示法以外にも、薬機法など他の法規で違反する場合や著作権などの権利侵害を起こす可能性もあります。それらは広告主のリスクとなるわけですから、それらを避けるためにまずは広告主自らがインフルエンサーの投稿に対して責任を持つ意識が必要です。

2)インフルエンサーは、自分の信頼を守るために信頼できる依頼を受ける

今回のステマ規制では、景品表示法上の規定により、インフルエンサーなど情報発信者自体が処分を受けることは原則としてありません。しかし他の法令では責任を問われることもあるし、何より法令違反など問題投稿が発覚し炎上するようなことがあるとフォロワーの離反にもつながります。

さまざまな「案件」の誘いがあると思いますが、発注者は誰か、仲介する人は信頼がおけるか、依頼内容には問題がないかなどを自らよく確認し、信頼のおけるものだけを引き受けるような姿勢が必要でしょう。そのためにも自ら法令や諸権利など情報発信者として必要な知識を学ばねばならないとも思います。

また人によっては関係性明示として「#PR」や「#広告」などハッシュタグを使いたくないという人もいるようです。もしそうならばWOMJガイドラインにあるように「○○○から商品提供をいただきました」などと分かりやすく説明するスタイルでもよいのです(もちろんステマ規制もクリアできます)。やりやすい形で関係性明示を行ってください。

3)広告会社やマーケティングサービス会社は健全性を第一に

インフルエンサーを仲介するような広告会社やマーケティングサービス会社は、まずネット空間の健全性の守り手として振る舞う必要があると考えます。それは自分たちのビジネスを守ることだからです。

そして不正な情報発信は自らの得意先である広告主に及ぶことを意識し、広告主には正しい知識を提供するとともに、仮に広告主にステマを行いたい動機があったとしても、広告主を守るためにそれを止める必要もあるでしょう。

 

健全な広告コミュニケーションは、健全なネット空間を維持してこそ

ステマ規制を開始した消費者庁もインフルエンサーを通じた商品やサービス紹介ビジネス自体をやめるべきだと言っているわけではありません。不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあるものを規制するとしています。

これからもネット空間におけるさまざまな広告コミュニケーション活動は積極的に行われるべきものです。しかしその際は法令順守をはじめ、活動への参加者全員が健全なネット空間の維持に努めることを意識する必要があると考えます。環境が守られて初めて皆が利益を得られるのです。今回のステマ規制開始を機に、改めてネット空間のよい環境づくりを皆で実現していこうではありませんか。

advertimes_endmark
  • (注1)総務省情報通信政策研究所「令和4年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」2023年6月
  • (注2)電通「2022年日本の広告費」
  • (注3)消費者庁「ステルスマーケティングに関する検討会報告書」2022年12月
写真 人物 宇賀神貴宏

宇賀神貴宏(うがじん・たかひろ)
クチコミマーケティング協会(WOMJ)
運営委員・メソッド部会長

ADKマーケティング・ソリューションズ 統合チャネル戦略センターR&Dユニット シニアアナリスト。消費者研究(メディア領域)および消費者調査手法開発などを担当。専修大学非常勤講師。著書『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』(共著、彩流社)。




クチコミマーケティング協会(WOMJ)
クチコミマーケティング協会(WOMJ)

当協会は2009年7月、日本におけるクチコミマーケティング業界の健全なる育成と啓発に貢献するために「WOMマーケティング協議会」として発足しました。2023年9月1日から法人化し、一般社団法人「クチコミマーケティング協会(WOMJ)」になりました。会員社・会員は、クチコミマーケティングに関わる様々な法人と個人です。各種の調査や研究、議論を行い、「WOMJガイドライン」の策定などに取り組んでいます。なお、WOMJ運営委員会副委員長の山本京輔氏は、2022年の消費者庁・ステルスマーケティング検討会に検討委員として参加。景品表示法での「ステマ規制」の作成に協力しました。

クチコミマーケティング協会(WOMJ)

当協会は2009年7月、日本におけるクチコミマーケティング業界の健全なる育成と啓発に貢献するために「WOMマーケティング協議会」として発足しました。2023年9月1日から法人化し、一般社団法人「クチコミマーケティング協会(WOMJ)」になりました。会員社・会員は、クチコミマーケティングに関わる様々な法人と個人です。各種の調査や研究、議論を行い、「WOMJガイドライン」の策定などに取り組んでいます。なお、WOMJ運営委員会副委員長の山本京輔氏は、2022年の消費者庁・ステルスマーケティング検討会に検討委員として参加。景品表示法での「ステマ規制」の作成に協力しました。

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